第1話 屋上で怪我した猫を助けたら、テレパシーで話しかけられた件
第1話 屋上で怪我した猫を助けたら、テレパシーで話しかけられた件
俺の名前は橘大樹。県立桜ヶ丘高校の2年生だ。
特技は読書と人間観察(ただし一方通行)。
特に得意なことはない。友達もいない。
いわゆる「ぼっち」ってやつである。
昼休み、今日もひとりで屋上に向かう。
教室に響くクラスメイトたちの楽しそうな声を背中に感じながら、
階段を上った。
「はぁ...今日もぼっち飯か」
自分に向かってため息をつく。
高校2年になって1年以上経つのに、未だに友達と呼べる人間ができていない。
別に嫌われてるわけじゃないと思うんだけど、なんというか、
みんなとの距離感が掴めないんだよな。
屋上のドアを開けると、5月の爽やかな風が頬を撫でた。
ここなら誰にも邪魔されず、コンビニで買ったメロンパンをゆっくり食べられる。
いつものベンチに向かおうとした時、
給水塔の陰から弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
「にゃあ...にゃあ...」
「ん?猫?」
声の方を振り返ると、コンクリートの隙間に小さな黒い影がうずくまっている。
近づいてみると、手のひらサイズの子猫だった。
真っ黒な毛をしているんだけど、尻尾には銀色の螺旋模様が入っている。
そして何より驚いたのが、その瞳だった。
左目が黄色、右目が赤色のオッドアイ。
「うわ、すげー綺麗な目だな」
でも、よく見ると右前足から血が出ている。
怪我をしているようだ。
「おい、大丈夫か?」
しゃがみ込んで声をかけると、子猫は警戒するように身を縮めた。
俺が動かずに待っていると、少しずつ警戒を解いてくれた。
「ちょっと待ってろ。手当てしてやる」
保健室でガーゼとアルコール、包帯を借りてきた。
保健の先生には「友達が怪我した」って嘘をついた。
俺に友達はいないが。
まあ、この子猫も友達になるかもしれないから、完全に嘘じゃないよな?
「痛いかもしれないけど、我慢してくれ」
アルコールで傷口を拭うと、子猫は「にゃっ」と鳴いたが、じっと我慢していた。
包帯を巻き終えてふと見ると、さっきまで血が出ていた傷がもうほとんど塞がっている。
「え?治るの早すぎじゃね?」
首をかしげながら、食べかけのメロンパンをちぎって差し出した。
子猫は警戒しながらも、ぱくぱくと食べてくれた。
食べ終わると、子猫は俺をじっと見つめた。
その美しいオッドアイと目が合った瞬間――
『ありがとうございます』
「うぉっ!?」
頭の中に直接響く声に、驚いて俺は思わず立ち上がった。
「え、え?今の声...」
『聞こえてしまわれましたか。』
また聞こえた。間違いない。
この子猫が俺の頭の中で話しかけてきている。
「え、ちょっと待て。猫が喋ってるの?俺、頭おかしくなった?」
『申し訳ございません。突然このようなことで驚かせてしまって』
めちゃくちゃ丁寧な喋り方だった。
俺より年上っぽい印象を受ける。
「いや、待て待て。状況を整理させてくれ。君は猫だよな?」
『はい、猫の姿をしております。』
「猫の姿って...まさか本当は猫じゃないのか?」
『私の名前はミストと申します。
実は...遠い異世界から参りました』
「異世界モノ、キター!」
思わず声に出してしまった。
いやー、まさか俺にも異世界ネタが来る日が来るとは。
でも俺が転生したんじゃなくて、向こうから来たのか。
『あなた様は橘大樹様でいらっしゃいますね』
「そうだけど、なんで俺の名前知ってるんだ?」
『それは...あなた様が特別な力をお持ちだからです。』
「特別な力?」
キタキタキター!これぞなろう展開!
ついに俺にもチート能力が!
『はい。まだご自分では気づいておられないかもしれませんが、
あなた様には魔法の才能がおありです』
「魔法!?マジで!?」
『はい。私はそのような方を探してこの世界に参りました』
なるほど、俺は選ばれし者だったのか。
確かに今まで友達ができなかったのも、
俺が特別な存在だったからかもしれない。
『実は私には、どうしても果たさねばならない使命がございます。』
「使命?」
『私の故郷、アルカナ王国に大きな危機が迫っているのです。
闇の魔法使いが王国を滅ぼそうと...
しかし、その脅威がこちらの世界にも影響を及ぼし始めました。
このままでは両方の世界が』
ミストの声が急に途切れた。
『申し訳ございません。まだお話しできない事情が...敵の目もございますので』
敵の目?なんだか物騒な話になってきた。
俺、こんなのに巻き込まれて大丈夫なのか?
チャイムが鳴り響いた。午後の授業が始まる。
「分かった。とりあえず俺についてこい。詳しい話は後で聞かせてもらう」
『ありがとうございます!』
ミストは俺のカバンの中に身を丸めた。
小さくて温かい。なんか癒される。
『大樹様、これからよろしくお願いいたします!』
教室に戻りながら、俺の頭の中は混乱していた。
(魔法の才能って言われても、まだ実感わかないな...)
(でも確かにミストとテレパシーで会話してる。これも魔法の一種なのか?)
(それにアルカナ王国の危機って何だ?闇の魔法使い?敵がいるのか?)
考えれば考えるほど、よく分からないことだらけだ。
でも一つだけ確かなことがある。
(俺の退屈な日常が、今日で終わったってことだ!)
ワクワクと不安が混じった気持ちで胸がいっぱいになった。
魔法が使えるようになるのか?
ミストと一緒に戦うことになるのか?
それとも危険に巻き込まれて死ぬのか?
『大樹様、ご心配には及びません。私が必ずお守りいたします。』
カバンの中からミストの優しい声が聞こえた。
テレパシーだから、俺の不安も筒抜けなのか。
明日からの学校生活は、きっと今までとは全然違うものになる。
良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶかは分からないけど...
少なくとも、もうひとりじゃない。