第5話 ガレータ1
よし、行こう。
ゴクリと飲み下した唾液が胃の中に入っていくのを感じながら、ソシアは若草を踏みしだいた。
同時に背後の明かりが、ふっと弱くなるのを感じる。
「全く、あなたといると苦労が絶えないんでしょうね」
光が弱くなったのは、ステルが火をかき消したからに他ならない。消した炎の一部をランタンに移して、それを手にしたままソシアを追い抜いて闇の広がる中に消えていく。
闇の中に頼りなさげに、しかし消えることはない光が彼女を誘うようにゆらゆらと佇んでいた。
「行かないんですか?集落を救いたいんでしょう?」
確かにガレータの群れは集落の付近を値踏みするように彷徨っていた。
それでも集落に向かわなかったのは、集落にはジフィールの宮庁が駐屯していたからだ。
なぜ彼らがこのような辺境ともいえる場所にきていたのかはわからないが、たとえガレータの群れがこようとも阻止してくれるだろうと踏んでいた。
ジフィールの宮庁は世界的にも有名な特殊機関で、エリートの集団だという覚えがある。
彼らの当主への忠誠は何よりも固く、当主の言葉一つで行動する際には一挙手一投足に及ぶまで一糸の乱れも生じない統制力の取れた軍隊ともなる。
幾多もの危機を乗り越えてきた彼らにかかれば、ガレータの群れを撃退するなど造作もないこと。
そう思っていたのだが。
どういうわけか、ランタンをもって夜の森を進んでいる。
自分の後ろをついてくる小さな影を振り返ると、真っすぐに前を見据えていた。
いくつくらいなのだろう。
恐怖というものを知らない歳ではないだろうに。
たった一人でどうするつもりだったのか。
そして、あの額に刻まれたあざは…。
ステルの思惑の時間はそこでぷっつりと途切れてしまうことになる。
自分たちの周りに凶暴な光を見たからである。すでにガレータは自分たちを標的と決めていたようだ。
「いますよ。結構いるものですね」
感じ取れたのは、十を超える視線。今立っているのは群れの中央と言っても過言ではない。
用心深く魔杖を取り出しながら、ソシアに注意を促す。
ガレータは闇の属性だから光の魔術が功を奏するはずだ。
ステルが魔杖へと魔術力をあてがうと、杖に取り付けてある宝玉が反応して輝き始める。
が。
その輝きを制する者がいた。
「ごめん、炎も消すよ」
ステルの魔杖を取り押さえ、ソシアが前に出る。
彼女の言っている意味が脳に浸透するよりも早く、一条の光すら失われてしまう。
周りは全くの闇そのもので、風に揺れる森の音以外感じ取ることはできない。
ソシアが身をかがめ、ランタンの炎を吹き消してしまったのだ。
「何を!?」
暗がりに慣れぬ目に動揺を走らせ、ステルは光をもたらすために魔杖を掲げようとする。
が、それすらも止められてしまう。
何を考えているんだこの子は!
「そこでじっとしていれば大丈夫」
信じらないという抗議を浴びても、ソシアは構わず森の方へ踏み出した。そして高らかに語りだす。
「エヴジェール!ガレータウェ!」
「?」
何を言っているのかステルには理解できない。聞いたこともない言葉だ。
『フューツギュヴ カセドゲレシア ブリクミニア』
じわり。
ソシアの言葉に応えるように暗黒の中より闇が染みだしてくる。
ようやく暗闇に慣れてきた若草の瞳に映ったのは、闇から滲みだした、人の三倍はあろうかという一匹のガレータだった。
鋭く切れそうな眼光だけがギラギラした唯一の光をもたらしていた。
瞳に映し出された感情は飢えており、欲望を満たさんとしたものである。襲われればひとたまりもないだろう。
しかし、そんなことにも構わずソシアはそのガレータに向かって歩み寄っていった。
「リドナフェドオルフティ ネラーデール。ネドルタ リドナフェデオルフ エフェナ」
『ハウツ…ブリタク。ユングネメリアミニア。ジ エヴジェプエス。ユングネメリアウェ!リドテュル バレスミニア。ナフェド バレステスナヴェステプエス!』
嘲るような声がガレータの口からこぼれている。一方、ソシアの方は俯いてしまった。
俯きながらもエフェナ、などと小さく呟いている。
「会話になっている…?」
ステルは神妙な顔でソシアとガレータを見比べた。




