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第一章:選択を間違えた男 宮野忠の独白②

 大学卒業後、とある一般企業の営業職に就職して早8年が経った。営業という仕事は悉く自分に向いていなかった。上司からの理不尽、成績不振の自分に対して向けられた同僚の冷たい視線、上手くいかない毎日に絶望した。深夜の駅のホームで何度か飛び降りる自分を想像したり、ホームセンターでロープを見に行ったりとしながらも、生活のために只管に働き続けた。そんな中、30歳の節目で中学の同窓会の開催が企画された。思えばここ数年、仕事以外で誰かと話すことがほぼ無くなっていた。ふと、誰かと話したいなと思った私は、衝動的に同窓会への参加を申し込んでいた。


 同窓会当日、私は話せる友達に引っ付くようにして過ごし、極力話したくない人とは距離をとった。それでも苦手な人に話しかけられることはあったが、営業職として働いた8年で少なからず得た、当たり障りのない会話と、相手を不快にさせない程度のスマイルで、なんとかコミュ障をカバーし、最低限乗り切ることができた。仲のいい友人と、久しぶりに会話し、仕事の愚痴、最近の生活の話など、色々することができ、少し気分が楽になった。


 しかし、お酒が回ると話は別だ。ある程度顔が赤くなった陽キャ軍団は、営業で早々に出世したからか、職場の上司のように、言葉に自己陶酔の乗っかった油ギッシュな絡み方をしてくるようになった。これを私の8年熟成の営業スキルで帳消しすることはできず、ついに私の身体も精神も胃もたれしてしまった。疲弊し、判断力を失った私は、そのまま二次会の波へと飲まれていった。


 二次会に向かう途中、私は親友の富山に肩を貸してもらいながら、吐き気に耐えつつ、つぶやいた。


「あぁ、また僕は選択を間違えた。」



 二次会の店に到着し、私は親友の富山の隣に座った。既に気分は精神的にも身体的にも限界だった。幸い、座った席がたまたま、出口に近かったので、頃合いを見て帰ろうと思った。


 だが、出来なかった。


 神様の悪戯か、机を挟んで目の前の席に、今一番会いたくない相手、佐藤さんが現れたのだ。


「ここ、座るね。」

 そう、佐藤さんは隣に座る彼女の友達に笑顔で声をかける。

 僕はとっさにお冷を片手に下を向いた。めっちゃ帰りたい。今すぐ、可及的速やかにこの場を去りたい。そう思いながら、お冷を飲む。

 冷たい。グラスを持つ手が冷えている。いや、膝の上に置いている左手も異様に手先が冷たく、手汗がひどい。手掌多汗症の人顔負けなレベルで、ズボンを湿らせる。


 よし、僕は今体調が悪いんだ。飲み過ぎたといって帰ろう。

 ようやく決意を固め、右隣の親友に声を掛けようとしたとき、机を挟んで正面から、

「宮野くん、なに頼むの?」

 そう、声がした。その瞬間、頭の先まで貫かれるような寒気が走った。

 正面に体を向けば、佐藤さんがメニュー表をこちらに見せながら、真っ直ぐ僕の方を見ている。

 声が出ない。なんて言えばいいのか分からない。頭が働かない。

 その時、

「忠は梅酒ソーダ割だよな?」

 と富田から声が掛けられる。

「あっ、うん。それでお願いします。」

 親友のファインプレーで、なんとか答えることができた。


 しかし同時に、注文してしまい、こっそり抜けることができなくなってしまった。

 いよいよ追い込まれた。


 僕はお冷の結露の雫が下に流れていくのを見ながら、静かに呟いた。


「あぁ、僕はまた選択を間違えた。」



 頼んだ梅酒ソーダ割が届くのを待つ間、僕はふと考えた。

 思えば、先程の注文のやりとりは、佐藤さんとの実に15年ぶりの会話だったのだ。だが、疑問が生じた。佐藤さんは、あの件以降の僕のクソムーブに呆れ、僕を嫌っているはずである。なのに、今、当の本人は、正面に座り、避けるそぶりもなく僕に、普通に注文を聞いてきた。一体どういうことなんだ。

 人を嫌いになる感情には、時効が存在するのだろうか。

 いや、単純に、注文を円滑に進めるために、仕方なく僕に声を掛けたのだろう。

 だが、そもそもなぜ正面に座ったんだろうか。友達と入れ替わったりすることは容易だろう。

 ではそもそも彼女にとって僕はもうどうでもいい存在になったのだろうか。

 あちこちと思考を巡らせているうちに、注文した梅酒ソーダ割を含めたテーブル分のグラスが届く。

 すると、今度は正面から、佐藤さんが、


「はい、梅酒ソーダ割」


 と僕に渡してきた。


「あっ、ありがとうございます。」


 僕は思わず敬語で、まるで上司やお客様に対して不快にさせないような口調で答えた。

 佐藤さんの表情は、無表情と笑顔の中間のような感じだった。この時初めて、しっかり彼女の顔を見た。大人になった彼女は相変わらず綺麗だった。


 しかし、居心地の悪さに耐えきれず、早く帰るためにも、注文した梅酒ソーダ割を飲まなければと思い、一旦グラスを手に取りぐびっと飲む。


 すると、一気に喉に流し込みすぎたために、口から梅酒を吹き出し、盛大に自分の着ていた服にぶちまけてしまった。

 着ていた服は、同窓会用に久しぶりに買った新品の服だった。


 自分の口から吐き出されたものを涙目で眺めながら、僕は呟いた。


「あぁ、僕はまた選択を間違えた。」



 着ていた服に吹き出した梅酒をぶちまけたこと僕は、隣に座る富田に笑顔(というか爆笑)で心配されながら、ダメージを最小限にするためにおしぼりで応急処置をした。心はもう疲弊の極みだった。全てがどうでもよくなり、帰りたい度が120%を超えた。

