第68話 館の秘密
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あたしとクレアは暗い浴室の中で、前もって打ち合わせをしていた。以前に泊った宿屋で食事に眠り薬を盛られ、町の自警団に売られた事があった。同じ失敗を繰り返さないためにも用心をして、食事や飲み物は口をつけるだけで食べた振りをする。すでにあたしたちの正体がバレているかも知れないけど、何かあった時に敵を油断させるため、あたしは耳も聞こえない事にしておいた。
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天井に吊り下がったキャンドル・シャンデリアの光が穏やかに揺れていた。使用人風の男がテーブルの上の食器を片付け、ワゴンに載せて引き上げて行く。
「さて。腹ごしらえも出来たようなので、まずは我々の自己紹介をしておこうか」
それぞれの席に食後のコーヒーが配られた後、館の主人が居住まいを正して言った。つられて何人かの客も姿勢を正し、発言者に注目した。
「わたしの名はキアン・デ・キリコ。随分前からこの館に隠居して、退屈な日々を過ごしている。時折訪れる旅人たちの、とりとめのない話を聞くのが趣味の草臥れた男だ」
キアンはコーヒーを口に含み、隣りに佇む使用人風の男の背中を軽く叩いた。
「この男はイード。この館の管理を一人で切り盛りしているそつの無い男だ」
イードは厳かに一礼した。
「食事前に確認した通り、集まった皆さんに自己紹介と、これまでに辿って来た人生を掻い摘んで話して欲しい。どんなに下らない人生でも、他人の人生を覗き見るのは実に興味深い事だ」
「話したくない事は、もちろん話さなくてもいいのよね?」
エレナの向かいに座る眼鏡を掛けた神経質そうな女が確認すると、キアンは薄笑いを浮かべ、ゆっくりとした口調で答えた。
「先ほど交わした契約は、わたしの意向に背く事が出来ないようになっている」
キアンの言葉を聞いて来客者たちは騒めき、意味が分からず戸惑っていた。
「改めて自己紹介しておこう。わたしの名はキアン・デ・キリコ。誇り高き魔族の生き残りだ。皆さんのように、この館に迷い込んだ人間の魂を戴いて生きながらえてきた。魂を戴く前に、どんな人生を辿って来たのか聞かせてもらうのがとても愉しみなのだよ」
凍えるような肌寒い空気に耐え切れず、悪人顔の男が席を立ち出口に向かい逃げ出そうとした。しかしキアンが「止まれ」と呟くと、男の体が急停止した。
「黙って席に戻るのだ。わたしもそこまで非情ではない。今夜は皆さんのお話を聞いた後、二階の客室でゆっくりと休んでもらいたい。もちろんこの館から誰一人出すわけにはいかないが」
悪人顔の男が抵抗出来ずに席に着くと、キアンは鋭い目つきでクレアを見つめた。
「君と連れの娘は契約を交わしていない。だが、この館の秘密を知ってしまった。生きて帰すわけにはいかない」
◇
私は椅子の上に立ち上がり、忍ばせておいた細剣でシャンデリアの鎖を切った。落下した燭台に濡れた雨合羽を被せると、ダイニングルームが暗闇に包まれた。
「済んだわ」
エレナの短い言葉を聞き、私はランプを灯した。キアンとイードの頭が俯せになって床に転がっていた。二人の首の切断面から溢れ出した血液が肩を伝って足下に流れ、血溜まりが出来ていた。
「今のうちだ! さっさと逃げるぞ!」
悪人顔の男が真っ先に出口に向かって走り出した。ガチャガチャと荒っぽくドアノブを回したけど、一向に開く気配がない。
「どういうこった? 鍵が無いのにドアが開かないぞ!」
私はランプをテーブルに置いて、隅にあるドアのノブを回した。ドアが開き、火のついた暖炉が見えた。
「隣りの部屋と繋がっていたようね。側に死体があると気分が悪いから、私とエレナは移動するわ。あなたたちはどうする?」
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モリガンはズレた眼鏡を元に戻して立ち上がった。目の前で起こった衝撃的な出来事に心の整理が出来なかったが、一刻も早く明るい部屋に行きたかった。
結局、館の持ち主キアンとイードの斬首死体をダイニングルームに残して、来客者の六人、全員が隣りの居間に移動した。
そもそもこの寂れた集落を訪れたのは、ここ最近増え始めた行方不明者たちの足取りを追う中での事だった。地道な聞き取りを行った結果、ほぼ全員がこの集落を経由して次の町へ行くと言い残していた事が分かった。
行方不明者たちが消息を絶った原因が、魔族に唆されて魂を抜かれていた? そんな話が本当だとしても、一体誰が信じるだろうか。
しかしこの館は不気味で何かがおかしいのは肌感覚で分かる。捜査の仕事は一先ず後回しにして、一刻も早く脱出する事を考えないといけない。命あっての物種だ。
もう一つの懸念もあった。悪人顔の男。あの男には見覚えがあった。いたる所で強盗や殺人を繰り返す【ごろつきのオスカー】に間違いなかった。
一体誰を信用したらいいのだろう。モリガンは来客者たちを注意深く観察して、大きく溜め息をついた。人間の内面なんて、外見からは分かるはずないのに。




