第9話 文化祭の最中に空から魔物が降ってきて、青春が一瞬で戦場になった件
第9話 文化祭の最中に空から魔物が降ってきて、青春が一瞬で戦場になった件
あの緊急事態から3日が経った。
委員長の必死の説得により、
なんとか破滅の門の開放は阻止できた。
あの日、体育館に集まった生徒たちに、
委員長は涙ながらに真実を語った。
「信じられないかもしれないけど、
私たちの学校が、世界の危機の中心にあるの。」
最初は戸惑いと困惑の声が上がった。
でも、ミストのテレパシーと俺の魔法を実際に見せると、
徐々に空気が変わった。
特に印象的だったのは、普段はクラスでも目立たない田中が、
ミストの頭を撫でながら言った言葉だった。
「俺、よく分からないけど...でも、委員長がそこまで言うなら、信じる。
王女様、俺が守ってやるからな。」
『田中様、ありがとうございます。』
ミストが嬉しそうに応えると、田中は感動で泣きそうになっていた。
結果として、2年A組の28人全員が秘密を共有し、
18人が積極的に「世界を守る」ことに賛同してくれた。
残りの10人も、「戦えないけど、秘密は絶対に守る」と約束してくれた。
調和の力は確実に強くなり、封印の危機は去った。
ミストも、この世界に留まることができるようになった。
しかし、平和は長くは続かなかった。
「大樹君、今日は特に気をつけましょう。」
文化祭当日の朝、委員長が不安そうに声をかけてきた。
今日は県立桜ヶ丘高校の文化祭。
2年A組は「世界の料理」をテーマにした模擬店を出店する予定だった。
「ああ。西園寺先輩の情報だと、今日が一番危険らしいな。
そんな日に文化祭なんてやってほんとに大丈夫なのか?」
昨夜、西園寺先輩から緊急連絡があった。
先輩の家に代々伝わる古文書によると、
「多くの人の心が高揚する日に、闇の眷属は大きな力を得る」
とあるらしい。
文化祭のように、大勢の人が集まって楽しい感情を共有する日は、
その感情エネルギーを悪用される危険があるということだった。
『大樹様、私も嫌な予感がします。』
カバンの中でミストが不安そうに身を縮めている。
「大丈夫、俺も、みんなもいるから。でも、油断は禁物だな。」
教室では、クラスメイトたちが文化祭の準備をしていた。
でも、秘密を知っている生徒たちは、時々空を見上げて警戒している。
「橘、本当に大丈夫かよ。」
田中が心配そうに声をかけてきた。
昨日から彼は、「王女様護衛隊長」を自称して張り切っている。
「ああ、でも田中も無理はするなよ。」
「何言ってんだ。俺、昨日一晩中護身術の動画見て勉強したんだぞ。」
一夜漬けの護身術で魔物と戦えるとは思えないが、その気持ちは嬉しかった。
午前9時、文化祭が開始された。
校内には多くの来客が訪れ、活気に満ちている。
家族連れ、卒業生、近隣住民...普段より3倍近い人数が学校にいた。
「いらっしゃいませ!世界の名物料理はいかがですか?」
委員長が元気よく声をかけている。
エプロン姿の彼女はとても可愛らしくて、男性客の足を止めていた。
でも、その笑顔の裏には緊張が隠されているのが俺には分かった。
「委員長、無理しちゃダメだぞ。」
「大丈夫よ。でも、ありがとう。」
しかし午前11時頃、最初の異変が起きた。
「おい、空見ろよ...」
山田が震え声で言った。
見上げると、体育館の上空に薄い雲が現れていた。
でも、それは普通の雲ではない。
うっすらと紫色に光っていて、不気味に渦を巻いている。
「あれは...」
『魔法陣です。敵が来ます。』
ミストの声が緊張している。
俺は急いで西園寺先輩に連絡した。
先輩は図書室で来客の対応をしていたが、すぐに駆けつけてくれた。
「やはり来ましたね。予想より早い。」
「どうしましょう?お客さんがたくさんいます。」
「まず避難誘導です。でも、パニックを起こさないよう注意深く。」
西園寺先輩が校内放送システムに向かった。
『えー、皆様にお知らせいたします。
強風警報が出ているので、
安全のため屋外のお客様や生徒は校舎内に避難をお願いいたします。』
嘘の理由だったが、多くの来客が校舎内に移動し始めた。
その時、空の魔法陣が急激に拡大した。
「来るぞ!」
陣の中から、翼を持った魔物が現れた。
最初は1体だったが、すぐに2体、3体と続いた。
魔物たちは大きさも形も様々だった。
コウモリのような翼を持つ小型のもの、ワシのような翼の大型のもの、
中には翼が4枚もある異形のものもいた。
「うわあああ!」
校庭にいた来客が魔物を見て悲鳴を上げた。