 もうなりふり構わず、お金をおいて帰ろうと思い、鞄から財布を取り出しながら、富田に、


「ごめん。もう今日帰るわ。」


 そういって、飲み放題コースの料金を親友に渡した。

 そういえば店に来てから一杯しか頼んでいなかった。しかも唯一頼んだ梅酒ソーダ割はほぼ服が飲んでしまった。大損だ。


 結局、同窓会も散々な結果になってしまった。なんかもう、とにかく家に帰りたかった。


「あぁ、僕はまた選択を間違えた。」


 席を立ちながら、いつもの口癖が喉元まで出かかっていたとき、


「宮野君、少しいいかな。」


 突然、今真っ先に遠ざかりたい相手、佐藤さんから声が掛かった。

 僕は思わず口を歪ませ、こう思った。

 あぁ、もう帰らせてくれよ、と。



 佐藤さんに呼び止められた後、店の外へと移動した。移動する時、佐藤さんと一緒に席を立ったからか、


「え、2人でどこ行くん?」

「まさかまさか!? 同窓会マジックかー?(笑)」

「なわけねーじゃん!(爆笑)」


 などと酔っ払いたちにヤジを飛ばされた。服に残る吐瀉物の臭いがまだ残っていたが、そんなことは気にならなかった。そんなことより、この後何が起こるのかが不安で仕方なかった。


 店を出た佐藤さんは、店から少し離れた路地で足を止めた。

 僕はその場で、上司やお客様に叱られるときのように、姿勢よく立っていた。

 彼女と話す話題といえば、一つしかない。そして、今日を最後に、二度と佐藤さんと話すことは無い気がした。ならば、過去を清算すべきは今しかないと思い、震えながらも口が動いた。


「すっ、すみませんでしたっ。」


 僕は深々と頭を下げる。内心、やっと言えたと安堵していた。ずっと謝罪すべきだと思っていた。告白の日から今まで、心の深いところにあったつかえが取れたような気がした。


「別に気にしてないよ。少し宮野君への評価は下がったけどね。」


 佐藤さんが返した言葉に、心がチクっとしながらも、罪を許された、そんな気がした。色々あったけど、初めて、同窓会に参加して良かったと感じた。


 この時までは。


「ずるいね。宮野君は。」


 そう、佐藤さんは言った。

 “ずるい”という言葉に、なぜか僕は、心臓を思いっきり刺される感覚を受けた。


「宮野君の今の謝罪は、私のためじゃなくて、自分の為でしょ。宮野君は自分の後悔を取り除きたくて、私に謝ることで、終わった話にしようとしてるんじゃない? そして二度と私と会わないようにしようとしてる。今もこの場から立ち去りたくて、足が帰る方向に向いてるの、気づいてる?」


 なにもかも、図星だった。言葉の一つ一つが、ダーツのブルに刺さるようだった。

 勿論、佐藤さんへの謝罪の気持ちが無いわけではない。だが、あの日の佐藤さんへの告白を、あの日以後生じた失敗と後悔の全ての原因としてきたのは事実だった。そして、その心の底で燻っていた後悔の原因を取り除きたくて、謝罪を“使った”のだった。


 佐藤さんの言葉に、冷汗が止まらない。声が出ない。頭は真っ白だ。


「私は、あの日、想いを伝えてくれたことに対して、振ったとはいえ宮野君にちゃんと向き合ったよ。宮野君が嫌いなわけじゃなかったし。でも、宮野君はあの後、私を避けることで自分を守ってる感じがして、告白したことを物凄く後悔してるみたいで、本当に印象が良くなかった。最低だった。だけど、あれから時間も経ったし、今日は少し話してみようと思ったけど、何も変わってなかった。それどころか、こっちから話しかけたら、都合よく自分を守るための謝罪なんてしてきたから、本当に残念に思ったよ。」


 何も言えない。どんな言葉を選んでも、言い訳にしかならない気がする。そう思うくらい、佐藤さんは完全無欠の正義だった。

 あぁ、やっぱり僕は、選択を間違えていた。

 完全に呆然自失となった僕は、もはや言葉を連ねることなどできず、


「ごめんなさい。 ごめんなさい。」


 と繰り返すことしかできなかった。


「私は、中学の時までの宮野君は、真面目で、責任感があって、いろんな人から頼られる存在だったから、素敵な人だと思ってたんだよ。だからこそ、あんな態度をとられたことが残念だった。もっと誠実な人だと思ってたし、仲悪くなんてしたくなかったんだよ。」


 僕は遂に、涙が溢れた。ここまで僕を評価してくれていたのに、なぜ僕は判断を誤ったんだろう。もう、心が粉々だった。


「本当に、すみませんでした。」


 やはり、後に続ける言葉が見つからない。自己評価のマイナスが致死量を超え、もう、死んでしまいたいと思った。


「本当に、ごめんなさい。」


 そう言って、あてもなくその場を離れようとした。目の前の人に向き合うべきなのだろうが、もう正直限界だった。


 しかしその時、


「でも、そんな残念な宮野君を救う方法が一つあるよ。」


 僕は佐藤さんに体を向けた。なんでもいいから、今はとにかく、救われたかった。


「私と結婚してくれない? その罪悪感を抱えながら。」


 僕はその意味の分からない言葉に、思考は停止しつつも、救われたいという一心で、反射的に、


「えっ、あっ、はい。」


 と頷くのだった。


はじめまして。あんしごーぐるです。

普段書籍を読まず、もの書きが初めて故、展開が遅いです。すみません。

続きは佐藤視点です。そのうち出します。気になったらまた読みに来てください。

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