第8話 猫だと思ってたミストが『実は異世界の姫様』で、 俺の運命が激変した件
第8話 猫だと思ってたミストが『実は異世界の姫様』で、
俺の運命が激変した件
放課後、俺は重い足取りで屋上に向かった。
胸の守護石が、歩くたびにほんのり温かくなっているのを感じる。
時計は15時40分を示している。
放課後の校舎は静まり返っていて、
部活動の声だけが遠くから聞こえてくる。
『大樹様、緊張していらっしゃいますね。』
ミストがカバンの中から心配そうに声をかけてくる。
「ああ、委員長にどこまで話せばいいのか分からなくて。」
『私は、美月様を信頼しています。きっと理解してくださるでしょう。』
(そうだといいんだけど...)
屋上のドアを開けると、委員長が給水塔の近くに立っていた。
風に黒髪がなびいて、どこか決意を固めたような表情をしている。
でも、よく見ると少し緊張もしているようだ。
「大樹君、来てくれたのね。ありがとう。」
「はい。話って、何ですか?」
委員長は少しためらった後、深呼吸をして口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。
大樹君、何か大きな秘密を抱えているでしょう?」
やっぱり気づいていた。
「秘密って...」
「ここ数日、大樹君の様子が明らかにおかしいの。
時々周囲を警戒するような仕草をするし、
カバンを命よりも大切そうに抱えているし...」
委員長が一歩近づいてくる。
「それに、昨日の図書館でも感じたけど、
大樹君は何かとても重要で、
そして危険なことに関わっているみたい。」
「委員長...」
「私、大樹君のことが心配なの。友達として、いえ...」
委員長が頬を少し赤くした。
「大切な友達として、見過ごせない。
もし困っていることがあるなら、一緒に考えたい。」
委員長の真剣で優しい表情を見て、俺は決心した。
(もう隠し続けるのは無理だ。
委員長なら、きっと理解してくれる。)
「分かりました。話します。
でも、とても信じられないような、非常識な話になります。」
「大丈夫。私、大樹君を信じてるから。」
俺は深呼吸して、カバンを開けた。
「まず、これを見てください。」
ミストがそっと顔を出した。
委員長の目が驚きで大きくなる。
「あら...とてもかわいい猫ちゃん。
でも、学校で動物を飼うのは...」
「これから話すことを聞いたら、それどころじゃないと思います。」
俺がそう言った時、ミストが委員長に向かって話しかけた。
『初めまして、佐々木美月様。私はミストと申します。』
委員長が硬直した。顔が青ざめて、目を見開いたまま動かない。
「え...え?今...この子が...話した?」
『はい。驚かせてしまい、申し訳ございません。』
委員長は数秒間呆然とした後、ゆっくりと後ずさった。
「ちょ、ちょっと待って...
猫が、人間の言葉で...でも、口は動いてない...」
「テレパシーです。心の中で直接話しかけています。」
「テレパシー...?」
委員長が混乱している。俺は彼女を支えるために近づいた。
「委員長、落ち着いて。ゆっくり説明しますから。」
「で、でも...猫がテレパシーなんて...そんなこと...」
委員長が震え声で言った。
常に冷静な彼女がこんなに動揺するのは初めて見た。
『美月様、私は普通の猫ではありません。遠い世界からやってきた...』
「遠い世界?」
委員長がミストを見つめる。恐怖と好奇心が混じった表情だった。
俺は時間をかけて、委員長にこの数日間に起こったことを全て話した。
ミストとの出会い、魔法の存在、西園寺先輩のこと、
保健室での戦闘、そして昨日知った破滅の門の話まで。
途中、委員長は何度も質問を挟んだ。
「魔法って、本当に存在するの?」
「本当です。見せましょうか?」
俺が手のひらに薄い光を出すと、委員長は再び驚いた。
「信じられない...でも、目の前で起きてることだから...」
30分ほどかけて全てを説明し終えた時、
委員長は給水塔にもたれかかって深いため息をついた。
「つまり、大樹君は魔法使いで、ミストちゃんは異世界から来た猫で、
学校の地下には世界を滅ぼす門が封印されていて、
それを狙う敵がいるということね。」
「はい。」
「正直、映画やアニメの話みたい。でも...」
委員長がミストを見つめた。
「この子が実際にテレパシーで話しているし、
大樹君の魔法も見たし、
何より大樹君が嘘をつくような人じゃないことは分かってる。」
『美月様、ありがとうございます。』
「それに、私も感じていたの。
学校に、何か異常な雰囲気があるって。」
「異常な雰囲気?」
「ええ。黒いスーツの男性もそうだけど、
なんとなく学校全体の空気が重くなったような気がして。
特に、地下に近い1階の教室にいると、時々寒気がするの。」
委員長の直感は、やっぱり鋭い。
「でも、まだ分からないことがあるわ。」
委員長がミストに向き直った。
「ミストちゃん、あなたは一体何者なの?
