第20話 油断大敵
「う……ん…」
ステルの言葉を受け、シャディルトは右手を口に当てて小さく唸る。
「ふう。まあ、いいでしょう。ソシアさんが目を覚ますまでの時間つぶしにお話ししますよ」
ホントは人に教えることでもないんですけどね。
「すみません。僕は知りたいと思ったことは、どうあっても追及したい性質でして」
シャディルトの言うことにステルは微笑んで返す。
そんなステルにシャディルトは向かい合わせた椅子に腰かけるように促す。彼が腰を下ろすのを確認してから、といった様子でシャディルトは語り始める。
「私の目のこと、ですよね。信じられないかもしれませんが」
前置きをすると、自分のハンディキャップのことについて軽い調子で言葉を紡ぐ。
「確かに、私の目は視力を失っています。眼球がありませんからね。あなたが不思議に思うのは、それでも周囲が見えているようにふるまっているからなのでしょう?」
その通りです。
慎重に頷いて、ステルは次の言葉を待った。
彼が頷いたことも知覚してとらえているのか、シャディルトは続ける。
「たとえ視力を失ったとしても、それ以前の記憶はありますし、視覚としてではない手段としてとらえることができる方法があるんですよ」
不敵な表情から生まれ出た言葉は。
「空気の流れ、あるいは感情を司さどるものが知覚できたとすればどうです?」
「!!」
そんな、信じられない…。
シャディルトの言葉はにわかには信じられない。
空気の流れについては、感覚を相当鍛錬すれば不可能ではないだろう。しかし、人の感情を知覚することはどうだ。いかに鍛錬した者であっても、表情や仕草といった視覚からの情報を得ることによってわかるだけのものが多い。感情を悟られまいとすれば、容易にひた隠すことができるのも視覚から得る情報が大きい比重を背負っているからに他ならない。それが得られない宮長の長に人の感情の移り変わるさまを知る術はないはずだ。
「信じる、信じないは、あなたの自由ですよ」
ステルの心の内を知ってか、シャディルトは手を軽く持ち上げて笑った。
信じられない…だが、信じなければ説明がつかないことも多すぎる。
シャディルトの日常は時刻を知り、物の位置を的確にとらえ、人の反応に見合うように応じる。
それにステル自身の言葉の噓を見抜き、今現在もおそらくは信じていないという思いをくみ取っているに違いないのだ。
宮長の長を前にした時には、油断大敵。侮ることなかれ、か。
こういうことだとは聞いていませんよ?
以前、宮長の長のことを耳にした時、人々は口を開ければそう言って、関わらないに越したことはないと続けたものだ。
感情はいかにうまく隠しても、感情そのものを感じ取るものに対しては隠し立てができない。
溜息をついて、ステルは宮長の長から視線を外した。
「さて、もうお話はこれくらいにしましょう。ソシアさんが目覚める頃ですからね」
その言葉を合図とするかのように、ベッドの上でソシアが小さく身じろぎをする。
まるでよくできた手品を見せられているように、シャディルトの紡ぎだす言葉が次々に現実のものになっていく。
周囲を完全に知覚しているというのは現実のことなのだろう。
宮長の長、この人はつかみどころのない人だ。用心するに越したことはない。
そう考えて、それ以上の追及するのを止める。
追及したところで、自分には信じがたいことがボロボロと現れてくるのは、何となく予想ができた。
一方、何事もなかったかのようにシャディルトはソシアに声をかけていた。




