第34話 温泉村ティメダ
ティメダは小さな温泉村。
かつては湯治に多くの人がやってきていたらしいが、世の災いが広がりつつある今はそのなりに影を落としている。
それでもところどころから湯けむりが上がっているところを見ると心が和む。
「今日はここで休も…うわああああ!?」
ソシアが素っ頓狂な声を上げる。
それもそのはずで。
なんと、ルゥが向こうから走ってきた犬に咥えられて攫われてしまったのだ!
「ルゥは食べ物じゃないよー!!」
走って追いかけるソシア。
よく走る体力が残ってますねーと魔杖に縋りつきながらステルは思う。
と。
「こら、レグ!待ちなさーい!」
さらに村の方から人が駆け寄ってくる。
レグというのは犬の名前だろうか。
「ごめんなさい、あの子…えっとレグはどっちに走っていっちゃいました?」
明るいオレンジ色の髪と瞳が印象的な女性が、魔杖に縋りついているステルに声を掛ける。
「え?ああ、あっちの方に…」
「ありがとうございます!もうレグったらまた悪戯しようってしてるー!」
ソシアが走っていった方を指し示すと、女性は駆け出して行ってしまった。
呆然として魔杖に縋りついているステルを残して。
さて。
追ってきたソシア、女性に追い詰められた黒毛の犬レグは、ルゥを咥えてブルブルと身じろぎをする。
「レグ、逃げられないわよー。って何咥えてるの?」
女性が、にじりと一歩レグに詰め寄る。
「ルゥは美味しそうだけど美味しくはない…と思うんだ」
はた。
そこでソシアと女性の目が合う。
「え、もしかして、咥えてるのって…」
「ルゥだよ。私の大切な…」
「えええええ!レグまたあなたはーー!!」
わん!
見て、獲物!と言わんばかりに嬉しそうに吠えたレグの口から、ぽて。
ルゥが零れ落ちる。
ちょっとよだれまみれの。
「きゃああああ、よだれがいっぱい…!!」
「でも食べられなくてよかったよ。レグ?っていい子なんだね。ちゃんと獲物は渡すものだってわかってくれてる」
うんうん。
頷きながらソシア。
「あ、えっと。あなたはこの村では見かけない人ね。旅人さん、かしら?もしよかったら、うちでルゥちゃんをきれいにしていきませんか?」
「え、いいの?助かるよ!」
よだれべちょべちょのルゥを拾い上げながら、救いの手に乗っかることにする。
獲物をとられても吠え掛からないレグを撫でようと手を伸ばすが、レグは駆け足で逃げ出してしまう。
「あ、こら!」
女性から怒られてしまうのがわかっているのだろうか。
少しだけ、微笑ましいやりとりに笑うソシアとは対照的に女性は、はあ、と大きな溜息をつく。
「あとでしっかり叱っておきますから」
そして。
「私はナディといいます。この村に住んでるんです。家はこちらですから夕食も是非」
ナディと名乗ったオレンジ色の髪と瞳の女性は先導するようにソシアを導く。
途中で疲れて溶けているようになっているステルとも顔を合わせて、それぞれが自己紹介する。
ナディの家は、村の中央から少し外れた小さな一軒家だった。
中に入れば、壁に掛けられた薬草が目に入る。
聞くと彼女は薬を調合することもあるそうで、そのために薬草が並んでいるのだそう。
少しだけ薬の匂いが漂う中で、ソシアはルゥをお湯につけて洗ってやり。
ナディは夕食の支度に鍋を火にかけている。
一方、ステルは疲れが少し落ち着いたのか、壁に掛けられている薬草に興味を示していた。
「ところで」
薬草を眺めながらステルがナディに振り返ることなく声を掛ける。
「どうして太陽の守護がこんなところにいるんですか?」
ナディのスープを混ぜる手がピタリと止まった。