異世界から来たということは分かったけど、
具体的にはどんな立場の方なの?」
『それは...』
ミストが明らかに躊躇した。
今まで見たことがないほど、迷っているようだった。
『実は、私にはまだお話ししていないことがあります。
大樹様にも、です。』
「え?」
俺も驚いた。まだ隠していることがあったなんて。
『私の本当の正体について、です。』
ミストが小さく震えているのが分かった。
『とても...言いにくいことなのです。』
「どんなことでも大丈夫。もうここまで来たら、驚かないわ。」
委員長が優しく励ました。
『私は...アルカナ王国の...』
ミストが言いかけて止まった。
『私は、アルカナ王国の王女なのです。』
俺と委員長が同時に絶句した。
「王女?!」
『はい。アルカナ王国第三王女、
ミストリア・エル・アルカナが私の本当の名前です。』
委員長が椅子でもあれば座り込んでいただろう。
「おう...王女様...?」
『愛称がミストです。王宮では皆、そう呼んでくれていました。』
俺の頭が混乱した。
一緒に過ごしてきたミストが、王女様だった?
「ちょっと待って...じゃあ、俺は王女様と一緒に...」
『はい。でも、私はもう王女ではないかもしれません。』
ミストの声が悲しそうになった。
『なぜなら、私が守るべき王国が...
もう存在しないかもしれないからです。』
「どういう意味ですか?」
『アルカナ王国は今、存亡の危機に瀕しています。
闇の眷属と呼ばれる敵対勢力が王国を侵略し、
既に国土の大部分を占領してしまいました。』
「そんな...」
委員長が手で口を覆った。
『最後に王宮からの連絡を受けたのは、
こちらに来て3日目のことでした。
父上と母上、そして二人の兄上は、
首都で最後まで戦うと言っていました。』
ミストの声が震えている。
『でも、それ以来、故郷からの連絡は途絶えています。おそらく...』
『おそらく、王宮は陥落し、私の家族は...』
ミストが泣いているのが分かった。
小さな体を震わせて、必死に嗚咽を堪えている。
俺は思わずミストを抱き上げた。
「ミスト...」
『大樹様...私は、もう帰る場所がないのかもしれません。』
委員長も涙ぐんでいた。
「そんな辛い思いを、一人で抱えていたのね...」
『でも、私には使命があります。
王国を救う、いえ、たとえ王国が滅びても、
せめて故郷の人々の魂を救う方法を見つけることです。』
「魂を救うって?」
『この世界と我が世界を繋ぐ『調和の力』を完成させることです。
それができれば、たとえ肉体は滅びても、
故郷の人々の想いや記憶を、この世界で永遠に保つことができます。』
「調和の力?」
『はい。異なる世界の住人が、
真の理解と愛情で結ばれた時に生まれる力です。
ただの友情や協力ではありません。』
ミストが俺と委員長を見つめた。
『お互いの痛みを分かち合い、お互いの喜びを心から祝福し…、
そして何があってもお互いを見捨てない...そんな絆から生まれる力なのです。』
委員長が感動したような表情をしている。
「それは、とても美しい力ね。」
『大樹様との出会いで、私はその力の可能性を感じました。
そして今日、美月様にも真実を話すことができました。
これも調和の力の現れかもしれません。』
俺は複雑な気持ちだった。
ミストが王女様だったという驚きと、
彼女の背負っている重い運命への同情と...
