グリムリーパー企画投稿用抜粋編
『ジョン、聞こえるか? これから西の通りに移動するが、大丈夫か?』
市街地を進むオビロン軍曹から無線が入る。
「大丈夫だオビロン。敵の狙撃兵は、まだ見えない」
『頼りにしているぜメアーズちゃん。ガムばかり嚙んでいねえでちゃんと監視しとけよ』
「ああ、任せとけ、ちゃんと監視してらい!オメーはいつも一言多い!」
『オメーには負ける』
軍曹の最後の一言がツボにはまったのか、横に居る狙撃手のジョンが笑い出す。
「さあ仕事、仕事」
不機嫌になったメアーズは、再び双眼鏡を覗いて敵を探し始めた。
目当ての敵は、狙撃手。
だが、並みの狙撃手じゃない。
なにしろ多国籍軍の兵士をこれまでに300人以上も射殺した凄腕の狙撃手。
コードネームは死神。
奴を倒すだけで、このイラクからおさらばできるだけでなく、奴に掛けられた懸賞金で優雅に暮らせるという特典もついて来る。
イラク郊外の街を、砂嵐が襲う。
強い風が砂ぼこりを舞い上げ、太陽の日差しを遮る。
舞い上げられた砂と同じ色の建物が並ぶ通りを進むオビロン軍曹が率いる完全装備の7人の歩兵たちを、4階建てのビルの屋上から狙撃手と監視員が護衛のために周囲を警戒している。
俺が構えているのはM82A1バレット。
12.7x99mm NATO弾を初速853m/sで発射し、2000m先の的を撃ち抜く世界最強の対物アンチ・マテリアルライフル。
「これだけの砂嵐だ、敵の狙撃兵も本日は休業。今頃はベッドに横になってテレビでも見て寛いでいる事だろうぜ」
双眼鏡を覗いたまま、監視員のメアーズと俺はクチャクチャとガムを噛みながら、グリムリーパーを探す。
「普通の狙撃兵は、そうだろうな。だが俺の“お目当て”は絶対に潜んでいるはず」
「おいおいまだグリムリーパーを探すつもりかよ!ちきしょう。おかげさまでこっちは砂嵐のせいで服の中まで砂だらけだぜ」
グリムリーパーは敵民兵組織の狙撃兵。
顔も本当の名前も年齢さえも分かっていない。
ただひとつ分かっているのは、コイツに狙われた者には確実に死が訪れると言う事だけ。
だから死神グリムリーパーと名付けられた。
「でも奴の死神としての人生も今日で終わりだな。なにせ相手が悪い。ジョンは現役のライフル射撃の選手で、今日の銃はM82。腕にかすっただけでも関節から先のパーツがもぎ取れてしまう。あー怖い怖い」
「あんまり喋っていると、死神グリムリーパーに連れて行かれるぞ」
「まさか、奴の銃は旧式のドラグノフだぜ、7.62㎜弾じゃあこの砂嵐の起こす強い風に流されちまう」
「だから、こうして風上を見張っているんじゃないか」
監視員のメアーズは何かを言いかけて止め、ペッと噛んでいたガムを吐き出して身震いした。
しばらくしてパーンという銃声が響き、通りを進んでいた軍曹が倒れた。他の6人は壁に貼り付くようにして、動きを止めた。
「やべぇ! 敵の狙撃兵だ。屹度お前の“お目当て”さんのお出ましだ。俺は確認できなかったが、ジョン、見つけたか? 」
「――」
しかし、ジョンは返事をしない。
パーン。
続けざまに、もう一発銃声が鳴るが、今度は誰も倒れない。
「ざまあみろ、外しやがったぜ。今度はこっちの番だ。ジョン、確認できたか?」
監視員がジョンの肩を叩くと、その首は力なく崩れ落ち、伏せている体の下側には血だまりが出来ていた。
そしてその事に気が付いた時、自身の意識も途絶え、ジョンの上に覆いかぶさるように倒れていた。
パーン。
まるで今倒れた監視員を追悼するように、銃声が後を追って空に響く。
1発目の銃声が聞こえたときに死んだのは、街を偵察していた歩兵の軍曹ではなく狙撃兵のジョン。
グリムリーパーの射撃距離が遠過ぎたため、監視員は歩兵が撃たれたと勘違いしてしまったのだ。
そして2発目の銃声で歩兵の軍曹が撃たれた。
その次は監視員のメアーズ。
誰も自分が撃たれた銃声を耳から脳へ伝達する事なく、この世を去って行った。
『ジョン! 軍曹が撃たれた。敵の狙撃兵は見つけたか!?……ジョン! おい、聞いているか? 返事をしろ! メアーズ、ジョンが撃たれたのか? おい、メアーズ。どうした返事をしろ!』
屋上に静かに横たわる2人の傍に置かれた無線機だけが、けたたましく声を上げていた。
*
俺の名前はナトー。
イラクの反政府テロ組織の中で、一番腕のいい狙撃手。
でも、まだ子供だ。
オッドアイに銀髪、そして色の抜けた白い肌は、誰がどう見てもイラク人とは違う。
