第7話 依頼
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私を魔女と呼んだ人物に促され、私とエレナは、男がアジトと言った部屋に入った。
中は天井がドームのようになっていて、部屋全体が土と煉瓦で固められていた。
さほど広くはなかったけど、部屋の奥には扉の無い出入口があった。アジトと言うくらいなのだから、出入口は複数あり、部屋も他にも幾つかあるのだろう。
四人掛けのテーブル席に、私を魔女と呼んだ、黒いアイマスクをつけた背の高い女が座った。
私たちを連れて来た小柄な男は呼吸を整え、女の後ろに立ったまま控える。
奥と後ろの出入口付近には、見張りのような武装した男たちが二人ずつ、無言で睨みつけていた。
「悪いんだけど、私たちを連れて来た理由は後で聞くわ。お腹が空いたから、何か分けてくれない?」
私は黒いマスクの女に言った。どの程度の組織か分からないが、ここでは態度も見た目も上司っぽい。
「二人は大事な客だから、少しマシなものを持って来てあげて。わたしは水でいいわ」
黒いマスクの女が言うと、奥にいた見張りの男が食事を取りに行った。
私とエレナは女の向かいに座った。
私たちは出された果物と山菜を食べた後、改めて黒いマスクの女を見据え、話を聞く態勢に入った。
「まずはこれを見て」
女はテーブルの上に指名手配書を置いた。私とエレナの似顔絵と特徴が記されていた。
捕まえると賞金は三〇〇ゴールド。仕留めると、一人につき二〇〇ゴールド。有力な情報提供は審査の上、報酬は査定すると書いてあった。
「エレナ。眼鏡と髪型をしばらく変えたほうがいいみたいね。ほんとに上手く描けている似顔絵ね」
女を見ると、笑いもせずに手配書を仕舞った。
「リンナ公国を牛耳っていたミリア教の司教たちが仲間割れを始めたらしい。間諜によると、殺人鬼を連れた魔女が教会内で黒幕を葬ったのが、そもそもの原因だというわ」
無表情だった黒いマスクの女がニヤリと笑った。
「私たちを甘く見ると分かっているわよね?」
鋭く睨みつけると、女は引きつった表情で答えた。
「ギブ・アンド・テイクでどう?」
「どういう事かしら?」
「国境の町に来たという事は、あなたたちはパルミー公国に入りたいんじゃない? そこにはまだ手配書も回ってないし。我々が入国の支援をする代わりに協力して欲しい事があるの」
黒いマスクの女に意識を向けると、嘘はないようだ。しかし周りの人間が全て馬鹿正直に動くとは限らない。私たちの首には、そこそこの賞金が掛かっている。一年間は楽に暮らせる金額だ。
「政治に興味は無いわ。それにあなたの力を借りなくても、私たちは好きなように動く」
冷めた口調で言うと、女は失望した表情で、黒いマスクを外した。
「公爵直々の頼みでも、受けられませんか?」
女は縋るような眼差しを私に向けた。
「クレア、食事の借りを返してあげたら? よく分からないけど公爵って偉いんでしょ? この人を上手く利用すれば、少しは動きやすくなるんじゃない?」
エレナは思っている事を隠しもせずに言った。
「わかったわ。食事の借りは返す。ただし私たちが敵と見なしたら、誰であっても容赦無く殺す。たとえ王でも」
私は見せしめに、出入口に立っている見張りの男に向けて殺気を放った。男は白目をむき、泡を吹いて倒れた。
「目先の賞金か自分の命か。どちらが大切なのか、よく考えて行動する事ね」
公爵と思しき女は、二年ほど前に連れ去られ人質となった妹と弟を、教会から連れ戻して欲しいと言った。
二人を人質に取ったミリア教団は、ずっと以前からリンナ公国で勢力を広げ、もはや国教に値する規模に膨らんでいた。政治の実権を奪うため、ずっとその機会を窺っていたのかも知れない。
公爵家周辺にもミリア教信者が徐々に浸透していた。公爵の妹と弟は寝返った衛兵らに易々と連れ去られた。公国の勢力図は決定的に教団側に傾いていたが、人質を取られた事で、止めを刺されるように公爵家は政治の実権を失い、教団の操り人形となった。
「二年は長いわ。利用価値があるから殺されていないとは思うけれど。生きていても、二人ともあなたの元へ帰りたいと思うかしら?」
私は前のめりに立ち尽くす女を見上げて言った。
「手遅れかも知れない。でも、その時はわたしが決着をつけるわ」
女は再び黒いマスクを着け、奥の部屋へ消えた。側にいた小柄な男は私たちの向かいに座り、話を続けた。
「ご覧の通り、マリー閣下は覚悟を決めておられる。俺があんたらに同行して、妹弟閣下たちを見つけ出すから護衛を頼む。やり方はあんたらに任すが、後々の事もある。出来るだけ犠牲者は出さないでほしい」