第6話 保健室で倒れたフリをしたら、本物の魔物と鉢合わせした件
第6話 保健室で倒れたフリをしたら、本物の魔物と鉢合わせした件
翌日の朝、俺は昨日借りた本を読み返していた。
西園寺先輩からもらった『異界ノ住人ニ関スル考察』には、
本当に詳しいことが書かれている。
「すげぇな、これ...ミストの故郷のことが全部書いてある。」
『はい。私も驚きました。
この本を書いた人は、相当詳しい方だったのでしょうね。』
ミストがベッドの上で本を眺めている。
昨夜はミストと一緒に読書会をしていたが、
内容が濃すぎて頭がパンクしそうだった。
「でも、敵のことがもっと気になるな。『闇の眷属』って...」
『彼らは、アルカナ王国だけでなく、この世界も支配しようと企んでいます。
まずは学校のような、多くの人が集まる場所に拠点を作ろうとするでしょう。』
「拠点?」
『はい。魔法の力を持つ人間を見つけやすくするため、
そして一般人を支配下に置くためです。』
考えただけでもぞっとする。
時計を見ると7時30分。そろそろ学校に行く準備をしなければ。
学校に着くと、1時間目の授業が始まった。
現代文の時間、俺は教科書を開きながらも、
昨日の西園寺先輩のことを考えていた。
(あの先輩、本当にすごい人だったな。
でも、敵のことを考えると不安になる。)
『大樹様、集中してください。』
ミストの声で我に返る。先生が俺の方を見ていた。
「橘、次の段落を読んでくれ。」
「は、はい。」
慌てて教科書に目を向けたが、どこを読んでいるのかわからない。
隣の席の委員長が、こっそり教科書の該当箇所を指差してくれた。
「ありがとうございます。」
小声で礼を言うと、委員長が微笑んでくれる。
(やっぱり優しいな、委員長は。)
2時間目の数学の時間、俺は急に漠然とした不安に襲われた。
昨日の図書室にいた黒いスーツの男のことが、どうしても頭から離れない。
あいつは一体何者で、何を企んでいるんだろう。
『大樹様、落ち着いてください。でも...』
(でも?)
『私も嫌な予感がします。
あの男性の気配が、学校のどこかにまだ残っているような...』
それを聞いて、俺はますます不安になった。
(ちょっと様子を見に行こう。)
「先生、気分が悪いので保健室に行かせてください。」
俺は手で額を押さえながら言った。
実際、不安で少し頭痛がしていた。
「大丈夫か?顔色悪いな。行ってこい。」
カバンを持って教室を出る。
『大樹様、本当に調子が悪いのですか?』
(いや、敵のことが心配で...学校を見回ってみたいんだ。)
『そうですね。私も気になります。』
廊下を歩きながら、俺は周囲を警戒した。
でも、特に変わった様子はない。
保健室の前まで来た時、ふと違和感を覚えた。
(あれ?保健室の電気がついてない?)
近づいてみると、保健室のドアが少し開いている。
中を覗くと、保健の先生はいなくて、代わりに見知らぬ男性がいた。
黒いスーツを着た、昨日図書室で見た男だった。
(やっぱりいた!)
『大樹様、危険です!あの方から強い敵意を感じます!』
ミストの声が緊迫している。
男は保健室の薬品棚を漁っているようだった。
小さなビンを手に取って、何かを確認している。
『あれは間違いなく闇の眷属です。何かの薬品を探しているようですが...』
その時、男が振り返った。俺と目が合う。
「あ...」
男の目が一瞬光った。そして、口元に不気味な笑みを浮かべる。
「君は...昨日図書室にいた生徒だね。」
声は普通の人間のものだったが、どこか冷たい響きがある。
「あ、はい...気分が悪くて保健室に...」
「そうか。
でも、残念ながら保健の先生は『急用』で席を外している。
しばらく戻らないだろう。」
男がゆっくりと俺に近づいてくる。その瞬間、保健室のドアが勢いよく閉まった。
「え?」
振り返ると、男の周りに黒い霧のようなものが漂っている。
「君からは、昨日から気になる匂いがしていた。」
男の顔が、だんだんと人間のものではなくなっていく。
肌が灰色になり、目が赤く光り始めた。
「魔法の才能を持つ人間の匂いだ。」
『魔物です!正体を現しました!』
ミストがカバンの中で警戒している。
「我々は、この学校を拠点にする準備をしていた。
そして、君のような人間を探していたのだ。」
魔物がさらに近づいてくる。
「大人しく我々の仲間になれば、痛い思いはさせない。」
「嫌だ!」
俺は咄嗟に拒否した。
魔物の表情が変わる。今度は明らかに敵意を込めた顔だ。
「そうか。では、少し痛い思いをしてもらおう。」
魔物が手を上げると、黒い霧が俺に向かって飛んできた。
「うわっ!」
慌てて机の陰に隠れる。黒い霧が机に当たると、木が腐ったように変色した。
『大樹様、魔法を使ってください!』
「で、でも、俺の魔法なんて...」
『今しかありません!』
俺は手のひらを魔物に向けた。
胸の奥の温かさを手先に集める。
「えいっ!」
手のひらから薄い光が出た。
でも、魔物にはかすり傷程度しか与えられない。
「ほう、魔法が使えるのか。しかし、所詮は初心者だな。」
魔物が今度はもっと大きな黒い霧の塊を作り出す。
「今度は避けられまい。」
霧の塊が俺に向かって飛んでくる。今度は避け切れない。
「やばい!」
その時、保健室の窓ガラスが割れて、西園寺先輩が飛び込んできた。