育ててくれたのはイラク人のヤザとハイファの夫婦で、俺は本当の両親を知らない。
見たこともなく、声さえも聴いたことがない。
紛争で破壊された、瓦礫の下で泣いていた赤ん坊だった俺をハイファが拾ってくれた。
ハイファは優しくて、よく俺に本を読んでくれた。
大工だったヤザも良く働いて、貧しかったけれど幸せな家庭だった。
しかしそのハイファも俺がまだ幼い時に、多国籍軍の空爆により瓦礫に埋もれて死んだ。
それからというものヤザは変わった。
仕事を辞め、幼い俺を連れてザリバンと言う反政府テロ組織に入った。
反政府テロ組織で戦闘に参加するだけでは食って行けない。
まだ俺が小さい時分は泥棒をしながらヤザに戦い方を教わり、少し背が伸びた頃からヤザと夜の街に溢れているチンピラを襲っては倒した相手の財布から金を盗んで生活をしていた。
当然大人相手に真っ向勝負の喧嘩をしたんじゃ敵わないから、俺の役目は背が低い事と子供であるという事を利用して素早く相手の急所を突く役目。
大人でも、膝の裏や脛、金的や鼻の下というところは弱点だし、素手では敵わない相手には棒などを使って“溝落ち”を一突きすれば大抵の大人は地面にうずくまってしまう。
子供だからと舐めてかかってくるのと、意外に大人ってやつは動きが遅いから慣れてしまえば楽勝だった。
もちろん初めの頃は毎回上手くはいかなかったが、その時は直ぐ近くに居るヤザが相手を倒してくれた。
ヤザはいつも俺のサポート役として見守ってくれ、失敗したときはいつも助けてくれたが、その場合は例外なく怒られた。
やがて俺は銃を撃つことを覚えさせられた。
毎日毎日、銃の練習。
AK-47やM-16と言った自動小銃から、ベレッタやコルトと言った拳銃まで。
的を外すとヤザに殴られた。
弾が手に入らなければ休めるのだが、銃や弾には事欠かない。
何故なら、それらは倒した敵から補充出来るし、敵を倒せば恩賞も貰える。
だから、ヤザと俺はキナ臭い匂いを嗅ぎつけては、真っ先に銃を手に持ち先頭に立って戦った。
先頭に立てば、それだけ報酬は上がる。
俺は前進するヤザを援護する係。
盗みの時とは、役割が逆。
物陰に隠れて戦場を観察し、ヤザを撃とうとする敵を片端から撃ち殺した。
ある町の戦闘でヤザは突出し過ぎて孤立してしまい、12人のイラク軍正規兵に囲まれた。
四方から銃撃され、遮蔽物に蹲るヤザは泣き叫ぶように神の名を口にしながら助けを求めた。
俺はヤザを助けるため建物から飛び出して、走りながらAK-47を撃ちまくり、瞬く間に12人の敵を倒して救った。
その後はいつもの通り、死んだ敵の兵士から武器と金品を奪う。
戦闘報酬と略奪こそが、俺たちの収入源。
12人目の兵士には未だ息があり、俺たちに助けを求めていた。
さっきまで泣き叫び助けを求めていたヤザが、そいつにとどめを刺す。
死んだ兵士の返り血が俺の頬に飛び散り、俺はそれを手ですくって舐めた。
稼いだ金品は、ヤザが全部使ってしまう。
返り血でも俺にとって栄養になる。
ヤザは俺を仲間に紹介するときに必ずこう言った。
“悪魔の子”だと。
そして今は、敵から死神グリムリーパーと呼ばれる懸賞金付きの“お尋ね者”
だが、その正体が誰なのかは、敵はおろか味方だって知りはしない。
狙撃兵と言うものは、自分が手柄を言いふらさない限り、誰が撃ったかは分からない。
俺自身それを口に出さないし、何故かヤザさえもそれが自分の息子だと言う事はは話さない。
だから敵も味方も、300人近く狙撃したグリムリーパーが、まさか子供だなんて誰も思っていない。
そのことが俺にとって有利な事かどうかは分からない。
今日は砂嵐の中、風上に回り込み、距離850mから敵を3人射殺した。
愛用のドラグノフ狙撃銃の有効射程距離は800m。
追い風だから有効射程は若干伸びるが、L96A1の様に強力な.338ラプアマグナム弾を使用できない分直進性は弱くなるから、砂の影響と弾丸の回転ズレを予測して照準位置を少し斜め右上にずらして撃つ必要があった。
敵のM82A1なら、そういう苦労はない。
12.7mm弾に6条右回りのライフリングから撃ち出される銃弾は、信じられない程の直進性を誇る。
だが、子供の俺ではこの銃を使って今日の結果は出せない。
1発目は確実にあてることは出来るが、2発目以降は反動によるダメージを受けてしまい感覚がぶれてしまう。
