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はじまりの夢  作者: 新堀めじろ
第四章 ジフィールの人々
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第29話 ジフィールの街

月の守護ステルがソシアの姿を確認すると、ゆったりした足取りで近づいてくる。


「おはようございます。昨日はどうも」

「おはよう、よく眠れた?」


一礼するステルに宮庁のエクアラ、イサーシャも宮庁式の礼をもって応える。

そして若い娘らしい声を立てながらピグナッツパンの配布所へ向けて駆けていく。おそらくパン配布所では普段見かけない来訪者の話で盛り上がっているようで。時折、視線が飛んでくる。

その視線にソシアは思わず小さく笑うと


「あ、気づかなくてごめん。おなか、空いてるなら食べる?みんなで作ったんだ」


朝食を勧める。


「そうですね、ありがたくいただくことにします」


柔らかな笑みをこぼして言うステルが、ソシアからトレーとリレプーを受け取る。他のメニューを、と方向転換したソシアを止める。


「自分で取りに行きますよ。宮庁の方々とお話をしてみたいですし。あなたは街の方へ出てみてはいかがですか?宿の手配交渉が何とかと、ラシュネさんが喚いていましたから」


と重大発表をする。


なんてことだ。

ラシュネが宿屋で荒れていないとは限らない。彼女は交渉事は苦手なのだ。

宿屋の一軒や二軒、消し炭にしてはいないだろうか。


ソシアはゆっくりと街の方へ視線を移す。幸い今は雷光は見えない。

とりあえずほっとする。しかしこれからを予感させる不安が的中しないとは限らず。

宮庁の長シャディルトの采配に首を傾げる。


「私、街の方に行ってみるよ。教えてくれてありがとう!」


そう言ったソシアが街の方へ走っていく。

その後姿を見送りながら、ステルが呟く。


「人を信用しすぎる人…なんでしょうかねぇ…」

「そうなんです~」


呟きに答えをもたらす者がいた。

昨晩、集落で大地を抉ったフィジェンが気配もなくステルの傍に立っていた。

しかしそれに動じることもなくステルは溜息混じりに応じる。


「でしょうねぇ…」


見ていればわかります。


「でも~、それが皆の心をつかんでいることに~、あのお方も気づいていないんです~」


フィジェンも溜息混じりに答える。その中にも、どこか誇らしげなものを見え隠れさせていたことがステルには羨ましくすら思えた。

先程ソシアが駆けて行った方角を見つめながら。



お願いだから、ラシュネ、早まらないでー!


街中を走りながらソシアはラシュネがしでかしそうなことを頭によぎらせていた。

国からの保障はされていても難民を受け入れるという前代未聞を任される宿屋。どれほどの期間に及ぶかわからない問題に交渉は必要なのだろう。

交渉が苦手なラシュネのことだ。

いつ雷光が飛び出すか分かったものではない。


そんな心配事もどこ吹く風。

ジフィールの中央都の朝はいつも通りのそれを迎えている。


さっき曲がってきた顔見知りの魚屋ギュアの証言によると、ラシュネはこの角を曲がって三つ先の宿屋に入っていったと。

魚屋で挨拶を交わして、お話したのはタイムロスだったかもしれない。

しかし、今美味しいお魚のお話なんて彼女にとっては逃したくない話題だったのだ。今の季節に美味しいということは、今元気いっぱいということだから。機会があれば遊んでくれるかもしれない。

それはまたのお話で。


ああ、ラシュネ、ホントにホントに落ち着いてー!


今はこちらの方が大事。

けれど、思うようにいかないのが世の中というものかもしれない。

走っていくと、角を曲がったところにある果物屋でも…。


「おや、ソシアちゃん。随分とお急ぎだねえ」

「おばさま!ラシュネ、ラシュネがあ!宿屋さんが黒い交渉で焦げちゃったんだよ!」

「???」


意味不明な解説を長年の勘を働かせて果物屋の女主人ウリンゼが見出した答えは。


「宿屋が悪事を働いたのかい?」


残念!違う!


違うんだよ、と首を振るソシアを落ち着けようと、ウリンゼは売り物のトピアを差し出す。

トピアは精神慰安の効果を持つ果物として、このあたりで多く栽培されている。黄色い親指の爪ほどの大きさを呈し、ほのかな甘さを持っている。


「まあ、これでも食べて落ち着きなさいな?」

「おばさま、ありがとう。でも私、急がなきゃいけないから!」


差し出されたトピアを受け取って、ソシアは踵を返す。ラシュネを追わなければならない。

後ろから、またおいでねーと声を掛けられ、手をパタパタ振って答えるので精いっぱいだった。

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