第6話 ガレータ2
そんな。
ガレータは粗野で凶暴な肉食獣で!
言葉が通じるなんて…ありえない!
自分の中にある知識がこうも裏返されるとは。
…信じられない。
しかしこれは現実だ。
その現実も状況を見る限り、こちらにとって都合が悪いように進んでいるのだろう。
彼女は交渉術に長けてはいないのだろうか。
ステルは困惑顔のソシアに尋ねてみることにした。
この子は止めようとしているのだから…。
「彼らは何と言っているのです?」
ソシアは悲しそうな瞳を向けて答える。
「自分たちを飢え死にさせる気か、って」
「なるほど、それは一理ありますね。では、こうお伝えなさい。我らに夜の安息はないのか、向かっていた集落には、あなた方を滅ぼせるだけのものが待っていると。これは警告です」
ステルは、あの集落にはジフィールの宮庁がいます、と付け加えた。
宮庁にかかればガレータの群れなど一網打尽であることは間違いない。
わかった、ソシアは顔を青ざめさせながらそう言って、再び不思議な言葉を陳列させ始める。
「ガレータウェ リドテュル ルゲサペシュ エフェナプエス。ギムナルバトス リドナフェド ヴァレンシジェズマナ ズ ゲレージ」
返ってきたのは嘲笑。
『サザミュ ゲッセイプエス』
「エフェナ!」
脅しじゃない、本当なんだ、わかってよ!
ざわざわと森の木々が騒ぎ立てる。
同調するように騒ぎ立てるガレータ達の声を聞きながら、ソシアは自分とガレータの間にある隔絶した分厚い壁を認識していた。
周りのガレータは自分たちを獲物にしようと先程から話に応じている一匹のガレータに促し続けている。
『フィリクプエス フィックスゲレシアプエス』
同胞の声に応えるかのようにガレータがのそり、と這い寄ってくる。
その双眸に宿っているのは凶暴な獣の光だ。
緊迫する空気に、言葉が通じないステルにも交渉の決裂は目に見えていた。
もとより交渉の通じる相手と思っていなかったため、戦って阻止するという計画に変更はない。
しかし、彼女は違った。
「いいよ…。テュル ヒドゥサ。ジュヴィ、ヤスネ…リドナフェド ウィレグフブ エレムシジェズプエス」
覚悟を決めたように瞳を閉じて、ソシアは懐から小ぶりのナイフを取り出すと自分の手の甲にあてがう。
ぷつっ。
「な…!なにを!?」
ステルが驚愕の眼差しを向ける。
それに見向きもせず、ソシアは流れていく血液もろとも手をガレータへ差し出す。
ざわり。
ガレータ達に動揺が走り。
空気の流れが、変わる。
森の中から、さらに一体のガレータが姿を現したのだ。
今度の個体は、さほど大きくはなく、毛並みが美しい闇色をしていた。
それが現れると体躯の大きいガレータは一歩後ろへ下がる。
『グレス。ナフェデヴェステマナ イェレ。ディフォーレ イア。セリー、コフィレピオネヴェステ イジェクティ ネラーデン』
闇色をしたガレータがソシアの手をチロリと舐めとる。
その瞳は穏やかな色をたたえていた。
ナイフでできた傷は、それだけで消え去る。
闇色をしたガレータが深い闇の森へまぎれていく。
それについていくように巨大なガレータも闇の中へと消え去った。さらに続いて周囲を取り巻いていた気配も一つ、また一つときえていく。
そして、ガレータ達の気配が全く消え去ってしまったころ。
へたっ。
その場にソシアが座り込んでしまう。
「大丈夫ですか!?」
慌ててステルが助け起こす。触れたソシアの身体は小刻みに震えていた。
「あはは、平気。だいじょぶ。傷もガレータが治してくれた」
「なんて無茶なことをするんですか。本当に殺されているところでしたよ!?」
笑う彼女に呆れながらも本気で心配しているステルがソシアの手を見る。
そこにはもう傷の跡も見ることはできない。
ガレータが自己の傷の修復能力に優れていることは知っていたが、他者にそれが有効だとは知るところではなかった。
全く呆れた子だ。