「やばい、一般の人にバレる!」
「大丈夫です。」
西園寺先輩が冷静に言った。
「魔物は、魔法の才能がない人には見えません。
一般の方には、大型の鳥ぐらいにしか見えていないはずです。」
確かに、来客の反応は「大きな鳥がいる」程度で、魔物だとは思っていないようだった。
でも、俺たちには魔物の恐ろしさがはっきりと見えていた。
その数は既に8体に達していた。
「委員長、クラスのみんなに連絡を。」
「分かったわ。」
委員長が緊急時の合図を送ると、
5分後には2年A組の18人が校舎裏に集まった。
「みんな、ついに来たわね。」
委員長が厳しい表情で仲間たちを見回した。
「怖い人は、無理しなくていいから。
避難誘導を手伝ってくれるだけでも十分よ。」
「何言ってんだよ、委員長。」
田中が前に出た。
「俺たち、もう家族だろ?家族が困ってるのに、逃げられるかよ。」
「そうそう!」
山田も続いた。
「王女様を守るって決めたんだから!」
他のクラスメイトたちも頷いている。
他の普段はおとなしい彼らも、今日は決意を固めていた。
『皆様...ありがとうございます。』
ミストが感動している。
「よし、作戦を確認するぞ。」
西園寺先輩が説明を始めた。
「魔物は空中にいるため、まず地上に引きずり下ろす必要があります。
橘君の魔法で光の網を作り、魔物を捕獲してください。」
「でも、8体同時は...」
「そのために、調和の力を使います。」
先輩が振り返った。
「皆さんが橘君に触れることで、魔法力を共有できます。
互いを信頼し、仲間を守りたいという気持ちが、力を増幅させるのです。」
「調和の力って、そういう仕組みだったのか。」
「はい。心の繋がりが、文字通り力の繋がりになるのです。」
『皆様の心が一つになれば、きっと勝てます。』
ミストが励ましてくれた。
その時、空から魔物の一体が急降下してきた。
校舎の屋上に着地し、鋭い鳴き声を上げる。
「うわあああ!」
田中が思わず後ずさりする。
近くで見ると、魔物の迫力は想像以上だった。
人間の2倍ほどの大きさで、鋭い爪と牙を持っている。
赤く光る目が、俺たちを獲物として見つめていた。
「来たな...」
俺は手のひらを魔物に向けた。
「みんな、俺の後ろに!」
「はぁっ!」
光の矢を放つが、魔物は素早く飛び上がって避けてしまった。
「くそ、早すぎる!」
「大樹君、一人で戦わないで!」
委員長が俺の隣に立った。
「私たちも一緒よ!」
そして、彼女が俺の肩に手を置いた瞬間、不思議なことが起きた。
体の中に温かい力が流れ込んできたのだ。
「これは...」
「調和の力です!」
西園寺先輩が興奮している。
「皆さん、橘君に触れてください!
手でも、肩でも、どこでも構いません!」
クラスメイトたちが俺の周りに集まり、肩や背中に手を置いた。
すると、一人手を置くたびに、体の中の力がどんどん増していく。
18人全員が俺に触れた時、俺の魔法力は普段の10倍以上になっていた。
「すげぇ...こんなに力が...」
『大樹様、今です!』
俺は再び手のひらを魔物に向けた。
今度は、光の矢ではなく光の網を作り出す。
「うおおおお!」
巨大な光の網が魔物を包み込んだ。
魔物はもがいているが、今度は逃げられない。
網に触れるたびに、魔物の体から煙が上がっている。
「やったぁ!」
田中が歓声を上げた。
しかし、まだ7体の魔物が空中にいる。
そして、俺たちの動きを見て、残りの魔物たちが一斉に降下を始めた。
「油断するな!本番はこれからだ!」
魔物たちが校舎の周りに着地した。今度は地上での戦闘になる。
「みんな、陣形を組んで!」
委員長の指示で、俺たちは円陣を組んだ。
中央に俺とミスト、その周りに委員長と西園寺先輩、外側にクラスメイトたちが配置される。
魔物たちが俺たちを囲んで攻撃を仕掛けてきた。
だが、今度は俺たちも準備ができていた。
「みんな、手を繋いで!」
委員長の声で、クラスメイトたちが手を繋いで大きな円を作った。
その瞬間、俺たちの周りに薄い光の膜が張られた。
「これは防御結界です!」
西園寺先輩が説明してくれた。
「調和の力が、皆さんを守っています!」
魔物の鋭い爪や牙が光の膜に当たるが、全て跳ね返されている。
『素晴らしいです!皆様の心が一つになっています!』
ミストが感動している。
「よし、反撃だ!」
俺は調和の力で強化された魔法を放った。光の波動が魔物たちを襲う。
「ぎゃああああ!」
魔物たちが苦しんでいる。しかし、完全に倒すまでには至らない。
「なかなかしぶといな...」
