第17話 過去に重ねて
「何そんなに唸ってるの?どこか痛いのかな?」
気づかぬ間に傍からソシアがステルの顔を覗き込んでいた。驚いてのけぞっているステルに笑いかけてから
「ついでにシャディも連れてきたんだね」
悲しそうな瞳を向ける。
やっぱりそうか~、打って変って明るく言うソシアは隠れていたシャディルトに向かって声をかける。
「シャディ、隠れていないで出てきていいよ。もうバレてるから」
「おや、もうバレていたんですね」
森の僅かに残された緑を割いて宮庁の長はその姿を現す。
「先に言っておきますが、逃がすつもりは毛頭ありませんからね」
大胆不敵な微笑を穏やかな顔に張り付けているが、ここで逃げれば簡単に逃走ができてしまいそうな気がした。しかし、用意周到な宮庁の長のことだ、何らかの対処は既に成しているに違いない。
逃げ出すにはシャディルトを出し抜くことはできないとみていいだろう。ならば説得だが…任務最優先、任務達成率100%を誇る宮庁の長を折るには、こちらも骨が折れそうだとソシアがシャディルトを真っ向から見上げる。
「?…どうしました?私の顔に何かついていますか?」
隣で事の成り行きを見守っていたステルがこの一言を聞いて、そういうことか、と一人納得する。
確かにシャディルトの瞳は閉じられている。けれども、それが見えていないということではないらしい。
確かに周囲を視覚として捉えてはいないだろう。ただ感覚的に察知し、それを視覚と同様に受け取っているようだ。
つまり、集落での自分の虚言はとうに見抜かれていたのだ。
自分をいとも簡単に解放したのも、泳がせて道案内をさせることを思えば容易に納得がいく。
やれやれ、ですね。
ステルは、ほう、と溜息をついてジフィール中央都に行くことになることを予感していた。
「私、帰らないよ。そんな時間も残されていないって言ったのは、シャディだよ」
ソシアはルゥを自分の腕に抱いて、静かに微笑を浮かべつつ彼女の言うことに耳を傾けているシャディルトにはっきりと断言する。
「それは困りましたね。私は当主から、あなたの連れ戻しを任務として受けているんですよ?」
次期当主と視線の合うところまで膝を大地へと折り、宮庁の長はあくまで任務のことを優しく押し通す。
「もし、私があなたを連れて帰らないとしましょう」
もしもの可能性の問題です。
一瞬期待を向けられてシャディルトはピシャリとその期待を打ち砕く。
「いつもの歴史の時間だと思って考えてください。突然いなくなった王族を抱えた国のなれ果て。以前、ダレシアの話をしたはずですよ?」
その国のことは傍観しているステルも書物で読んだことがある。
古き時代、ダレシアという国がこの惑星モラに存在したという。権力も絶大なものを持ち、現在での最大の権力国家といわれるレオド王国と同等の、いや、それ以上の国力を持ち得ていた国の話。
その国には、更なる繁栄をもたらすと世界中に噂されていた優秀な息子がいた。彼が世継ぎとなれば、確実に国家の安泰は続き、繁栄し、国力の増大が約束されたも同然のことであった。
しかし、突然。
国を治めていくはずであった息子が何の音沙汰もなく姿を忽然とくらませた。
世界中が動揺し、捜索もされたらしいが足取りはつかめず、世継ぎのいなくなった国は次期の国を治める者がいないまま、心労のかさんだ王が亡くなったことで急激な衰退が始まった。荒れた国は徐々に衰退していき、現在の都市群衆となる。
そこが自治政権として落ち着くまでに黄泉の神ユナの門をくぐった者の数は数えきれないほどに至る。
「ダレ…シア…」
小さなソシアのつぶやきが亡き国の名を反芻する。
次に来たのは、心の中からの絶叫。
「シャディルトのっ、バカーーーーーー!!!!!」
「おやすみなさい、愛されし我らが次期当主。レムリア」
脱兎のごとく駆けだすよりも早くソシアにシャディルトが魔術をかける。
抗うことなどできようにないほどの魔術力にソシアの身体から力が抜けていく。
「よっこいしょっと。言ったでしょ。逃がすつもりはありませんと」
倒れ掛かるソシアを抱き止めて、シャディルトは当然とでもいうようにステルの向き直る。
「どうします?あなたもくるんでしょ?」
「いきます…けど、次期当主にそういうことして大丈夫なんですか?」
「さあ?まあ…あとがちょっと怖いです」
シャディルトの頭の中に浮かんだのは他でもない。
宮庁副長ラシュネの激昂した姿だった。




