第一章:選択を間違えた男 宮野忠の独白①
プロローグ
“プロポーズ“は、一生の大半を共に過ごすパートナーを決めるイベントだ。つまり、人生で最も大事な”選択”の1つであるといえる。
だからこそ、その選択は、慎重でなくてはいけない。
「私と結婚してくれない?」
実に10年ぶりに会った目の前の彼女は、僕にそう言った。
「えっ、あっ、はい。」
僕、宮野忠は、突然の告白の言葉を前に、思考が働かず、反射的に応じてしまった。
どうして、こうなってしまったんだ。
僕は選択をいつも間違える。
昔から、自分で選んだ選択肢は、失敗する結果に終わることが多かった。人混みを歩くときに、向かってくる人を躱そうとしてかえってぶつかりそうになったりといった些細な失敗から、友達のミスに対して笑かしてやろうと掛けた言葉が、その友達と絶縁するきっかけになったり、受験で指定校は使わず国立目指す!と意気込んだものの、最終的には見学にも行かなかった滑り止めの大学に進学するなどといった、大きな選択の失敗も積み重ねてきた。持ち前の運の悪さもあるだろうが、選択を選び取るうえでの不器用さの方が勝っているのが質が悪い。
誰かが、「人生は選択の連続だ。」なんて言ってたけど、選択をミスり続ける僕の人生は、最初からもう詰んでいるのではないだろうか。
そんな選択の失敗を重ねてきた僕にとって、特に黒歴史となった失敗がある。それは、人生初の告白だ。
中学時代、僕には、好きな女の子がいた。名前は、佐藤流華さん。小学校から同じ学校だったが、クラスが一緒になることは少なかった。しかし、眉目秀麗かつ、勉強も運動も学年トップクラスで、校内で常に目立つ完璧な存在だった。そんな彼女の姿に憧れ、気が付けば目で追うようになっていった。
中学最後の年、偶然、佐藤さんと同じ委員会になった。一緒に仕事をするときには、嬉しさや緊張で心臓がバクバクしていたが、仕事に対して熱心な姿を間近で見ることで、彼女への憧れは、明確な恋心へと変化していった。
当時の僕は、勉強がそこそこでき、同級生や先生に推薦されて、委員会の委員長などを任される程に、人からの信頼は厚く、人気者だった。それに伴う形で、自分への自信はあった。
しかし、佐藤さんを相手にするとうまく話すことが出来なかった。目の当たりにすると自分がとても小さく感じ、緊張して口が回らない。何より、そんな状態で話しかけて嫌われてしまったら… みたいなことを考えてしまい、中々関係を深めることは出来ず、結局卒業式を終えても、告白することは出来なかった。
それでも、何とかこの想いを伝えたいと思ったので、高校入学前に、偶然友人の紹介によってなんとか手に入れた彼女の連絡先に初めてメッセージを送った。
ある程度会話が続いたので、今しかないと思い、勢いでメッセージに想いを書き、送った。
結果はいわずもがな。
告白のメッセージは、醜悪なものだった。どうやら僕はメッセージの文面がキザになるタイプだったようだ。
しかし、そんな酷いメッセージに対しても、彼女は、本当に丁寧な返信を返してくれた。それがせめてもの救いだった。だが、その思慮深い丁寧な返信の文面は、僕が明確に、そして静かに失恋した何よりの証拠でもあった。
失恋後、まず、告白前からよく恋愛相談に乗ってもらっていた幼馴染で親友の富山に結果報告をした。慰めてもらおうと思っていた。しかし、
「お前さぁ、メールで告白は無いわ。やっぱ目の前で直接伝えるべきだったと思うぜ。」
もらったのはダメ出しだった。ついでに“メールでの告白成功率は低い”というウェブページを見せられたとき、情けなさで自尊心がボロボロと崩れる音がした。
そして、僕はこう思ったのだ。
あぁ、僕は選択を間違えたのだ。と。
高校は、中学の同級生がいない自宅から遠いところを選んだ。学力的な理由もあるが、一番は新天地で新しい友達を作りたいと思ったからだ。
そう思っていたのは告白する前の明るい僕だった。
高校入学後、告白一連の出来事で落ち込みまくった結果、友達を作ろうと思えず、根暗陰キャを極め、いつの間にかぼっちが確定してしまった。
スタートダッシュで躓いてしまった人は、よほど足が速くない限り追いつくことが無いように、僕は、コミュニティから置いて行かれ、ぼっちのまま高校生活を送ることになった。
それでも、何とか話し相手を作るために、部活へ入部しようとした。中学の時にやっていたテニス部の見学に行こうとしたが、イケメンの先生、イケメンの部員という、陽キャ集団が既に形成されており、見学にすら行くことが出来なかった。結局部活には入らなかった。
高校の登下校中、偶然にも佐藤さんに遭遇する機会が何度かあった。しかし、自尊心を完全に失った僕は、とにかく彼女の視界に入らないようにしようという考えしか頭になく、あっても顔を背け、遭遇を避けるようになった。次第に、彼女も顔を背けるようになった。
告白をした後から、より人生の選択を失敗し続けやすくなった。そう思えば思うほど、あの日の告白自体、“無かったこと”にできないかと考える日々が続いていた。
そんな後悔の日々を送っているうちに、本来なら輝かしい青春の時期である高校生活は、何もないまま終わってしまった。
高校の卒業式が終わると、僕は思わず声を漏らした。
「ああ、また僕は選択を間違えた。」
大学受験は、失敗だった。親の勧めで何となく地元の国公立大学を目指していた。やりたいことは特に無かったが、難関大学に合格することで、失った自分への自信が少しでも復活するのではないかと思い、自身をなんとか奮い立たせた。しかし、「受験は団体戦」という言葉を塾の張り紙で見る度に、自分の孤独さが際立ち、明るい将来像が見えず、やる気が出なかった。
大学生になると、殻に閉じこもるように、自室にいる時間が増えた。少しだけバイトはしていたが、徹夜で今まで見てこなかった恋愛系のアニメを観て、主人公に自身を重ねて悦に浸る日々だった。しかし、大学で見かけるサークル活動や、仲良くベンチに座るカップルを見る度、物凄い孤独感に襲われた。いい加減前を向いてもっと友達を作るべきだと思っても、動き出すことは出来なかった。
20歳になり、迎えた成人式。正直行きたくなかったが、親友の富田に誘われたことと、両親からの行きなさいという言葉で、渋々参加した。
参加した感想は、正直最悪だった。別の学校へ進学していった地元の友人たちは、順風満帆なリア充ルートをたどっており、色々な意味で、皆総じて大人になっていった。式の最中、何度か佐藤さんを見かけた。友人の話によると、難関大学に進学し、インターンやボランティアなど、活発な活動をしているらしい。相変わらず、彼女はハイスペックで、輝いていた。そんな彼女に今更話しかけることなどできず、相変わらず彼女の視界から外れるように行動し、告白した当時の自分の愚かさを恥じながら、二次会にも参加せず、静かに帰路についた。
帰路につきながら、僕は涙を目に浮かべながら思わず声が漏れた。
「ああ、また僕は選択を間違えた。」
思えば、人生の中で一番若く輝く青春時代は、常にあの日の後悔がこびり付き、錆び付いた人格を形成しただけだった。