「でも、それと破滅の門との関係は?」
『実は、闇の眷属の真の目的は、
すべての世界の破滅の門を開くことなのです。』
「すべての世界の?」
『はい。各世界には一つずつ、破滅の門が封印されています。
我が王国にも、この世界にも。』
ミストの説明が続く。
『もし門が開かれれば、虚無のエネルギーがすべての世界に広がります。
そうなれば、彼らは完全な破壊と混乱の中で、
新しい秩序の頂点に立つことができるのです。』
俺は背筋が寒くなった。
「つまり、アルカナ王国を攻撃しているのも、
この世界の破滅の門を狙っているのも、同じ敵ってことか。」
『その通りです。だからこそ、私たちは力を合わせなければなりません。
一つの世界だけでは、とても太刀打ちできません。』
この時、時計は16時30分を回っていた。
委員長が長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がった。
「分かったわ。私も協力する。」
「委員長...本当にいいんですか?とても危険ですよ。」
「危険だからこそ、
大樹君とミストちゃんをほおっておくことなんかできないわ。
それに...」
委員長が微笑んだ。
「王女様を助けるなんて、おとぎ話みたいで素敵じゃない。」
『美月様...ありがとうございます。』
ミストが嬉しそうに鳴いた。
「でも、私に何ができるの?魔法は使えないし、
知識も戦闘経験もないし...」
「そんなことありません。」
俺が委員長の手を取った。
「委員長の観察力や判断力は、俺たちにとってとても大切です。
それに、西園寺先輩も言ってました。
委員長の『日常を大切にする心』が、封印を守る力になるって。」
「私の心が...封印を?」
『はい。美月様のように、周りの人を思いやり、
平和な日常を守ろうとする気持ちこそが、
虚無の力に対抗する最大の力なのです。』
『調和の力とは、そういった純粋な想いから生まれるものなのです。』
委員長が嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってもらえると、少し自信が持てるわ。」
その時、俺の胸の守護石が急に熱くなった。
「うわっ、熱い!」
最初は温かい程度だったのが、みるみる熱くなって、
シャツの上からでも火傷しそうなほどになった。
『大樹様、何か大きな異常が起きています!』
ミストが警戒している。
「これは、西園寺先輩からもらった守護石です。
封印に異常があると熱くなるって...」
石はどんどん熱くなっていく。
それと同時に、校舎の方から不気味な振動が伝わってきた。
「なに?地震?」
委員長が不安そうに呟いた。
「いえ、これは地震じゃありません。
たぶん…封印の異常による振動です。」
「まずい、学校から離れないと。」
俺が鈴を取り出そうとした時、屋上のドアが勢いよく開いた。
西園寺先輩が息を切らして現れた。
顔は青ざめ、制服も乱れている。
「橘君!大変です!」
「先輩、何が?」
「封印に重大な異常が発生しています。
敵が本格的な攻撃を仕掛けてきました!」
先輩が委員長に気づいて、少し驚いた。
「佐々木さんも...まさか。」
「はい、全部話しました。委員長も仲間になってくれました。」
「それは心強いですが、今は緊急事態です。」
西園寺先輩が校舎を指差した。
見ると、1階の窓から薄い黒い霧が漏れ出している。
「地下の封印が大きく揺らいでいます。
このままでは1時間以内に、破滅の門が開いてしまうかもしれません。」
俺たちは愕然とした。
「1時間以内?!」
「はい。敵は複数の魔物を地下に送り込み、
内側から封印を破壊しようとしています。」
「どうすればいいんですか?」
「封印を緊急強化する必要があります。そのためには...」
西園寺先輩がミストを見つめた。
「ミスト様の本当の力が必要です。王女としての、真の魔法力を。」
