追放聖女とハンバーグ
「貴様は辺境の地マルベルに追放だ」
婚約破棄と聖女の身分剥奪のついでに、王子は私の追放先を告げる。
辺境の地マルベル。
常に仮面を被る変人の辺境領主が納める地。
隣接する森は魔物たちの住処で、この国の中でも危険地帯に振り分けられる。
そして、カニの名産地。
きゃーほい。
私は心の中で万歳三唱をする。
かにだ。
蟹だ。
カニだ。
説明せねばなるまい。
カニはめちゃうまいのだ。
元々は魔物の一種と考えられて忌み嫌われていたが、異世界転移者が私達の概念を破壊したのだ。
「あれ、カニですよね。この世界でもいたんっすね。あれ、食うとうまいっすよ」
異世界転移者と言うのは、きっちり説明すると長くなるが、ようはすごく遠いところから来た異国の人だ。
カニの食べ放題。カニざんまい。
心の中で小躍りしながらも、私はそれを表に出さないように、おすましの表情を作る。
私のことをよく知っている従者は、あきれた表情になる。
「私が偽聖女とはどういうことですか?」
「貴様は聖女の力を使うことを拒否している。国に対する立派な反逆罪だ」
「私が癒しの力を使うのは緊急事態の時だけです。むやみに使用することは、この国の医療を衰退させることになります」
「言い訳はよせ」
このやり取り、いらないだろ。
とっとと、私をカニの名産地に追放しろ。
カニをまるごと。カニ鍋。カニのスープに、カニグラタン。
「私の言葉は、もう殿下には届かないのですね。残念です。わかりました。聖女の名前はお返しします」
カニのパスタもいいな。
「待ちなさい。どうして、こんな理不尽な扱いを受け入れるのよ」
新しく聖女と王子の婚約者の地位を継ぐはずの女性が、私につっかかる。
「それはあなたを信頼しているからですよ。あなたが聖女になるなら、私は何も心配せずに辺境の地マルベルに行くことができる」
さあ、カニの名産地へ。
「適当なことを言わないで。私のことなんか何も知らないくせに」
「知ってますよ。あなたが自分の領民のために尽力していることをよく知ってます。ハンバーグ美味しかったですよ」
ハンバーグはめちゃうまい。
従者が私に白い目を向ける。
「本当に私のことを知っていたのね」
ハンバーグは新聖女の領地でしか食べられない料理だ。異世界転移者の大雑把なレシピから、相当な試行錯誤の上で完成させた、努力の観光料理。
「もちろんです。あなたのやった数々の努力を私は知っています。民を飢えさせないために、ジャガイモの普及に努めましたね」
肉じゃが!
「そんなところまで」
「聖女を頼みましたよ」
新聖女になるはずの女性は決意した顔になる。
あっ。
まずった。
「お断りします。聖女なんて面倒ごとはまっぴらごめんですわ。べ、別にあなたのために言っているわけじゃないですからね」
従者が私の背中をバンバン叩き、興奮して小声で叫ぶ。
「あれ、ツンデレですよ。実在したっすね。あれ、ツンデレっすよ」
おわり