第9話 事情聴取
「僕が何をしたって言うんですか!」
ジフィールの宮庁駐屯地へ向かい途中、ステルが掴まれた腕を振りほどこうと身を捩る。
「それは駐屯地で伺います。こちらからも訊きたいことがありますし。それに、今暴れられると人々の眠りを妨げます。静かにしていただけないようでしたら、手荒くしますが…」
どうします?
前を進んでいた宮庁の者が振り返って静かに言った。
その者の瞳は閉じられていたが、鋭いそれに射抜かれたようにステルは抗うことができなかった。
こうなったら駐屯地で身の潔白を証明するしかない。
駐屯地で述べるための自分の考えを手早くまとめることに専念することにした。
自分は港町ザーナリダムを出て以来、今まで一人で旅をしてきたこと。
旅の目的は世に災いを成す者を止めること。
…いや、それでは信じてくれないだろう。
それではもう一つの目的…と言っても、そちらのほうが胡散臭いという説もある。
しかし、そもそも何故自分に王族誘拐の嫌疑が掛けられているのだ?
それが理解できない。
一平民である自分は王族のことなど知らない。
知らない者を王族としてどうやって誘拐するというのか。
これが何故なのか、裏返すことができればわかってくれるだろう。
こう考えている自分自身にふっと笑いが出てくる。
いつもなら、理解してもらえないことには慣れているはずなんですけどね。
行きついた考えにステルは、それ以上の思考を巡らせることを止める。
ちょうど、ジフィール宮庁の駐屯地についたころであった。
連れてこられたジフィール宮庁の駐屯地は、集落のはずれにいくつかのテントが張られている一角で森を背にして集落を囲むように設営されていた。
所々にくべられた篝火の間で戻ってきた同僚を何人かの宮庁の者が、右の手の平を胸にあてるジフィール宮庁独特の敬礼を持って迎える。
連行してきた四人の内二人が、ステルに静かにするよう注意した宮庁の者から何か他の用を指示されて達成するために数人を引き連れ、森へと入っていった。
それを見て、その宮庁の者の階位が高いことがステルにもわかった。
しかし、森の防護の結界を、とはどういうつもりなのだろうか。
耳の利くステルにも、その意図が全くつかめてはいなかった。
森へ入っていくのを確認して宮庁の者に促されるままにくぐったのは、中央に木製の四角く古めかしいテーブルを取り巻くように設置された簡素な椅子が四脚並んだだけの質素なつくりのテントの中であった。
暗かったテントの中に光を灯して、先程指示を出した者が椅子に座りながらステルにも向かい合うように据えられた椅子を勧める。
あとの一人の宮庁の者は入り口に立つ。
「さて、お話を伺いましょうか」
「その前にあなたのお名前は…?」
椅子に腰を下ろしてステルは用心深くジフィールの宮庁の者に問うた。
すると、その者は尋ねられた無礼を咎めもせずに恭しく頭を垂れて穏やかに微笑む。
「ああ、これは失礼。私はジフィールの宮庁の長を勤めております、シャディルトと申します」
ジフィール宮庁の長!?
思わず椅子から立ち上がりそうになりながら、ステルの驚きは頂点に達した。
よほどのことがない限り、宮庁の長は動かないとされているのだ。驚くのも無理はない。
同時に王族が行方不明になったということも、にわかに信憑性を帯びてくる。
声の出ないステルをよそにシャディルトが話を進める。
「臭いを敏感に感じ取る能力を持つ者が、あなたの身の回りにあの方の香りがついていることを感じ取ったのですが。困ったことにあなたは何も知らないと仰る。では、その香りをあなたはどこで身につけられたのでしょうか?」
「香り?」
「そう、サリスの花の香りです。あの方は、この花をいたく気に入っておられます」
そうか、集落に入った時に見せた宮庁の驚きの視線は香りに反応していたものだったのか。
サリスは水中に漂い咲く深く鮮やかな青い色の花で、空気に触れると独特な優しい香りを放つ。
彼女と別れる時に風が残した香りの正体はこれだったのか。
ということは、彼女がジフィールの王族だということ…!
そうであるなら、ジフィールの宮庁が駐屯していると聞いたときに表情がこわばったことも、この集落に訪れることを拒んたことへも納得がいく。




