第18話 宮庁副長
魔術大国であるジフィールの中央都は海を背にした森のはずれにある。
一年を通して温暖な気候を持つ海と空を背景にして建てられているのはジフィールの王宮、別名「天を知るところ」。
都はジフィール当主によって統治され、議会制と同時に王制…王国議会制を政治的体制に持つ。布かれた法も一万余の人民と当主とが議会という場を設けて決定されたものであり、治安的にも安定した国である。
他国との交流も世の災いが訪れる前には各国と活発に行われ、国の発展に大きく貢献していた。
最近は街商交易の許可を求める国は減少、宮庁による救援を要請してくる国の方が上回っている。ジフィール現当主ルネ8世はそれらの要請をできうる限り請け負っていた。したがって、ジフィール宮庁の休息の時間はあまり持つことができないことが裏付けられており、少ない休息は貴重なものなのだ。
その少ない休息を絶たれた者が、いる。
「帰ってきたか、シャディ…ル…ト!?」
「ラシュ…」
ネさん。
言うよりも早くに掴みかかられる。
「お前、彼女に何をした!!」
抱きかかえられているソシアを引っ手繰るようにして取り戻すと、宮庁の副長ラシュネはシャディルトへと詰め寄った。
「いやほら、連れ戻すように、と任務があったでしょ?」
「やはり…お前がやったのか!手段を考えろ!!」
ジフィール中央都、宮庁舎の聖堂に巡らせてあるステンドグラスが震えるほどラシュネは声を荒げ、シャディルトを糾弾する。
気が付く様子もないソシアをそっと長椅子に横たえて、ああ、もう!と頭を振りかぶる。
ラシュネもフィジェンと同じ格好をしているところから、宮庁の者だということは唖然と凝視しているステルにも予想ができた。
随分と威勢のいい人だな、というのはステルのみならず、ラシュネという人物を見た者全てが抱く感情なのだ。彼女の紺色の視線は、大胆不敵を持ち出したような宮庁の長すらもたじろがせている。
いつものシャディルトらしからぬ態度に、ラシュネがイライラしているのが本人ではなくとも容易にわかる。
ここに来る前に言っていた「あとが少し怖いです」とはこのことを差しているのは誰が見ても明らかだ。シャディルトの脳裏によぎった光景がまさしく現実となっていることに、ステルは自分が対象でなくてよかった、と宮庁の長へ少しだけ同情を交えて思う。
「手段は考えましたよ。でもほら、人間って逃げられると思ったら咄嗟に手が出るじゃ…」
「でないだろ!お前は故意犯だと思っていてちょうどいい位だ!」
苦し紛れの言い訳を次々に粉砕していくパワーは何者をも寄せ付けない。勢いよくシャディルトをびしっと指差し、断言している。かと思えば、ソシアに向き直り苦しそうな表情をする。
「無理やりに連れてこられたんだな...。かわいそうに。私は当主に進言してくる」
「進言ってまさか」
「旅に出られるように、だ。決まっている!」
ラシュネはつかつかと足早に宮庁舎を後にする。彼女が当主に進言する内容のことはともかく、ようやく嵐から解放されることに安堵感を抱くシャディルトが、ふぅ、と息を吐く。
ステルに至ってはことが理解できないのと、ラシュネに圧倒されて、ただすれ違った彼女を見送ることで精いっぱいだった。
宮庁の副長が途中で何を思い出したのか、靴を鳴らして振り返る。
「それ以上彼女に何かしようものなら本気で怒らせてもらうぞ」
どうやら今までのは本気ではなかったらしい。
「あのう…寝室にお連れするというのは…」
控えめに尋ねるシャディルトに雷鳴と豪雨が降り注ぐ。
「それくらい自分で判断しろ!当たり前だ。そのままにしておくつもりだったのか!」
嵐は宮庁舎を出る前に鋭い一言を残して行った。




