第10話 語るのは
「思い当たる節があるんですね。教えなさい、これは国においても重要なことです」
ステルの動揺を逃さずにシャディルトの口調に鋭利なものが混じり合う。
背に冷たい汗が伝うのを感じながら、
さて、どうしたものでしょう…。
ソシアのことを話してしまうことへ躊躇うステルにとどめが刺された。
「あなたにそのつもりがないのであれば、心の中に踏み込むまで」
出会ってから常に閉じられていたシャディルトの瞳に浮かんだ色はわからない。
それでも本気だという明らかな言葉を前にステルはついに口を開く。
もうソシアがジフィールの王族であると結びついてしまっているのだ。
心の中を読み取られてしまえば、それ以上の損失が考えられる。
だから自ら語ることを選ぶ。
一語一句を選びとりながら。
「…あの人がそうかどうかはわかりません。しかし、森の中で一人、出会った者がいます。僕がちょうど獣の群れに遭遇したとき、助けてくれたのです。それだけです。その後、その人は僕の前から消えてしまった」
それだけのこと。
繰り返してステルは悟られまいとして目を伏せる。
こうすれば視界からの情報がない分落ち着くことができる。宮庁の長の瞳は幸いにして閉じられたままだ。気づかれてしまうことはないだろう。
これ以上の情報は渡さない方がいい。
「なるほど、ね」
シャディルトがテーブルに頬杖をついて、刃のような笑みを見せた。
テント内の灯されていた光がゆらりと揺れる。
地に横たわる影が寝返りを打ったかのようにぐらついた。
身が切られそうな冷たいものを一瞬だけ今の空気に差し与えて、宮庁の長はテントに控えていた部下に目配せする。
すると、その者はテントを出て素早く行動に移しているようだった。
察するにソシアの居場所が絞れたことを捜索に出た宮庁たちに知らせるべく伝令に出したのであろう。
「あなたは賢明な人ですね」
シャディルトはステルに向かって明るい口調で語る。
しかし。
シャディルトは含み笑いを漏らす。
詰めが甘い。
嘘を吐くときには、周りの空気も自分に従わせることが鉄則です。
たとえできたとしても、私には通用しませんがね。
そのようなことはおくびにも出さずに、シャディルトはいけしゃあしゃあと言い放つ。
「ご協力どうも。我々ももう少し森の方の捜索を続けてみましょう」
それからステルは住所や名前といった一通りの調書が取られると、あっさりと宮庁駐屯地から解放されたのであった。




