第30話 デート?
そして宿屋みどりの森では。
ラシュネが奥のテーブルについて、お茶を飲んで一服していた。
黒焦げではない。安心だ。
木造の建物の中ではお茶の香りが優しく漂っている。ほわんとした湯気が立ち込めている向こうで不思議そうにラシュネがソシアの方を見ている。宿屋の主人ルフが、おはよう、とのんびりと挨拶をしてくるところを見ると危惧するところが現実になっているような感じではない。
はふー、と安堵の息を漏らしながらソシアはルフに挨拶を返し、お茶をすするラシュネの元へたどり着く。
「どうした、こんなところに何でいる?」
ソシアが向かい合わせになった椅子にへたん、と座り込んだところへラシュネが眉根を寄せて疑問をぶつけてくる。
「ラシュネが交渉が何とかーって、言ってるって聞いて…心配で心配で…」
疑問の回答に何を見たのか、ラシュネは豪快に笑いだした。
「あははははっ、確かに交渉は苦手な分野だが。この国の民は、この国を支えたいと考えていることはわかってるだろう?だから難しいことではないさ」
ラシュネはそう言って、ソシアの頭を撫でてやる。
「大丈夫だ、もう交渉は終わった。あらかじめ、あのシャディルトが話を進めていたらしい。あいつめ…私のことをダシに使ったな…?」
「だし?」
「いや、何でもない」
ソシアを街に出すために、話の済んでいた宿の手配についての任務を自分に託したことは、一軒目を回った時に判明した。あっさりと話が済んでしまったのだ。
そして二軒目のここ、みどりの森でも同様に簡単に話が済んでしまった。
これはシャディルトが手を回したとしか思えない。
そのことはラシュネの胸の内に収めてしまって、ソシアに誘いかける。
これもシャディルトの計算内のはずだ。
「それより、せっかくだから二人で街を回ってみないか?私もこれからパトロールに回らなければいけない時間なんだ。本来ならレンファースがこの役割のはずだったんだが、見ただろう?難民の受付嬢に抜擢されたものだから、私が代役というわけだ」
確かにレンファースは、ソシアがラシュネを追いかけていくときに見かけたときにも、受付のボードを振り回して受付だけではなく、人民の誘導係までこなしていたように見えた。
それにしても。
「デート?」
「ふふ、そうだな」
他人が聞いたら大スクープになってしまうようなことを二人はあっさりと言ってのけて微笑みあう。
ソシアからすれば断る理由もない。
ジフィール中央都でラシュネと共に歩くことはこれで最後になるかもしれない。
きっとジフィールの街を見る最後のチャンスになるかもしれない。
二つ返事で応じるソシアへラシュネが手を差し伸べる。
その手を取ると、ルフが、またおいでーと言ってくれたものへ、またね、と言って宿を出る。
外は人々がそろそろ活動を開始する時間ということもあってか、街道が賑わいを見せ始めている。
宿屋を出ると目の前にある食堂からは、仕込みの済んだものを料理しているらしく、何かの焼ける音とこんがり焼ける匂いが人々の嗅覚を容赦なく刺激する。隣にある小さな道具屋は、露店に特売品がたくさん書かれた看板を立てて品物を手際よく並べている。その向こうにある武器を扱う店では、どこからかやってきた旅人があれこれと品定めしている。
道行く人がラシュネと歩くソシアを見て、微笑みながら挨拶をしてくれる。
何度かお忍びで街を歩き回っていたこともあり、ソシアのことを知る者も多かった。もちろん、彼女の方も一人一人の名前を憶えていた。自分の名を憶えてくれる人への最低限の礼儀だと平気な顔をして言ってのけるさまは、この国の当主や宮庁の長ですら仰天したくらいなのだ。




