第14話 炎の森
今のところ、宮庁の長の思うように事が運んでいない森の中。
「嘘…でしょ」
ソシアは咳を二回した。先程からルゥが警戒を促し続けている。
そんなことは促さずともわかっている。
何故なら何かが焼ける臭いが充満しているから。間違いなく、森が焼かれているのだ。
むせかえるような森の空気が肺を痛めつける。
ステルと別れた後、彼女は泉で休み、深い深い色の水を見つめていた。
その時に異変は起きた。
何かが泉の上空を掠めていったのが見えてからのこと。
微かに聞こえる爆音と大地を震わす振動が駆け抜けていったのだ。
発生源は…あの集落。
あそこには宮庁が控えているとステルは言っていた。彼らなら住民を救う対応はできるはずだ。
しかし、森には火の粉を払う術がなかったのである。
飛び散る炎の落とし子たちが容赦なく森を我が眷属に迎えんとしている。
それに逆らうことができない木々たちは、煙と熱とを残して次々と黒い煤へとその姿を変えていった。一人では寂しいのであろうか、森に住まう者たちを共に連れて。
「けむっ…かは!」
でも放ってはおけない。
森とそこに住まう者たちが連れ去られてしまう。
ルゥがついにここから早く退避するよう促し始める。この付近はもう助からないと。
「いや!」
駄々をこねる子供と同じく激しく首を左右に振りかぶる。
「助けてみせる!」
断言して口早に言葉を連ねていく。
護るための結界を張るという空間魔術は彼女の苦手とする領域だが、火の粉を払うことくらいはできるはずと考えてのこと。
炎には水か氷で対処するしかない。水や氷の領域は、まさに得意とするところだったからでもある。
その逆もしかりであることは考えないこと、それを考えたら恐怖に支配されることがある。
いつだったか、自分に魔術を教えてくれた者が言っていた。
こんな時にいてくれたらいいのに、と無茶なことは考えたりはしたが。
もうすでに煙だけではなく、炎の手が伸びてきているのが肉眼で確認できるようになってきた。
熱風が吹き付けてくる。
今まで食らいつくしてきたものと異なる新たな獲物がいることを知っているのか、炎の勢いが増していく。
空ですら焼き焦がさんばかりの勢いをもって狂ったように踊っている。狩猟の前に舞っているかのように。
「よし、キミたちも力を貸して!森を守るために!」
魔術が完成する。
泉に住まう精霊たちにも声をかける。
「いって、フィディーク!」
魔術の進むべき道を指し示す。向かうは天空に届かんばかりの勢いを見せた炎。
彼女の指示に従い、津波のごとき怒涛の水が炎に立ち向かう。渦を巻いた水が炎を取り囲む。水の膜が炎を包み縮小していく。
あとは一気に畳み込んで…。
彼女の言うがままに水が従っていく。
水の精霊が不意にやってきて、ソシアに不安そうに寄り添う。
「大丈夫、やれるよ」
だから頑張ろう、ね?
こくん。
水の精霊が小さく頷くと、ばしゃんと消えた。
ソシアも頷いて自分に言い聞かせる。
そう、やれる!
私は、あの時とは違うんだ!