大人は兎に角デカいものが好きだが、それを扱いきれる体力が子供の俺にはまだ備わっていない。
*
その日は昼前から、やけに狙撃銃同士の撃ち合いが街の至る所で聞こえていると思っていたら、案の定俺はヤザに連れられて敵の狙撃兵が潜む街に駆り出された。
路上には敵の狙撃兵により、民兵が7人も路上に横たわっている。
敵の狙撃兵に対抗するために駆り出された我々の狙撃兵は、既に17人も遣られていた。
何故この様な狙撃兵同士の打ち合いになったか?それは路上に倒れている一人の死体が持っている鞄が原因。
鞄の中には、多国籍軍による反政府勢力掃討作戦の計画書が入っているのだと言う。
路上に平伏して死んでいる男が、どうしてそれを手に入れたかは知らないし、何故多国籍軍がいつもの通り装甲車や歩兵を使って取り返しに来ないのかも分からない。
現場に着いて直ぐにヤザは、俺に建物の奥に隠れて待つように言って、どこかに消えた。
俺は言われた通り、隠れてヤザを待つ。
暫く姿を消していたヤザが、5歳くらいの男の子と手を繋いで現れた。
俺には久しく見せた事も無い優しい笑顔で、その子を抱き上げ俺の顔を見下すが、羨ましくも何ともない。
俺が目を背けると、ヤザは俺の顎を無理やり掴み「見ろ!」と命令する。
そして、その子に向けて優しい顔で言った。
「向こうで、お昼寝しているオジサンの鞄を取ってくればチョコレートを好きなだけあげるよ」と。
男の子は嬉しそうに「ありがとう!」と笑顔で答え、倒れている男に向かって一目散で走って行く。
俺は行こうとする男の子を止めようと、その子に手を伸ばしたが、その手はヤザによってピシャリと叩かれて届くことはなかった。
代わりにヤザは俺の頭を掴むと、走って行く子供の方に向け「よく見ていろ!」と言う。
男の子は、誰も通らない通りをさも愉快そうに走り、倒れている男の横に座る。
そして鞄を取ろうとして屈む。
俺の頭を掴んだまま、ヤザが言う。
「手じゃねえ、見るのはあの子の頭」だと。
男の下敷きになっていた鞄を男の子は上手に外し、それを得意そうにヤザに見せるため腕を上げた。
チョコレートが貰える嬉しさで、この上もない程の笑み。
なにも疑っていない、純粋な子供の笑顔。
次の瞬間、男の子の側頭部から赤いものが噴き出して、横の地面に砂ぼこりが上がる。
地面に倒れた男の子の鼻孔からは、水を吹き出すような勢いで血が流れ、乾いた砂の上に溢れて行く。
1.3秒遅れて“パン”という乾いた発射音が響く。
「掴めたな!?」
ヤザが俺に確認した。
確認は出来た。
男の子の撃たれ具合で銃の口径が分かり、撃たれた男の子の身長と着弾した場所で発射地点の向きと角度、それに後から聞こえて来た銃声で距離が掴めた。
俺は黙ってその場を離れ、最適な射撃場所を探す。
敵の狙撃手が男の子を撃ったことで、大まかな銃の種類は掴めた。
狙撃銃がM82でなかったことは直ぐに分かり、それは俺にとって幸いだった。
もしもM82の12.7mm弾で狙撃されれば、男の子の頭はスイカのように飛び散った事だろう。
通称バレットと呼ばれるこの銃の破壊力は凄まじく、薄いレンガなど簡単に貫通する威力を持っている。
こんな安普請な薄いコンクリート板で作られた建物の壁などは、まるでガラス板を割る様に簡単に貫通してしまう。
だから一旦発見されれば、遠距離からハチの巣にされてしまう。
柔らかい子供の頭を用意したことも、ヤザにしては冴えている。
7.62mmか5.56mmかも分かりやすかった。
戦場に於いて携行する弾数と、相手を殺すことよりも傷を負わせることで戦力を奪う目的で開発されたこの5.56mm弾は、損傷が少なく貫通力が高い。
もし5,56mmだったなら、柔らかい男の子の頭に当たっても、たいして血しぶきは飛ばなかっただろう。
しかし7.62mm弾だと、破壊力が大きいので頭蓋骨を貫通したついでに、脳みそをミキサーの様に拡販してしまう。
だからあの子は鼻孔から、まるで水道の蛇口を開けたように血を流していたのだ。
距離は約480m前後。
これは使用されたであろう銃が目標物に到達するまでの平均速度と、銃声が聞こえる迄の差を、今日の気温と湿度から計算した音速で弾き出した。
この前敵の装備はM82バレットだったが、今日は何故装備が違うのだろう?
広場の面積を考えれば1500m以上離れていても、即応部隊が到着するまで命令書の入った鞄を守り抜くことは出来るはず。
”目的は、鞄じゃない!”