「本当の力?」
『私の...王族としての魔法ですね。』
ミストが悲しそうに呟いた。
『分かっています。でも、その力を使えば...』
「どうなるんですか?」
『私は強制的に元の世界に戻されてしまいます。
王族の魔法は、その世界でしか維持できないのです。』
俺の心臓が止まりそうになった。
「それって...ミストとお別れってこと?」
『はい。そして、アルカナ王国がもう存在しないなら、
私は虚無の中に消えてしまうかもしれません。』
「そんな...」
俺は絶望的な気持ちになった。
ミストを失うなんて、考えられない。
委員長が前に出た。
「待って。他に方法はないの?」
「実は...」
西園寺先輩が少し希望を込めた表情をした。
「もし、調和の力を十分に高めることができれば、
ミスト様がこの世界に留まったまま封印を強化できるかもしれません。」
「調和の力を高めるって、具体的にはどうやって?」
「より多くの人が、真の意味で世界を守る意志を共有することです。
ただの『協力』ではなく、本当に心を通わせることが必要です。」
『つまり、もっと多くの仲間が必要ということですね。
しかも、表面的な協力ではなく、深い絆で結ばれた仲間が。』
ミストが希望を込めて言った。
「でも、急にそんな仲間を...しかも1時間以内に...」
その時、俺は思い出した。
「そうだ、クラスのみんなに話してみよう。」
「え?」
「委員長なら、クラスのみんなを説得できるんじゃないでしょうか。」
委員長が深く考え込んだ。
「確かに...でも、いきなり魔法の話をしても信じてもらえるかしら。
それに、時間もない。」
「大丈夫です。」
俺が委員長の手を握った。
「委員長を信頼しているクラスメイトがどれだけいるか、
俺は知ってます。委員長の言葉なら、きっと聞いてくれます。」
『私も、美月様の力を信じています。
真実を話せば、きっと理解してくれる人がいるはずです。』
ミストが力強く言った。
『そして、理解してくれた人たちの『日常を守りたい』
という純粋な気持ちが、調和の力になるのです。』
西園寺先輩が時計を見た。16時45分。
「時間がありません。封印の揺らぎがどんどん大きくなっています。
すでに校舎の基礎にひびが入り始めています。」
「分かりました。やってみます。」
委員長が決意を固めた。
「でも、どうやってクラスのみんなを集めるの?
もう帰ってしまった人もいるでしょうし...」
「大丈夫。」
西園寺先輩が携帯電話を取り出した。
「緊急放送システムを使います。
全校生徒に『緊急事態のため体育館に集合』と連絡できます。」
「でも、先生たちは?」
「教職員には、私が別の理由を説明します。
とにかく、生徒たちを集めることが最優先です。」
『美月様、本当にお願いします。』
ミストが委員長を見つめた。
『あなたの言葉なら、きっと人々の心に届くはずです。』
俺たちは屋上から校舎を見下ろした。
一見平和な学校だが、その地下では世界の命運を左右する戦いが始まろうとしている。
「17時45分までに、調和の力を完成させなければなりません。」
西園寺先輩が厳しい表情で言った。
「それを過ぎれば、封印は完全に破綻し、
破滅の門が開いてしまいます。」
『はい。私たちには、1時間しかありません。』
ミストの声に、決意と同時に不安も込められていた。
夕日が校舎を赤く染める中、
俺たちは人類史上最も重要な1時間への準備を始めた。
ミストが王女様だったという衝撃的な事実。
故郷を失った悲しみ。
そして、間近に迫った世界の終焉。
でも、俺はもう諦めない。
ミストがいて、委員長がいて、西園寺先輩がいる。
そして、これからクラスのみんなが仲間になってくれるかもしれない。
(絶対に、世界を守ってみせる。)
(そして、絶対にミストも守るんだ!)
俺の決意と共に、胸の守護石が不安定に明滅を繰り返した。
時間は刻一刻と過ぎていく。