第8話 嫌疑
「さて、ここまできてしまったことですし、そこの集落で休みましょうか?」
ステルは提案し、集落へ向かうべく足を踏み出す。
今のガレータの一件で時間を費やしてしまった。少しでも早く休みたい。
そして夜が明ければ、また他の仲間を探し出す旅に出なければならない。
ステルの知る範囲では。
全ての仲間が揃ったら、それを告げる者が現れるという。
その者に従って進み、この世界を救う手段を得るようになっている。
偉神の定めた道だ。
そして、偉神が定めた最終的な目標。
世に災いを成す者に鉄槌を。
この世からの永久に追放を。
単に死を与えるだけでは、いつか同じことが繰り返されることを懸念してか。
つまり、偉神が望むのは世に災いを成す者の完全な抹消である。
でなければ、人の滅びは確実なものとなろう、偉神の神託は最後をそう締めくくった。
巡らせた想いから現実に帰ってきても、ソシアはステルについてこようとはしなかった。
森のヒカリゴケに照らされてステルを見送るように。
「どうしたんですか?他に傷でも負っているんですか?」
ステルが心配して振り返る。
それでも彼女は、ううん、と気のない返事をするのみで集落への道に対して背を向けてしまう。そのまま泉へと視線を向けて。
「私は泉で休むよ。一人になりたいんだ。キミはゆっくり休んできて。明日ヴィレアの時にここで。それじゃあ」
「あ、待ってくださ…!」
止めるよりも早くにソシアは森に姿を消していた。
残されたのは彼女と同じ優しい香りの風のみ。
時計を見ると時空神のシンボルを示していた。
今がマクの時だから、あと7神ほどの猶予はある。
この世界の時間は神々の名に由来する。
一日が、隔たりの神ランエット、黄泉の神ユナ、静寂の神ナトシュカレ、不動の神テンファ、幻惑の神サヌ、欲望の神アレディ、美の神ヴィレア、海神ティダーネ、魔力の神オーソメドル、大地神ヒリーグス、戦神カシェラ、勇気の神ウェートス、光神ストルナ、炎神ファランド、雷神フェレス、躍動の神キロサイド、力の神プシュー、知恵の神スウェイド、緑神カフィール、風神フィラシャル、平和の神アルータ、眠りの神フロリア、安らぎの神レムアル、闇の神ザーネ、時空神マク、以上25神によって構成されている。
時空神マクの時に日付が変わり、再び隔たりの神ランエットの時になる。
この500年、時を示す名が変わったことはない。
仕方なく、ステルは集落を目指した。
一人だけで泉で一晩を明かすというのは、かなり危険は伴う。
先程の彼女のガレータとのやり取りを見ていても無謀としか言いようのない行動をとっている。
しかし、それでもまだ何か切り札を持っていないとそういう提案はしないはず、と考えることにした。
彼女は一人で一晩明かしたいと望んでいる。それは尊重すべきことだろうと。
恐らく彼女が今までそうしてきたように、ステルも今までそうしてきた。
行動を咎めはしない。
ただ。
「無茶だけは控えてほしいものですね」
あんなことばかり起こっていては命がいくつあっても足りはしない。
溜息をつくときには、ガレータが襲うはずであった集落へとたどり着いていた。
集落へたどり着いたときには、明かりはもう指折るだけになっていた。
人々は明日への英気を養うために眠りについたのだろう。家々も夜闇に溶け込み、人と同じく夢の世界を旅しているかのようだった。
その旅人はガレータという命の危機があったことなどまるで気が付いている様子もなく、穏やかな旅路を楽しんでいることだろう。
集落の入り口では、ジフィールの宮庁らが異常はないかと監視をしていた。
彼らはステルを見ると少し驚いたそぶりを見せたが、こんな真夜中に人が訪れたことへの驚きだろう。
特に咎めるつもりもないらしく、黙して通過を許した。
宿の看板が立っている建屋はまだ明かりがついていた。
宿泊のために帳簿に名前などをしたためる。
そして部屋の鍵を受け取り、ようやく休息できると、ステルが伸びをしたとき。
突如、宿の扉をノックして入ってきた者たちがいた。
四人のジフィールの宮庁の正装を纏った者らは迷うことなくステルを取り囲み、一枚の紙きれを突き付ける。
訪れたのは宮庁駐屯地への招待状を持った者たちであった。
「あなたを王族誘拐の容疑で連行します」
あまりに突然のことで頭がついていけないステルの腕をジフィールの宮庁らが掴んで、宿屋の主に礼儀正しく一礼をすると何事もなかったかのように宿を後にした。