これは狙撃兵を誘き出して殺すための罠だ。
1500mも離れると、鞄は守れるが、俺達民兵の位置は掴みにくくなる。
かと言って近付き過ぎると、狙撃兵の出番は少なくなる。
おそらく敵は広場に横たわる死体の持つ鞄を中心に、半径300~500の円を描いた扇状の範囲に敵は狙撃兵を配置しているに違いない。
距離300m以上では、普通の民兵が持つAK-47では歯が立たない。
そこで我々の主導部は狙撃兵を招集する。
狙撃兵が手にする狙撃銃はドラグノフのように銃身が長いというのが特徴。
つまり射撃位置に着く以前でも銃身の長い銃を持っていれば、その兵士は狙撃兵として射殺すればいい。
つまり敵の狙撃兵に対応するために長い銃を持って動き回れば、幾重にも敷かれた敵の包囲網に引っかかり狙い撃ちされると言う手筈。
敵ながら、なかなか考えたものだ。
つまり敵の目的は、グリムリーパーである俺の暗殺を狙っていると言う訳だ。
ドラグノフをヤザに預け、俺はAK-47を持って最適な射撃位置を探した。
敵の正面に入ると、発見はしやすくなるが、敵からも発見されやすくなる。
多国籍軍の兵士たちは狙撃兵が単独で狙撃することはなく、たいていの場合、隣には双眼鏡を持った監視の兵が見張り死角をカバーする。
狙撃兵と監視役の兵は目標物に対して横に並ぶため、広い窓や開口物、塀などから射撃してくるはず。
広い屋外だと狙撃手と監視役の位置関係はまちまちだが、狭い室内で打つ場合は射撃後に排出される薬莢の向きは射手の右側だから、監視役は熱い薬莢が当たらない射手の左側に位置することが多い。
相手の射撃地点が、建物の窓だと想定した場合。
こちらの射撃位置は、正面から向かって右寄りに行けば敵の狙撃兵が物陰に隠れてしまうことを避けられる。
俺は、右手側の見通しの良い建物へと向かった。
幸いにも俺の見た目は、まだ子供だ。
まさか子供が狙撃兵だとは思うまい。
俺は侵入したアパートの部屋にあった本を破って、飛行機を折り、窓から飛ばした。
遊んでいる訳ではない。
いくら子供の姿と言っても、あからさまに探していると、怪しまれて撃たれる可能性だってある。
現に、敵は鞄を取ろうとした子供を撃っている。
紙飛行機を飛ばしながら、目標物を探す。
ここに着いたとき地面につけられた銃弾の痕跡から、敵の狙撃兵は少なくとも7人は居るだろうと思った。
しかし敵の7人の狙撃兵のうち、一番腕の立つ隊長があの子を射殺した事は間違いない。
なぜなら、あの子供を撃つ判断を出来る者は隊長を置いて他には居ないし、嫌な任務を引き受けるのも隊長の役目。
しかも、見事に子供のこめかみにヒットさせている。
*
「隊長!また子供が出てきましたぜ」
「ああ、確認している」
監視役のラルフ軍曹に言われるまでもなく狙撃チームの隊長であるローランド中尉は、その少年の奇怪な行動について彼が窓から顔を出したときから気になっていた。
だけど、何故それが気になるのかは自分自身分からなかった。
「撃つか?」と監視員のラルフに聞く。
「まさか、ただ窓から折り紙で作った飛行機を飛ばしているだけの、普通の子供じゃないか」
「普通の子供が、さっき迄銃声のしていた場所で、窓から顔を出して遊び出すのは変じゃないか?」
「違いない。だけど、一応本部には連絡しとこう。ハンス本部に“もう1人子供を撃つか”聞いてくれ」
ラルフは通信士として連れて来た俺の弟で見習士官のハンスに向け、冗談交じりに笑って言ったが、俺は違う。
どういうわけか、無性に紙飛行機を飛ばす子供を撃ちたかった。
いや、撃たなければならない気がした。
所々破れて汚れているTシャツを着ているが、整った綺麗な顔をしている。
男の子か女の子かは分からないけれど、どちらにしてもかなりの美形。
それに透き通るように白い肌、銀髪にオッドアイという特徴が、まるで森に住む妖精のように神秘的にも見える。
この子が男の子であったとしても、傍に置いておきたいと思った。
この子には、薄汚れた服は相応しくない。
もしも女の子なら、純白のドレスを着させてみたい。
俺はロリコンではないけれど、何故だか無性にこの子が欲しくて、そして殺したいと思った。
戦場で幾つもの命を奪って来たが、自分から殺したいと思ったことは一度もない。
目標物の状況を本部に伝え、その指示に従い正確に照準を合わせてトリガーを引くことが俺の役目だと思っていた。
だが、今は違う。
*
本命以外の、敵の狙撃兵は直ぐに見つけた。
だけど、さっき男の子を撃った奴は角度も方角分かっていると言うのに、ナカナカ見つけられない。
ひょっとしたら敵の隊長は、もう俺の正体に気が付いているかも知れない。
探すのはスコープと双眼鏡。
何度も色々な方向に紙飛行機を飛ばしていると、丁度紙飛行機が左に旋回した時に光の反射を感じた。
スコープの反射だ。
“やはり俺を見ていた”
こちらの声が離れた敵に聞こえないのをいいことに家族に呼ばれた子供を演じて窓から離れ、ふたつ上の階に押し入り、クローゼットのカーテンの奥に隠れポケットからスコープを取り出して覗く。
狙撃兵と監視員、それに通信兵の3人ペア。
奴の銃はSR-25。
この銃の特徴は、ライフリングが5条と、他の7.62mm弾を使う銃に比べて1条多い。
仕様銃弾とバレルの長さが同じでライフリングの条数が多ければ、バレル内での回転抵抗により有効射程距離が短くなる欠点はあるものの、市街戦などで実用性の高い400~500m付近での射撃制度は格段に向上する。
同じ発想の狙撃銃としては、SR-25とは逆にライフリングを1条減らして発射時にバレルに掛かる反動を軽減したFR F2がある。
つまり、僅かな隙間に隠れていても決して逃さないと言う訳か……。
持って来たAK-47にスコープを装着しようとして止めた。
こちらの狙撃手を既に17人も倒している相手なら、18人目の警戒も怠ってはいまい。
スコープを使うと、相手がよく見える代わりに、俺がレンズの反射に気が付いたように相手側からも発見しやすくなる。
俺はスコープを床に置き、吊ってある黒い服のボタンを閉めて、そこからAK-47の銃口を突き出した。
*
あの子が後ろを向いた。
部屋の中に居るお母さんに呼ばれているらしい。
窓から遠ざかろうとする子供。
“行くな!”
