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第5話 キェルトの伝授書

    ◎

 大司教(だいしきょう)アドネルは、中央教会の中にいた。殺人鬼が一度(ひとたび)侵入すれば、どこにいようが同じ事。安全は物理的に頑丈(がんじょう)で警備の(かた)い、中央教会の内部が一番だった。避難用の馬車には()(だま)を乗せ走らせていた。


「殺人鬼エレナを見つけた。袋小路に追い詰めたようだ」

エレナたちを取り囲んでいる刺客部隊から連絡を受けたカールが報告した。

「誰の部隊ですかな?」

アドネルは安堵(あんど)の息を吐いて(たず)ねた。


「もちろんゴーツだ。一早(いちはや)く情報をつかんでいたのは俺だからな。(あと)はいつも通り粛々(しゅくしゅくと)と仕事を片付ける。お前は与えられた役回(やくまわ)りを(こな)せ」

カールは足早(あしばや)に執務室を去り、ゴーツのもとへと戻った。カールの(くつ)には野草(やそう)(から)み付いていた。


    ▽

 猫たちの情報をまとめた結果、アドネルは中央教会から出ていない事がわかった。教会から町の外に出た馬車は一台だけ。そこにアドネルの(にお)いのする人物は乗っていなかったし、いつも同じ場所でアドネルを見かける猫が、今日は一度も姿を現さなかったと言った。

 白猫(しろねこ)は激しい雨に打たれながらも情報を一刻も早く伝えるため、暗闇の中を駆け抜けた。


    ◇

 豪雨と(やみ)がエレナを後押(あとお)しする。刺客の集中力が途切れる(すき)を狙い、エレナの()()まされた知覚が反応し、長尺の剣を生き物のように振るった。近づく者は例外なく切り()かれ、串刺(くしざ)しにされ、周囲が血の色に染まった。


「フフ、ハハッ、ははは」

エレナは返り血を()びながら、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべた。

「化け物め! 火あぶりにしてやる」

刺客たちは距離を取って松明(たいまつ)に火をつけ始めた。


「エレナ、眼鏡をかけて!」

私は急いでエレナの両目を隠した。


「ここからは私の番ね」

大量の油をつけた松明が一斉に投げつけられた。強烈な熱と光が私とエレナを取り囲んだ。

 エレナは私の背に隠れ、強くしがみついた。


「*バルクメス*キナーレ***」


私が呪文を唱えると、刺客たちの体がみるみる(くさ)っていく。土砂降りの雨に打たれ、数十人いた残党が白骨死体となって残された。松明の炎は消え、白い煙が(くすぶ)っていた。


 白猫を()いた男は集めた情報を私に話した。

「エレナ、まだ動ける?」

エレナは無言で(うなず)いた。


「中央教会へ行くわ。あなたはどうする?」

見届(みとど)けさせてもらってもいいか?」

男は(ふる)える白猫を胸の中で(あたた)めながら言った。


 宿で手に入れた予備の服に着替え、私たちは中央教会へ足を運んだ。雨は小降りになり、雲の切れ間から(ほの)かな月明かりが()していた。教会周辺は張り()めた空気に(おお)われ、門の前には武装した(いか)つい衛兵たちが(にら)みを()かせていた。


「*メルスキーナル*カナルーク***」

呪文を唱えると、衛兵の動きが止まる。エレナがギュッと私の腕をつかんだ。白猫を抱いた男はギョッとした表情を浮かべた。


 背の高い観音開(かんのんびら)きの扉を開けると、荘厳(そうごん)で広大な礼拝堂が目の前に広がっていた。

「ここに用はないわ。アドネルはこっちよ」

私は司教の付き人に(から)まった野草(やそう)の痕跡を(たよ)りに、執務室へ(つな)がる(せま)い廊下を進んだ。


 執務室の扉を開けると、四人の司教らしき男たちがいた。

「だ、誰だ、お前たちは!」

ノックもせず唐突に入って来た私たちに、四人とも()()るように驚いた。


「アドネルに会いに来たの。あなたたちに用はないわ」

大司教(だいしきょう)様は外遊(がいゆう)されている。不在(ふざい)だ!」

聞き覚えのある声の司教が杖の先を突きつけて言った。


「*メルスキーナル*カナルーク***」

私が呪文を唱えると、エレナが両耳を(ふさ)いだ。 執務室の奥に堅牢(けんろう)な扉があり、その前で、屈強(くっきょう)な衛兵が睨みを利かせたまま(かた)まっていた。

 私は衛兵を押し退()けて扉を開けた。


「だ、誰だお前は!」

再三かけられる台詞(セリフ)にうんざりした私は、()めた口調で答えた。

「用が済んだら大人(おとな)しく帰るわ。私はアドネルに用があるの」


「わしに何か用か?」

初老の男が、私とエレナを交互に見ながら言った。(そば)にいた付き人は、(するど)い目の動きで状況を分析している。


「後ろの本棚にある【キェルト】の伝授書が欲しいの。渡してくれたらすぐに出ていくわ」

私が言うと、アドネルは本棚を探したが、どんな本かも(わか)らないようだ。


「*バルクメス*ステート***」


私が呪文を唱えると、(そば)にいた付き人が立ったまま静止した。ドンと音を鳴らして床を()みつけると、付き人の体が(くず)れ、砂の山が出来た。


伝授書(でんじゅしょ)はここにあるわ」

私は付き人が着ていた服をどけ、砂の中から(てのひら)に収まるくらいの本を取り出した。


「あなたにはウィッチの血が流れていない。無用(むよう)長物(ちょうぶつ)よ」

腰が抜け、狼狽(うろた)えるアドネルに私は言った。


    ○

 宿の主人は意識を取り戻した。さっき血塗(ちまみ)れの客が来たはずだが、目の前には誰もいなかった。念のために客室を(のぞ)くと、ベッドの上に血塗(ちまみ)れの白い服、そして小さな囚人服(しゅうじんふく)()ぎ捨てられていた。

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