第1話 ジフィールの森
初めての投稿でよくわかっていませんが、ゆっくり投稿していきます。
よろしくお願いします。
過去に英雄が救ったといわれている世界。
平和な時が続くはずだった。
小さなほころびから生まれた、世界の危機に抗う人たちのお話。
どこかの誰かの目に触れて、心を揺さぶりますように。
森は深く彼女を包んでいた。
全ての災難から逃すように。愛する者を護るかのように。
森に護られた彼女はひたすら追手から逃げていた。森の緑の間に白と青の色彩が揺れる。
追手から逃走している本人…ソシア・ディシュナ・ファラオスが、青い瞳を瞬かせて森にある大樹へと身を寄せる。
苔むした大樹は彼女のことを受け入れ、しばしの休息を許す。
何が何でも今捕まるわけにはいかない。
追手の気配が感じられないところまでたどり着いて、彼女は一息つくために立ち止まって溜息を大きく一つ吐いてみる。
魔術大国と謳われるジフィールの森。
国の大半を覆う森林は一年を通して緑が滞ることはない。春には新緑が広がり淡い色合いを醸し出すことはあっても、冬に木の葉が抜け落ちてしまうことは今の一度もなかったことだ。
森は深いけれど、じめじめしている気候ではない。どちらかというと乾燥した風が木々の合間を潜り抜けていくような気候の持ち主であった。
それでも木々が艶やかでいることができるのは、この土地が樹木の精霊の加護を大きく受けているからだと言われている。事の真相が明らかであるという証明がきているわけではない。
けれど、この森にはそれが真相だと言わざるを得ない雰囲気が漂っていた。
吐いた溜息が大気に混じる。
完走した風が空気の塊を掬い上げて、はるか上空に連れ去ってしまう。代わりに彼女の中に早春の、甘いようなくすぐったさを持った空気を残していく。
その深い森のもたらした心地の良い新鮮な空気が全身に廻るのを感じて彼女は表情をわずかに緩ませる。
しかし、何故に自分が追われているのか理解できずに再びその顔は瞬く間に曇ってしまう。
自分は何も悪いことはしていないのに。
家を飛び出したことだって、いつかその日がやってくるということは両親ともに承諾済みなのに。確かに黙ってきたことに素こそは悪いかも、とは思っているけれど。
見上げた空は恒星ラヲが傾きかけてはいるものの、蒼天の色は高く続き、長くたなびく白い雲は遠く見える。
その中に追手が使う魔術弾が飛来している様子はない。
魔術弾が飛んでいないということはまだ、追手は自分を発見していないことが予想できる。
もし見つかっていれば、逃がすまいとして自分の居場所を明かすために魔術で操作する光球が上空を舞うはずなのだ。
彼ら追手はいつもそうしていることを彼女は知っていた。つまり、今は大丈夫…だと思われる。
「でもこんなところで…。なんとしてでも、せめてバンデまでにはたどり着かなきゃ」
じっとしていることはできない。
いつまた追手が追いつくとは限らないのだから。
しかも、追手の中にあの者がいるのならば、自分を出し抜くことくらい容易なことなのだ。
今まで何度騙されてきたことか。
その手段は彼女が予想できないことも多かった。
よって、魔術弾が飛んでいないとしても油断できないのだ。
目指すところはバンデ。
このジフィールから北方にある雪と氷の国、別名騎士の国。
過去の英雄と称される者によって建国された歴史的には比較的新しい、ジフィールの兄弟国。もっとも、ジフィールもバンデから分岐した国であり、ジフィールを委ねられた初代当主はバンデで名のある魔術師であったとレ・エスパニカ第三書物といわれる歴史書の中にも記されている。
いわばジフィールはバンデから見れば弟とも妹ともいえる存在なのだ。
そのジフィールの森で。
「森は私の方がよくわかってると思うんだけどね…。そんなことより、ルゥ、結局付き合うことになっちゃったね」
ごめんね、そう言ってルゥに語りかける。
小首を傾げると彼女のつけていた蒼玉のサークレットの色がくるっと微妙に変化する。
話しかけられたルゥは答えることなく、彼女の傍らで丸くなっていた。
そのさまは例えるべくもなく真っ白なボールそのもの。
小さく笑って、ソシアはルゥの頭に手をやると、丸くなっていたものが小さく跳ね、彼女の手に乗り上げる。
そのルゥをひょいと自分の頭に載せてソシアは北の方の空を眺める。
ずっと向こうにバンデがあるんだ。
昔に一度だけあったことがあるあの者は、この世界の乱れの中にあろうとも無事でいることができているだろうか。