去ろうとする子供の後ろ姿をスコープで捕らえたまま、トリッガーに掛けた指に力が入る。
しかし、それを引くことは出来なかった。
子供を撃つことを躊躇ったのではない。
寧ろ、撃たなければならないと本気で思っていた。
だけど、俺は撃てなかった。
撃てなかったのは、子供の後ろ姿が俺を睨んでいたから。
それは、眼にも見えず、見た事も無い得体の知れないもの。
それがトリガーに掛けた俺の指先を睨んでいた。
“お前は……”
“私の名は死神。ローランド、君たちを迎えに来た”
得体のしれないその子の背中が、俺の問いにそう答えた。
*
弾丸の回転ズレを予測して、照準位置を少し斜め右上にずらす。
敵は、のんきにガムを噛んでいるのか顎が頻繁に動いている。
そして俺は、その狙撃手に向けて、ゆっくりとトリガーを引く。
興奮もしなければ、汗もかかない。
トリガーに指を掛け、ゆっくりとそれを引くだけ。
それで俺の仕事は終わり、今日も餌にありつける。
*
「撃つ!」
「撃つって?!」
「あの子供を撃つ」
そうだ!
そうに、違いない。
あの子こそ、俺たちが捜していた敵の狙撃手に違いない。
「おい、気でも狂ったか! 相手はただの子供だぜ! それに、さっきはあれほど死体の傍に居た男の子を司令部が撃てと指示したのを拒んでいたのに、今度は自分から撃つなんてどういう訳だ? だいいち撃つ撃たないは俺たちが勝手に判断ることじゃない事くらいわかっているだろう!」
ラルフが俺を止めようとするが、もう構っちゃいられない。
奴は、きっと場所を変えて俺たちを撃つ準備に取り掛かっているに違いない。
奴が撃つ前に、奴を撃たなければ、俺は殺されてしまう。
俺はこのミッションを終えたあと彼女を故郷に連れて行き、両親に紹介するんだ!
ヤツ(グリムリーパー)は家の中に入ったわけではなく、きっと場所を変えて俺を狙っているに違いない。
俺は慌てて付近の窓や隙間を調べ、そして、ついに見つけた。
開かれた薄暗いクローゼットの奥。
そこに掛かっている黒い服から、のぞいている黒い金属製のバレルの先を。
“スコープを使わないのか?!”
そう思った瞬間、シュッっと言う鋭く無機質な風切り音が聞こえたと思う間もなく、周りの全てがぼやけて来る。
やけに首筋が熱いのは、今日の天気のせいじゃない。
いままで明るかった景色が、一瞬にして夜の闇に替わる。
闇の中でラルフが何かを叫んでいたが、その声はもう俺には届かない。
僅かに残された時間が、名残惜しむように、ゆっくりと流れていった。
*
撃ち出した弾は、狙撃手の首筋に当たり、おびただしい血しぶきを上げた。
少し横方向にズレたぶん修正し直して、もう一度狙いを定める。
監視員が身を伏せて通信兵に何か指示を出している。
ようやく事の重大さに気が付いたのだろう。
だが、もう遅い。
今度は、その監視員のヘルメットに照準を合わせて、2射目を撃つとヘルメットの後頭部に穴が開き、兵士が倒れるのが見えた。
3射目は逃げようとする通信兵。
これは、背中に当たったものの、その命を奪うことは出来なかった。
まあいい。
所詮、通信兵。
狙撃は出来まい。
アパートの住人は、いきなり銃を持って入って来た俺が発砲したことに、怯えていた。
どうせ俺は嫌われ者。
怯えられた駄賃として、その家の食パンを頬張りながら、もう一度クローゼットに戻りスコープで通信兵が出てきていないか探る。
それにしても、この水気の無い食パンは喉に突き刺さる。
アパートの女の子が、クローゼットの中で監視する俺にミルクを持って来た。
水で薄めたヤツだ。
それでもカサカサの喉には有難かった。
女の子は、俺より背が高く大人びて見える。
幾つだと聞くと、13歳だと答えたあと「あんたは?」と聞いてきた。
同じ歳の女が、俺より大きい事にショックを受けて、何も答えずにいた。
返事を返さない俺に構わず、女の子は話を続けた。
お喋りな、女だった。
だけど俺は無性に、むしゃくしゃして、民兵の大人が良くそうするように乱暴にその女を押し倒し、その唇を奪った。
そして衣服を剥ぎ取ろうと手を掛けたとき、甲高い死の雄叫びが空から近づいて来ていることに気が付く。
“ヤバイ! 長居し過ぎた!”
