第6話 寂れた町
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あたしの目は、どんな傷でも癒えていくキェルトの魔法を使っても回復しなかった。
負ったばかりの怪我や炎症には劇的な効果があるけど、長い間患っている病気や怪我には表面的な効果しか無いらしい。
クレアはあたしの逆襲を恐れてそう言っているのかも知れない。でも、あたしはどこに行こうがお尋ね者。ほとぼりが冷めるまで、しばらくクレアを利用して生きていくしかない。
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私は大司教アドネルに余計な事をしなければ、すぐに町を出て行くと約束をして、関所の通行証を手に入れた。
私とエレナは中央教会の北西に移動して、昼を過ぎた頃にリンナ公国の国境の町、バルリナに着いた。
「この町から西側の国へ移動するわ。ここで一旦休憩しましょう」
バルリナは隣国パルミー公国に接する町で、寂れた田舎町。町の大部分が山林で、住民たちは山菜の収穫や狩猟で生活を営んでいる。
人が暮らしているのは麓から平地に掛けて。そこにはちらほらと畑や溜め池も目にしたけど、観光や農業に力を入れているようには見えなかった。活気のある港町ソマリナに比べると、目に見えるもの全てに覇気が無かった。
「人もあまり見かけないし、ほんとにくたびれた町ね。泊まれる宿はあるのかしら」
私は黒い眼鏡をかけたエレナの手を引き、荒れた田舎道を歩く。足元がデコボコで、エレナは何度か足を引っかけ、躓きそうになりながら私の後について来た。
「隣の国へ行くためには山を越えないといけないのよね? とにかくお腹が空いた。何かないの?」
エレナは私の手を引き止めるようにして言った。
「今は生憎水しかないわ。食事を出すような店も見当たらないし。我慢するか、恵んでもらうか、奪い取るか。どれがいい?」
私が問うと、エレナはがぶりと水を飲んで溜め息をついた。
「どれもいちいち面倒臭いわぁ!」
ぶつぶつと不満を呟くエレナを連れしばらく歩いていると、民家が立ち並ぶ大通りに辿り着いた。
道幅は広く、馬車が四台並んで走れるくらいはある。道を挟んで左右に店や住居が立ち並んでいた。
でも、どの店も寂れていてドアや窓は閉まっている。人の往来も無かった。
左右の建物に目を凝らして見ると、閉め切った窓のカーテンの隙間から、私とエレナをじっと監視するような目が幾つもあった。睨み返すと、慌ててカーテンを閉じた。
「よそ者は歓迎されていないみたいね。背に腹は代えられないわ。誰かを適当に眠らせて、食べ物を確保しましょう」
私はエレナに状況を伝え、手をしっかりと握った。
広い通りの真ん中を歩くと、左右から突き刺さるような視線を感じるので、私はエレナを連れて、右に並ぶ建物沿いに歩いた。
食べ物にありつけそうな家や店は、中々見つからなかった。最悪の場合、山に入って狩りをするか山菜を漁って貪るしかない。
「お嬢さんたち、こっちに来な」
建物の隙間から半分顔を覗かせた男が囁いた。
「命令されるのは気に入らないわ」
私が警戒して言うと、声の主は舌打ちして返した。
「あんたらに賞金が掛かってる。悪い事は言わない。通報される前に隠れていた方が身のためだ」
「あなたに売られない保証はないけど」
私は話しながら男の思考に意識を向けた。心を読むと、一先ず敵意は無いようだ。
「私たちを甘く見ると死ぬ事になるわ」
私は男にクギを刺しエレナの手を引いて、細い路地をすり抜け、男の後を追った。
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あたしは手を引っ張るクレアについて行くしかなかった。クレアは不思議な力で相手の心を読む事が出来る。どの程度か分からないけど。
男について行ったのは、問題無いと踏んだからだろう。
この町は静か過ぎて気味が悪かった。男の話では、あたしだけで無く、クレアにも賞金が掛かっているらしい。あたしが安心出来る日はやって来るのだろうか。
◇
建物の隙間を何度か曲がって入り組んだ路地を抜けると、半地下に繫がる短い階段に辿り着く。男は辺りを警戒しながら少し屈んで降りて行った。
「頭に気をつけろ。もうすぐアジトだ」
私とエレナは足早に階段を降りて行った。
しばらく壁ばかりの曲がりくねった廊下が続く。明かりが無いので、前を行く男の足音を頼りに暗闇の中を進んだ。
徐々にぼんやりとした明かりが近づいた。前を行く男の歩みが止まり、廊下の先の入り口に、男の上司と思われる人物が待ち構えていた。
「ようこそ、魔女と殺人鬼さん」
逆光に照らされた人物の表情は分からなかった。