第23話 心見の間
それは、あの子が決めることだ。
ラシュネは当主にそう言われて城の回廊を不満げに勢いをつけて靴音高く歩いていた。
ジフィールの城は中央都のさらに中心に位置する場所にある。
その中に有する議会場の階下にジフィール当主のいる心見の間へと続く回廊がある。
人民の想いの下に、そのような考えで議会場の下に当主の部屋が設けられているのだ。
その心見の間から飛び出すように退出し、ラシュネは吼えた。
「あの方の心が、そう願っているのは明白なことだろうに!」
当主といい、シャディルトといい…どうして彼女の気持ちを汲んでやらないんだ!
イライラ。
その時のラシュネを見た者が魔術力をわずかでも持っていたらなら、彼女の周りに雷光を見ることができただろう。
この宮庁の副長は、感情が昂ると雷を呼び込んでしまうことが多々ある。彼女を知る人は、こんな時の彼女には近寄らないように心掛けたものだ。
ただし、無謀なことをする者も、時にはいる。
「どうしたんだよ、ラシュネ」
ああ、もう!人はイライラしているというのに!
正面から掛けられた声に、牙を剝くように視線を与える。
しかし、向いた牙を引っ込めて、今度は目を剥いた。
「ソ、ソシア?」
感情の昂ぶりが嘘のように落ち着いてしまう。
「私のことで、当主のところへ行っていたと聞いたけれど。私は私で決めるから。大丈夫だよ、ありがとう。シャディルトに民の声を聞くように言われて、そうか、って思ったよ」
これから当主と話してくる、と言い残してソシアはラシュネと回廊をすれ違った。
いつもなら止めていたラシュネも、この時のソシアの表情を見てそれが躊躇われた。つい、礼をして見送ってしまった。
今まであんな表情見せたことあったか?
ラシュネは一人で考え込んで、ふふん、と笑う。
まるで我がことのように誇らしげに見送ってから、ラシュネは明日訪れるであろう難民受け入れの多忙さを予測して休むことにする。
この国は大丈夫だという安堵感を胸に。
「して、何を望んで国を出たというのだ?」
ジフィール当主ルネ8世の問いにソシアは答えをもたらす。
「私の生まれ出た理由を果たすためです。今もその思いは変わりません。でも、それでは過去が…同じことが繰り返されるだけだと。民の声を聴くようにと、シャディルトに教えられました」
心見の間で、ジフィール当主はソシアの下に歩み寄り、次なる彼女の言葉を待った。
心見の間はジフィール当主の私室。寝室としても使われている。
夢が心の旅路だといわれていることから、そのような名で呼ばれている。
訪れる無礼に許しを求めてから入室したものの、今日は客人が多いものだと冗談をほのめかすルネ8世は無断で国を出たソシアを咎めることはなかった。
国を出ることが分かっていたかのように。
「民の声を聴いて、私は…どうしたらいいの?わからない、です…」
先ほどとは打って変わって、自分の内にうごめいている不安を露わにして、ソシアはルネ8世に揺れる瞳を向ける。
「人の言葉を聞くのが、怖い…か?」
不安の正体。
ルネ8世はソシアの不安を正しく理解していた。
こくん。
ソシアは小さく頷く。降りた視線が上がることはなく、言葉だけが紡がれていく。
「私が、あなた方の本当の子ではないことが知れたとき、この国は乱れてしまうのではないかと。人々は私に期待を向けてくれるのに、私は欺いてばかりだ。それならば、いっそ旅に出て人知れぬところに行ってしまったほうがいいと思って…」
揺れる心に気が付いたのか、ルネ8世は今まで我が子として接してきた少女を抱き寄せた。
彼女の瞳がほんの微かに濡れているのを同時に悟る。