殺し損ねたあの通信兵が、俺の居場所を基地の砲兵に連絡したに違いない。
ガラガラと崩れ落ちる天井と壁、それに床。
ただの通信兵じゃない。
俺の正確な位置に加えて、僅かな風や空気の密度も計算に入れた座標を的確に指示しない限りこうはいかない。
まるで狙撃兵!
初弾から命中されては、逃げる暇もない。
崩れる瓦礫と共に部屋から放り出され、俺の体は一瞬無重力状態になり空中を彷徨ったあと瓦礫が敷き詰められた寝床に叩きつけられる。
痛いかどうかも、分からない。
気が付くと目の前には、さっきの女の子が目を開けたまま横たわり俺を見つめていた。
女の目に空から降り注ぐ瓦礫の埃が溜まって行くが、もう女は瞬きもしないし、お喋りもしない。
そして、俺の記憶もそこで止まる。
*
爆撃に会い、瓦礫に埋められ、気を失った。
次に目が覚めたとき俺は、白いテントの中に居た。
場所は分からないし、知ったところで何の意味もない。
腕にはチューブが挿してある。
チューブを引き千切ると、刺さっていたところから血が出た。
“逃げなければ!”
しかし、起こそうとした体は思うように動かない。
もがくと体中が痛い。
だけど、このくらいは我慢出来る。
いや、我慢どころじゃないが、逃げなければならない。
ヤザの元に戻らなければ!
乗せられていたベッドから転げ落ち、ようやく上半身だけ起こすことが出来たとき誰かが俺を見つけて声を掛けてきた。
「ちょっと君、その体で何処に行くつもり?」
白衣の女が俺を押さえた。
見た事も無い“人種”
肌の色は白いが、俺よりも橙色がかかっている。
鼻は小振りで顔は平たくて、優しい印象の若い黒髪の女。
女が俺の肩を掴む。
白く柔らかい細い手。
その手の力は優しく、今は亡き母ハイファのものを思い出させた。
だからその手を噛んで、逃げようと考えて止めた。
「あなたは肋骨の半分が折れているのよ。それに極端な栄養失調も、だからベッドで安静にしていないといけないのよ」
「あんせい?」
聞いたことのない言葉に戸惑う。
「安静とは、静かに寝る事よ」
”静かに寝る!?
これは聞いたことがある、ヤザ達が負傷した敵の兵士を打つ時に、よく言っていた言葉だ! つまり、この女は俺にとどめを刺そうとしているのだ!
悪あがきだとは分かっていたが、スンナリ殺されて堪るかと思い暴れた。
だけど直ぐに横に居た大男に体を押さえられ、女が腕に注射針を刺した。
「なっ、なにを……」
気持ちが遠くなって行く。
仲間が何人も、麻薬の大量摂取で眠るように死んでいったことを思い出しながら、気持ちが暗闇に呑み込まれていった。
“とうとう俺も、死ぬのか”
悲しいとは思わなかった。
むしろ心は安らかだった。
これで優しかったハイファ母さんの元に行ける。
もう戦争に苦しめられることもない。
そう思うと、薄れゆく意識に快く身を委ねた。
心地よい囁きが聞こえる。
俺たちの言葉ではない言葉。
その言葉は、ゆったりとしたリズムと微かな声の強弱と音程を持ち、まるでこの殺伐とした砂漠ではない別の楽園に住む小鳥の囀りのようだった。
“俺は、死んだのか?”
“ここは天国と言うところなのか?”
“いや、人を沢山殺した俺が、天国へなど行けるはずもない”
次の瞬間、眩しい光に目が覚めた。
俺は手足を縛られたうえ、変な器具を着けられて口を強制的に開けさせられていた。
女の手には鋭利なピンのようなものが握られていた。
“拷問!”
薬を撃った後は、拷問か?
知りたいのは何だ?
俺たちの隠れ家か?
それとも俺が殺した兵士の数か?
