第19話 宮庁舎
過ぎた嵐に我を忘れそうになりながらステルが宮庁の長に問うた。
「あの方は…?」
「ジフィール宮庁副官を勤めるラシュネさんです。ちなみに、わかっていらっしゃるかもしれませんが…女性です」
わかりませんでした。
そうも言えず。
心中お察しします。
とも言えず。
どう返答していいやら困っているところへ、気を取り戻したシャディルトがソシアを長椅子から拾い上げる。そして奥についてくるようステルに促す。ついていっていいものか、ステルは逡巡する。
本来宮庁舎は関係者以外立ち入りを固く禁じているのだから。
宮庁の体制や宮庁舎内の構造は軍事的機密でもあり、全くの門外不出であったことが理由である。
その長がシャディルトだということも先の集落での自己紹介がなければ、ステルでなくとも彼がそうだとはわからなかったほどである。
考える時間はほんの瞬時でステルは、宮庁の長に従うことにした。
宮庁という機関の一部でも知る絶好の機会である。好奇心が何より勝ったが故に抗うなどという選択肢はもったいないではないか。
宮庁の長に続いてついていくと、扉の奥にはゆうに四人が並んで歩くほど幅広く、先が小さく縮んでいるように見える回廊が続いていた。窓から差し込む光は全てステンドグラスによって和らげられ、石造りの床にステンドグラスに象られている偉神が落ち着いた光を投げかけている。所々にある吹き抜けからは森からの風であろうか、緑の香りが爽やかに吹き込んでくる。
いくつのステンドグラス、いくつの吹き抜けを通り過ぎただろうか。
ついていってたどり着いた場所は比較的奥まった場所のようだった。扉が開かれると、ベッドや調度品といった日常生活を送るに必要なものが一通り揃った部屋であった。一人で生活するには不自由のない広さはあった。ただ調度品にはカバーが掛けられ、ベッドにもシーツが掛けられているところを見ると、空き部屋であろうか。今は人が生活しているような雰囲気はない。
辺りをせわしなく見渡しているステルへおもむろに声がかかる。
「あの、よかったら…そこのシーツ、どけてくれません?」
ああ、すみません。
ステルはそう詫びると、部屋の奥にある質素な木造りのベッドに掛けられていたシーツを取り除いた。埃が全く立たなかったところを見ると、最近空き部屋になったのだろうと予想がつく。
きれいに整えられたベッドへ慎重にソシアを下ろしてシャディルトは、やれやれ、と肩を揉みながら近くにあった椅子に腰かけている。
ソシアは目が醒めることなく、未だにジフィールに連れてこられたことを知らない。目が醒めたらどういう反応を示すのか、ステルには大きな興味がわいてくる。
だがそれよりも、もっと興味をそそるもの。
「失礼を承知で尋ねたいのですが」
「?何か?」
そう、この宮庁の長だ。
きちんと自分の方向に向き直り、質問の内容までも見透かして不敵に笑みを浮かべる彼。
シャディルト。
「あなた…目は…?」
本人は盲目だと言っていた。
しかし今までの行動の端々を見る限り、真実とはとても思えない。全くを持って見えているとしか思えない行動ばかりなのだ。




