第8話 再会
◆
日が傾きかけた頃、あたしたちは行商用の馬車に乗って、再び中央教会へ向かっていた。
御者を小柄な男(ジェリと言った)が勤め、あたしとクレアは後ろの荷台に乗った。暗幕を張った荷台の中は薄暗く、目を開けても大丈夫だ。足元には山で採れた果物と山菜が程々に積んであった。
少しなら食べてもいいと言われたので、酸っぱい林檎を齧りながらクレアを見た。
「サッパリしたわね。短い髪も活動的で似合ってる」
正直な感想を言うと、クレアは当然だという顔をした。ムカつく。
「あなたも美少年に仕上げてもらって良かったわね。前の可愛い面影が消えて残念だわ」
あたしとクレアは短く髪を切り、服もそれぞれ庶民的な服を与えられ、足りない武器や道具を用意してもらった。
指名手配の似顔絵と照らし合わせても、じっくり見比べないと判らないくらいにはなったと思う。あたしは半ズボンに鳥打帽を被った少年に、クレアはすらりとした男装の麗人に変身した。扱いの違いに少し不満を感じたけど些細な事だ。追われる身にとっては十分な配慮をしてくれた。
「ジェリ、妹弟の居場所の見当はついているの?」
小柄な男の後頭部に向かって声を掛けた。
「大事な人質だから黒幕とアドネルの目の届く所にいたはずだが、正確な場所は数人いる間諜にもつかめていない。中央教会の町に到着したら、落ち合う手筈になっている」
ジェリは振り向きもせず、独り言のように言った。
◇
私とエレナは馬車の中で軽い仮眠を取った。御者のジェリも何度か馬車を止め、しっかりと休息を取っていたようだ。
予定通り日が沈む頃には、中央教会のある町に到着した。門番担当が公爵側の間諜だったので、通関手続きも無く静かに町の中へ入る事が出来た。
間諜の一人が見張りに就き、もう一人が検査という名目で馬車の中へ入って来た。
ジェリは御者席に座って前を向いたまま耳を傾けている。
私とエレナは山菜を齧りながら間諜の話に耳を傾けた。
「早速だが、まずは大まかな町の状況から話しておこう。アンタらが黒幕を消した後、アドネルは後ろ盾を失い、浮足立った挙句、手持ちの金品を持ち出して姿を消した。
指示を出す者が消えると、残された者たちに不安と混乱が広がった。収拾を図るため、四人の司教たちは協力するかと思いきや、誰が大司教になるかで殺し合いを始めた。
老いぼれと取り巻きの弱い司教が殺され、今はソマリナの司教と、ここセントラルの司教で睨み合っている状況だ。どちらかが生き残るまで殺し合うか、和解を選ぶか分からないが、当分混乱は続きそうだ」
間諜は一息ついて、林檎を齧った。
「それにしては町は静かね」
私が問うと、間諜は口の中のものを飲み込んでから続けた。
「大司教が逃げ出した事や司教同士の殺し合いを信者に気づかれたら、ミリア教は崩壊するだろう。中央教会の職員たちは教会の周辺一帯を衛兵で固めて、内と外で内部の情報を遮断している。中央教会以外は普段通りの日常さ」
「教会内は混乱しているわけね。それで、問題の妹弟の情報に進展はあるの?」
「残念ながら無い。だがアドネルなら二人の居場所を知っている可能性がある。手分けして奴を探しているところだ」
間諜は苦虫を嚙み潰したような表情で言った。
「大事な時に、白猫がいないわ」
エレナは残念そうに言った。
望みは薄いが以前白猫の首に括り付けた野草に意識を集中させた。かけた魔力は時間が経つと徐々に薄まり、外すと効果は無くなる。しかし微かな反応がこの町の外れにあった。
「エレナ。僅かだけど白猫の反応があったわ。行ってみる?」
エレナは即座に頷いた。
「アドネルの行方を捜す手助けが出来るかも知れないわ。ジェリはどうする?」
「情報が集まるまでは手分けしたほうが効率がいい。仕事を終えるまで、お互いがベストを尽くそう」
ジェリは相変わらず前を向いたまま、呟くように言った。
▽
白猫を抱いた男は虚ろな顔で座り込んでいた。土砂降りの雨に打たれた白猫は、与えたエサも食べず震え続けていた。時折少しだけ水は舐めたが、体は痩せこけ、ほとんど動かなくなった。
「まだ子猫だったのに。無理をさせて悪かったな」
男が呟き指で額を撫でると、白猫は嬉しそうに口を開けた。もう声が出ないのだろうか。
「どうやら間に合ったようね」
すらりとした男装の麗人が白猫を抱き上げ呪文を唱えた。
「*キェルト*テルフィア***」
白猫は麗人の手から離れて、勢いよく水を飲んだ。
「エサを水で少し柔らかくしてから、少しずつあげるのよ」
男装の麗人の後ろに、鳥打帽を被った少年がいた。