第11話 紅蓮の人形
宮庁駐屯地から解放されたステルは街へ向かいながら、奇妙な違和感をおぼえる。
既に幻惑の神サヌの時を回っていた。
徐々に朝を告げる空気が漂い始め、雲一つない遥か上空には朝告げ星シヴォルがひときわ明るい輝きを見せていた。今日も良く晴れることが予想できるほど、空は澄み渡っている。
今日もまた同じ使命を持つ仲間を探しに出なければならない。
身体を休めることはできなかったが仕方がない。
今までならば無理をせずに、もう一日ここで休んでいくことにしたのだろうが昨日彼女と落ち合う約束をしてしまったからと諦めるほかなかった。
やれやれ、とステルは大きく伸びをしてもう一度空を見上げた。
そこで見た光景は、先程とは違うものがあった。
その違うものが。
森の合間から垣間見える、白み始めた空に紅蓮の光がパアッと広がって集束していく。
紅蓮の光が広がった一瞬、明け方の白んだ空が夕焼けの様相を呈する。
それが何であるのか、目を凝らして確認するよりも早くに紅蓮の色彩が集結した物が集落に降り立つ。
よく見れば、腕の長さほどの紅蓮に彩られた人形のようだった。
ちょうど集落の色口付近めがけてゆらゆらと降り立つ。
そしてその人形が、カタカタカタカタと顔をあげて。
…笑った。
それを見てしまったステルの身体全体が、ここにいることに対して拒絶反応を示す。
身の毛のよだつような微笑を合図にして、紅蓮の人形が不気味に揺らめきながら降り立った場所が燃え上がり炎をまき散らす。
危険を察知し、状況は理解できていなかったが咄嗟に自分の周囲へ魔術防護を張り巡らせる。
防火能力を持っていないテントが華やかに燃え上がり、さらに追尾するように二つ三つと火炎球が降り立たった紅蓮色をした人形から止めどなく吐き出されていく。
周囲の家々も宮庁のテントと同様に盛んな炎に包まれていた。
人形から魔術力を感じる。
造形されし物に宿った憎悪と共に。
憎悪から吐き出された火炎球が集落を壊滅させんとして迫る。
「くうっ、氷の雨よ、ここに具現せよ、セルナホーン!」
何もない中空から氷の礫が降り注ぐ。
まさに氷の雨そのもののごときそれに出会った火炎球が、ひときわ大きな音を立ててこの世から消え去っていく。
あれは一体!?
考えるよりも次々に押し寄せてくる日の球を消していく方が先決だと、もう一度セルナホーンを紡ぎ出す。
再び爆音をとどろかせながら炎が消滅し、立ち込める水蒸気に視界が奪われてしまう。
視界を取り戻そうとしているところへ水蒸気を突き抜けて火炎球が現れてくる。
あの人形をどうにかしないと、こちらの方が玉切れになる。
でもどうする。
ステルは次の魔術を放つために魔杖に意識を集中させる。
呼応するように魔杖の持つ宝玉が青白い輝きを放ちだす。
日常にはない異変に何事かと人々が騒ぎ始める。
彼らは炎に包まれる我が家を起きたての姿で飛び出してきていた。
そして集落が襲われている災難に悲鳴を上げる。
魔術が完成し、進むべき道を指し示しているステルの耳に小さく甲高い笛の音が飛び込んでくる。
飛んでくる火炎球を氷の進む道と示しながら長く糸を引いた笛の音を、ようやくお出ましになるんですね、と歓迎していた。
そのころ、宮庁の駐屯地では警戒を知らせる警笛が鳴り響いていたのだ。




