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作者: yuran

短編第三弾です!

yuranが書いたここ最近の中で一番の力作です。

 私は鳥だ。

 翼も嘴も無くなってしまったが、間違いなく鳥だ。

 記憶を失っている私に裕子はそう言った。

 裕子は公園で落ちていた私を拾い、家に置いてくれた私の命の恩人である。

 裕子の家は高層マンションの五階で、私はそこのベランダで飼われていた。

「――――」

 裕子が私の名を呼ぶ。

 私は呼ばれた方へと顔を向ける。

 すると、裕子はまるで母鳥のように私に餌を与えてくれる。

 このひとときが、翼を失い飛び回ることが出来ない私の唯一の楽しみである。




 ある日のことだ。

 外は雨が降っていて、その一滴一滴がベランダにいる自分の体を叩いていた。

 最近は気温が日に日に下がって来ていて、そんな時にやって来たその雨は私を凍えさせた。なんとか部屋の中に入れてもらえはしないだろうかと思い、私は部屋の中にいるはずの裕子の姿を探し始めた。

 裕子の部屋は全体的に白を基調としたシンプルな部屋で、大きな鏡と大きな本棚があった。本棚には野鳥の図鑑がずらりと並べられていて、部屋には鳥の剥製や壁に鳥の翼が飾られており、私はきっと鳥について調べる職業なのだと考えていた。

 そこに裕子の姿は無かった。

 出かけているのだろうか? 私は目を凝らして隅々まで眺め回していた。

 すると、奥の玄関から男が入ってきた。

 私はこの男を知っている。この部屋で裕子と何度か話しているのを見たことがあった。

 その男は部屋までずかずかと入ってくると、そこにあったクッションの上に我が物顔で乱暴に座った。

 私はこの男が嫌いだった。

 

 何日か前、裕子がこの男と争っているのを目撃した。

 男はベランダにいる私を横目で嫌そうに見ながら裕子に何かを言う。すると裕子は今まで見たことも無いような顔で男を怒鳴りつけた。男は怒鳴る裕子の頬を殴りつけた。

 何を言ったのかはわからない。だがいつも優しい裕子を怒らせ、あまつさえ暴力を振るうその男が、私は嫌いだった。

 

 私はその男をじっと睨みつける。

 男はその視線に気付き、睨み合いとなる。

「……なんだよ、何見てんだよ!」

 男がこちらに向かって怒鳴る。しかし私は睨み続けた。

 すると男は立ち上がり、私と部屋を遮っていた窓を開ける。

「何見てんだって聞いてんだよ」

 窓という境が無くなったため、男の声が直に聞こえる。

 それでも私はなおも睨み続けた、喋る事ができない私に出来ることはこれくらいしかなかった。

「――――ッ!」

 突然、男は私の首を力一杯掴み、握り締めた。

 苦しい。

 喉が詰まる。このままでは死んでしまう!

 裕子、裕子!

 私は体中をじたばたさせて抵抗する。

 しかし男の手は一向に弱まることなく、キリキリと私の首を締め上げていった。

 薄れゆく意識。私は最後に裕子に会えぬままここで消えるのか。

 私は死を覚悟した。

 そのときだった。私は自分の横に尖ったあるモノを見つけた。

 そしてそれを嘴の代わりに思い切り男の首下に、突き刺した。




 裕子が買い物から帰ってきたのはそれから二十分後くらい経ってからだった。

 裕子は血まみれで倒れている男とその前で立ち尽くしている返り血だらけの私を見て、買い物袋を落とした。

「雄二! ねぇ雄二!」

 名前を呼びながら男の体を揺さぶる裕子。しかし男の喉に見事に刺さっている折れたハンガーを見て、その行為の無意味さを知ったようだった。

「……あなたがやったのね」

 私は血みどろの自らの手を見て、俯く。

 そんな私に裕子は優しく声をかける。

「……いいのよ。あなたは悪くないわ。悪くないのよ」

 まるで人間の母親が子供に言い聞かせるように裕子は私を抱きしめた。

 そして裕子は言った。

「そもそもこんな奴、死んじゃって良かったのよ……ここはペット禁止だけれど――飛べないあなたくらいならベランダで飼っても良いじゃない! それなのにあなたを警察に引き渡そうだなんて!」

 裕子は続けた。

「あなたはずっと私だけの鳥さんだからね……」

 私は裕子のその言葉がとても嬉しく思えた。

 しかし、同時に悲しさも感じた。

 裕子の肩越しに見える大きな鏡。そこに映っている自分は、どう見ても人間の子供のような外見をしていた。

 嘴と翼はいつになったら戻るのだろうか。いや、戻ることはあるのだろうか。完全な鳥の姿に戻れるのだろうか。

 私は鳥なのに、これでは裕子に申し訳がたたない。

 裕子がこの世で一番愛している生物なのに。







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