女がピンを口に近づける。
だが決して俺は拷問に屈して喋ったりはしない。
女は俺の歯を、その固いピンで突いている。
口の中に爆弾を仕掛けているのかと思い、嫌な記憶が蘇る。
そう、あれは2年前。
丁度、テロの鎮圧にイラク軍だけでは手に負えなくなり、多国籍軍が介入し始めた頃。
捕まえた酔っ払いの体に、爆弾を巻き付けたことがあった。
そして爆弾を外す鍵は、通りの角に止めてあるイラク軍の装甲車の中だと教えて放した。
酔っ払いときたら、良い年をして涙と鼻水、それに小便を漏らしながらヨタヨタと装甲車に近づいて行った。
警戒にあたっていた数人の兵士が、銃を構えて止るように命じるが、酔っ払いは「鍵をくれ」と泣きわめくばかり。
足元に威嚇射撃されても、怯まず装甲車に近づいて行く。
逆に怯んで後ずさりしているのは、多国籍軍の手下に成り下がったイラク軍の兵士達だった。
その光景を俺はヤザ達と一緒に見ていた。
ヤザ達は、なにが可笑しいのかクククと笑いながら、俺の作った起爆装置を握っていた。
兵士の一人が、持っていたマシンガンではなく拳銃を使って、酔っ払いの足を撃ち、酔っ払いは俯せに倒れた。
地面に蹲ったまま、酔っ払いは泣いていた。
暫らく離れて見ていたその兵士が、その酔っ払いに近づき、そのタイミングでヤザが起爆装置のスイッチに手を掛けた。
耳鳴りがするほどの激しい爆発音と砂埃が舞い、風景が途絶えた。
やがて幾つかの悲鳴が聞こえ、砂埃が薄くなって見えたものは、居なくなった酔っ払いと横たわるイラク軍の兵士。
「はい終わったわよ」
俺の口の中にピンを入れて、拷問しようとしていた女が笑った。
「歯磨きはチャンとしなさい。口中歯石だらけだったよ」
「歯石?」
「そうよ。ハイッ」
拘束されていた縄が解かれて、自由になった手に渡されたのは小さなブラシ。
「これでチャンと歯磨きをしなさい」
女の名前はサオリ。
そしてその隣に居る金髪の大男の名前はミラン。
二人は国際赤十字に所属する医師。
そしてここは、バクダッド郊外にある赤十字難民キャンプ。
この難民キャンプには、その他にも様々な国から大勢のスタッフが来て働いていた。
二人は何故か俺のことを気にかけてくれ、他の難民と同じ様に外には出さずに自分たちの傍に置き、様々な仕事を手伝わせた。
配給の水くみから、井戸掘り、それに病人や老人、幼児の介護。
働き終わると勉強と言う物も教えてくれた。
サオリからは英語と地理、それに護身術を習い、ミランからはフランス語と数学と理科を習った。
その他に言葉使いやマナーなど身の回りのことも。
勉強は面白かった。
様々な知識を得ることで、様々な仕組みが分かるようになる。
人に頼り、人に流されるのではなく、自分の力で考える能力が高くなることが嬉しかった。
何故そんなに親身にしてくれるのか分からなったが、居心地は良く、二人はいつも俺に優しくしてくれた。
そしてある時サオリに言われた。
「もっと女の子らしくしなさい」と。
「俺は女じゃない」
そう思っていた。
俺はハイファが死んだ後から粗悪な環境で育てられていたから、自分自身のことなんてまるで分かっていないかった。
生きるのが精一杯だったから。
だから、サオリに女と言われて驚いた。
自分があの力の弱い、綺麗な服を着ていてお喋りをするだけの女だなんて、ひとつも思っていなかったから違うと反論した。
「ほら、だって、ちんちん無いでしょ」
「それは、大人になったら生えてくるんだろ?」
同世代の男の子も知らなかったので、そう信じていて答えると、大笑いされた。
「男の子はね、最初から付いているのよ」
「でも、サオリみたいに胸はないぞ!」
ムキになって言うと、チャンと栄養をとれば、もう直ぐ胸が膨らんでくると言われた。
「サオリみたいにか?」
「うーん。ナトーちゃんは屹度、私よりもっと大きくなるかも」
そう言って、また笑った。
ここに来て三年が経った。
今では、たいていのことは自分で出来るようになり、二人から覚えが早いと褒められることで更に色んなことを覚えようとする意欲にもつながった。
そして、サオリが言ったように胸も膨らんできた。
昔、俺を教育したヤザとは大違いだ。
全く違う環境に最初は戸惑っていたが、今では褒められることが嬉しくて何でも率先してやる力を身に着けた。
笑うことも覚えた。
サオリとミランは恋人同士。
仕事の時は、そんな関係を微塵も見せなくて、どちらかと言えばサオリの方が偉そうだけど、仕事が終わったあとのサオリは猫のように愛らしくミランに甘える。
料理も上手い。
いつも他のスタッフと一緒に夕食をとるけれど、サオリが調理当番の日が一番美味しくて楽しい。
そして俺は必ずサオリが当番の日に、隣でお話をしながら、お手伝いをする。
今夜のメニューは“肉じゃが”と言うジャパニーズシチュー。