その時、意外な援軍が現れた。
「2年A組のみんな!」
1年生の声が聞こえた。
振り返ると、他のクラスの生徒たちが駆けつけてきている。
「どうして?君たちには危険すぎる...」
「大型の鳥が暴れてるって聞いて!」
彼らには魔物は鳥にしか見えていないが、それでも仲間を助けに来てくれたのだ。
「俺たち、2年A組が鳥と戦ってるなんてよくわからないけど、でも手伝わせてくれ!」
「そうだ!学校の仲間が困ってるのに、黙って見てられるか!」
3年生の先輩も加わった。気がつけば、50人以上の生徒が校舎裏に集まっていた。
「みんな...」
委員長が涙ぐんでいる。
「すごいじゃない...魔法のことを知らなくても、
みんな駆けつけてくれるなんて。」
『はい...これこそが真の調和の力なのですね。』
ミストも感動している。
「よし、みんなで力を合わせよう!」
俺が声をかけると、生徒たちが大きな輪を作った。
2年A組を中心に、他のクラスの生徒たちが何重もの輪を作る。
魔法のことを知らない生徒たちも、なぜかこの状況を自然に受け入れていた。
仲間が困っているという気持ちが、疑問を上回っていたのかもしれない。
その瞬間、これまでにないほど強大な光が俺たちを包んだ。
50人以上の心が一つになって、調和の力が発動したのだ。
「うおおおおお!」
俺の魔法力が爆発的に増大した。光の奔流が魔物たちを襲う。
「ぎゃああああああ!」
魔物たちが一体ずつ消滅していく。
最後の一体が消えた時、空の魔法陣も完全に消失した。
「やった...やったぞ!」
生徒たちが歓声を上げた。
「すげー!本当に大きな鳥を追い払っちゃった!」
「2年A組、やるじゃん!」
「橘、お前すげーじゃん!なんか光ってたぞ!」
みんなが興奮している。
魔法を知らない生徒たちには、
俺が「何かすごい方法で鳥を追い払った」ように見えたらしい。
しかし、西園寺先輩の表情は晴れなかった。
「橘君、喜ぶのはまだ早いです。」
「え?」
「今日の攻撃には、明確な目的がありました。」
先輩が空を見上げた。
「敵は、私たちの調和の力の強さを測定していたのです。」
『そうですね。今回の魔物たちは、戦闘よりも情報収集が目的だったようです。』
ミストも同意している。
「つまり、もっと強い敵が来るってことか?」
「はい。そして、次は私たちの調和の力に対抗できる手段を用意してくるでしょう。」
背筋が寒くなった。
今日の戦いは、まだ序章に過ぎなかったのか。
「でも...」
西園寺先輩が生徒たちを見回した。
「今日、これだけ多くの仲間が集まりました。
調和の力も予想以上に強大でした。」
「そうね。」
委員長が希望に満ちた表情で言った。
「どんな敵が来ても、私たちなら大丈夫よ。」
『はい。皆様がいれば、私も心強いです。』
ミストが嬉しそうに鳴いた。
その後、文化祭は予定を大幅に短縮して終了となった。
「強風による安全上の配慮」という理由で、午後の催し物は中止になった。
来客の皆さんには申し訳なかったが、安全が最優先だった。
2年A組の模擬店も早めに片付けることになったが、みんなの表情は明るかった。
戦いを共に乗り越えた充実感と絆で満たされていた。
「お疲れ様でした!」
夕方、片付けを終えた委員長が俺に声をかけてきた。
「委員長もお疲れ様。今日の指揮、完璧だったよ。」
「大樹君の魔法もすごかったわ。
みんなの力を束ねて、あんなに強くなるなんて。」
『お二人とも、本当にお疲れ様でした。』
ミストがカバンから顔を出した。
「でも、これで終わりじゃないんだよな。」
「ええ。むしろ、これからが本番かもしれない。」
委員長が夕日を見つめながら言った。
「でも、今日の戦いで確信したことがある。」
「何?」
「私たちは一人じゃない。
魔法のことを知らない人たちも、困った時は駆けつけてくれる。
これが、本当の仲間の力なのね。」
「そうだな。」
俺も空を見上げた。
「次の戦いは、もっと厳しいものになるかもしれない。
でも、負ける気がしないよ。」
『私も同じ気持ちです。皆様がいてくださるから、もう一人で背負う必要はありません。』
ミストの声に、安堵と希望が込められていた。
校舎に夕日が当たり、美しいオレンジ色に染まっている。
今日は魔物との戦いがあったが、それでも学校は平和な姿を保っていた。
明日からも、きっと新しい挑戦が待っている。
でも、俺たちには本当の仲間がいる。調和の力がある。
どんな敵が来ても、この絆だけは絶対に壊させない。
みんなの日常を、この世界を、必ず守り抜いてみせる。