「そこまでです!」
蘭先輩の手には、光る短剣のようなものが握られている。
「西園寺先輩!」
「橘君、無事でよかった。」
先輩が魔物との間に割って入る。
「闇の眷属め、ついに正体を現しましたね。」
「知識の守護者か...まだ生き残りがいたのか。」
魔物が先輩を睨みつける。
「ええ、そして、学校で堂々と活動するあなたたちを許すわけにはいきません。」
西園寺先輩が光る短剣を構えた。
「はぁっ!」
先輩が魔物に向かって短剣を振ると、光の刃が飛んだ。
しかし、魔物は素早く避けて、カウンターの黒い霧を放つ。
「ぐっ!」
先輩が霧をかろうじて避けるが、制服の袖が少し溶けた。
「なかなかやりますね。
でも、あなたたち二人でも、この狭い場所では分が悪い。」
魔物がさらに大きな霧の塊を作り出す。
「橘君!」
西園寺先輩が俺を振り返る。
「一緒に戦ってください!私一人では厳しいです!」
「でも、俺の魔法なんて...」
「大丈夫!私がサポートします!」
西園寺先輩が俺の背中に手を当てた。
その瞬間、体の中に温かい力が流れ込んできた。
でも、まだ力が足りない感じがする。
「今度は、もっと強く念じてください!でも、無理は禁物です!」
俺は再び手のひらを魔物に向けた。
今度は、さっきよりも大きな力を感じるが、まだ完全ではない。
「うおぉぉ!」
手のひらから、さっきの3倍ほどの光が放たれた。
光は魔物の腕に命中する。
「ぎゃっ!」
魔物が怯んだ隙に、西園寺先輩が突進する。
「今です!」
光る短剣が魔物の胸を貫いた。
「ぐあああ!」
魔物が苦悶の声を上げたが、まだ倒れない。
「しぶといですね...」
西園寺先輩が再び構える。
「橘君、もう一度お願いします!」
俺はもう一度魔法を放とうとしたが、体力の限界を感じた。
「先輩...もう...」
「無理しないで!」
その時、カバンからミストが飛び出した。
『私も戦います!』
ミストの体が薄く光り始める。
『治癒の魔法!』
ミストの光が俺と西園寺先輩を包んだ。疲労が少し回復する。
「ミスト!」
『今度こそ、一緒に!』
三人と一匹で、再び魔物に向かった。
「はぁぁぁ!」
俺の光の魔法、西園寺先輩の光る短剣、
そしてミストの治癒の光が合わさって、巨大な光の柱になった。
「ぐわあああああ!」
魔物は光に包まれて、ついに煙のように消えていった。
「はぁ...はぁ...」
俺は息を切らしながら、その場にへたり込んだ。
「お疲れ様でした。」
西園寺先輩も疲れているが、俺に手を差し伸べる。
「先輩...ありがとうございました。でも、なんでここに?」
「実は、今朝から嫌な予感がして、学校を見回っていたんです。
そうしたら、保健室から魔法の気配を感じて...」
『大樹様、お疲れ様でした。』
ミストも疲れているようで、小さく息をしている。
「ミストも、ありがとう。」
『はい。でも、敵がついに学校にまで侵入してきました。』
西園寺先輩の表情が真剣になる。
「そうですね。
保健の先生も、おそらく魔物に何かされているでしょう。でも...」
先輩が手をかざすと、保健室の様子が元に戻り始めた。
溶けた机や、割れた窓ガラスが元通りになる。
「先輩、これは?」
「復元の魔法です。戦闘の痕跡を消すことができます。」
「すげぇ...」
10分後、保健の先生が戻ってきた。
「あら?橘君、どうしたの?」
「あ、気分が悪くて...でも、もう大丈夫です。」
保健の先生は何も覚えていないようだった。
「そう?でも、顔色はまだ悪いわね。少し休んでいく?」
「いえ、教室に戻ります。」
保健室を出てから、西園寺先輩が小声で言った。
「魔物は人間の記憶を一時的に操作できるんです。
保健の先生は、急用で席を外したと思い込まされていたのでしょう。」
「そうだったのか...」
廊下を歩きながら、俺は実感した。
(本当に魔法の世界に足を踏み入れたんだな。)
『大樹様、これからもっと大変になりますが...』
(ああ、でも逃げるわけにはいかないよな。)
「ところで、橘君。」
西園寺先輩が立ち止まった。
「今日の図書館、気をつけてくださいね。」
「え?」
「敵は、あなたの周りの人間関係も調べているはずです。
もしかしたら...」
「委員長が狙われる?」
「可能性はあります。
でも、一般人の彼女に真実を話すのは危険すぎます。」
(そうか...委員長を巻き込むわけにはいかない。)
「何かあったら、すぐに連絡してください。」
先輩が小さな鈴を俺に渡した。
「これを鳴らせば、私に聞こえます。」
「ありがとうございます。」
教室に戻ると、3時間目の授業が始まるところだった。委員長が心配そうに俺を見つめている。
「大樹君、体調はどう?」
「あ、はい。もう大丈夫です。」
「よかった。今日の約束、まだ大丈夫?」
「もちろんです。」
委員長が安心したように微笑んだ。
(この人を、絶対に危険な目に遭わせるわけにはいかない。)
でも、同時に不安もあった。
敵は俺の周りを探っている。委員長といることで、彼女を危険に巻き込んでしまうかもしれない。
『大樹様、大丈夫です。私たちが守ります。』
ミストの声が心強かった。
午後の授業中、俺は窓の外を見ながら考えていた。
戦いは本格的に始まった。
でも、ミストがいて、西園寺先輩がいる。
そして、委員長という大切な人もいる。
絶対に、みんなを守り抜いてみせる。