ポークと、ポテト、キャロット、オニオンの食材に、日本から持って来た黒いいゼリーと油で揚げた柔らかいチーズのような物が入る。
サオリからコンニャクと厚揚げだと教えて貰ったが、これがチョッと甘めのソイ・ソーススープの味を吸って美味い。
特に面白いのはスープを作るときにブイヨンの代わりに使う、黒いプラスチックのような板と、木の削りカスのような物を入れるところ。
その不思議なスープの素は、何度聞いても「魔法の調味料よ」と言って笑うだけで教えてくれない。
そして、そのスープは、どんなブイヨンを使うよりも美味い。
あと、サオリが何度か日本に帰ったときに、お土産として持ってくる海の匂いを染み込ませた黒い紙も美味しい。
これはライスの時に上に被せて食べると凄く美味しかったけれど、これも日本に伝わる魔法の紙だと笑っていた。
服装は作業のしやすいカーゴパンツにポロシャツと昔と余り変わらないが、この頃になると自然に自分の事を“わたし”と言えるようになっていた。
*
私の16歳の誕生日を前に、サオリとミランに連れられてバクダッドの街に買い物に行った。
ワンピースを買ってもらい、綺麗だと言ってもらった。
買ってもらったばかりの服を着て今度はヘアサロンに行くと、お店の美容師さんからとても綺麗だと褒めてもらいサービスでお化粧までしてもらった。
お店を出てサオリたちとの待ち合わせ場所に着くと、2人からモデルか女優さんのように綺麗だと言われて照れくさかった。
そのあと私たちは外国人観光客用のお洒落なレストランに入り、美味しい食事をしながら会話を楽しんだ。
あの悲惨な戦場の事なんて、思い出すこともなかった。
私にはもう眩しいくらい明るい未来しか見えなかった。
そのとき急に、通りがザワザワしだした。
何だろうと思って見ると、多国籍軍の車両が、慌てる様に目の前を駆け抜けて行く。
通りを歩く人たちも、声を上げながら駆け足で、車両とは逆方向に、まるで何かから逃げるように急いでいた。
「なにかしら?」
「行ってみよう!」
サオリとミランが席を立ったので、私も着いて行く。
外には多国籍軍の兵士が沢山居て騒然としている。
サオリが兵士の一人に聞くと、通りの向こうに爆発物が仕掛けられていると匿名の通知があったことを教えてくれた。
兵士が指さした先には、私たちが乗って来た車があった。
サオリが慌てて、私とミランに荷物を預けて車に向かって走った。
「私も行く!」
「駄目よ。車をこっちに持ってくるだけだから心配ないで!」
小さくなって行くサオリの後ろ姿に不安を感じてジッと見守っていた。
車のドアを開け、見守っている私たちに気付いたサオリが大きく手を振り、遠くからでも笑っている白い歯がよく分かりホッとした。
どんな時でも、可愛さを失わない気丈なサオリ。
「なっ。なにも心配すること無かっただろ」
ドアが閉められて、サオリが車に乗り込むのを見てミランが言った。
そのとき、急に砂ぼこりが舞い上がり、車が見えなくなった。
白い、ボンネットらしい車の一部が高い空に舞い上がり、熱い空気の塊が私たちを突き飛ばすように襲ってきた。
舞い上がった砂ぼこりと煙りのせいで、辺り一面が夜のように暗くなる。
“なに?なにが起きているの?!”
“サオリは何処?何処に居るの?!”
荷物を置いて人波に逆らうように車に向かって走った。
途中で目の前に居た兵士と、追いかけて来たミランに捕まれて止められた。
砂ぼこりが薄くなると、そこにあったはずの白いジープは無くて、燃え上がる炎に包まれた真っ黒になったジープの残骸だけがあった。
サオリの名前を狂ったように泣き叫ぶ私を、強い力で抱き止めるミラン。
「離して!離して!」
「サオリが!車の中のサオリを助けなくっちゃ!誰かお願いサオリを……サオリを助けて!」
燃え上がる車から目を離せず、泣き叫ぶ私の前からドンと言う二度目の爆発音がして、車から外れたタイヤがユラユラと煙を上げながら私の横を転がって行く。
まるでサオリがサヨナラを言っているように、黒いススを吹きながら。
通り過ぎるタイヤを泣き崩れながら目で追うと、一台の車が通りの角を曲がり向こうへ去って行くのが見えた。
“ヤザ!”
車を運転しているのはヤザだった。
私をグリムリーパーと呼ばれる残忍な狙撃手に育てた男。
私の心の中に、悪魔が囁いた。
“お前の過去を知ったとき、誰がお前を守ってくれる?”
“平和に暮らしている人間から見れば、どんなに化けようとも、お前は立派な人殺しだ”
と。
このお話は、企画「お題で飛び込む新しい世界*戦記*」用に、私の代表作『フルメタル』(グリムリーパー)から、企画に合うように感想を頂ける規定の15000字分を抜粋して編集した物です。
もしお気に召していただければ『フルメタル』(グリムリーパー)を読んでいただけたら幸いです(o^―^o)




