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第4話 刺客

    ◎

 ソマリナから南西に(くだ)った隣町、セントラルに中央教会があった。ソマリナ教区の司教ゴーツは馬車を降り、付き人のカールとともに大司教のもとへ向かった。教会視察の様子と集金状況の報告を(おこな)うためだ。だが、向かう途中の廊下で、他教区の三人の司教に呼び止められた。


「遅かったな! 待ちくたびれたぞ」

三人の司教たちは矢継(やつ)(ばや)に責め立てた。


「一体どうしたんだ? とにかく事情を聞こう」

 ゴーツは三人から、殺人鬼の侵入とそれにともなうソマリナの封鎖(ふうさ)、殺人鬼の指名手配と暗殺指令、大司教の避難(逃避とも言えるが)の報告を受けた。我々を信用しているのか、いないのか、大司教自身の具体的な居場所は知らされていない。新たな指示を出す時は人伝(ひとづて)に連絡するとの事だ。


「それで殺人鬼の情報は手に入ったのか?」

ゴーツが(たず)ねると、すでに手配書が(くば)られていて、待っていたとばかりに司教の一人が差し出した。


「殺人鬼の名前はエレナ。年齢はあと半年で十五歳だ。過去に真夜中に徘徊(はいかい)して、出会い(がしら)誰彼(だれかれ)構わず笑いながら殺しまくったらしいぞ」

司教の一人が司教杖(しきょうづえ)をナイフに見立て、メッタ刺しにするようなジェスチャーをして話した。


 ゴーツは似顔絵の(むすめ)をどこかで見たような気がしたが、すぐに意識から消えた。四人の司教たちは丸投げされたこの状況を、自分の出世にどうつなげようかと考えていた。

 とにかく殺人鬼エレナを見つけて殺す。そして手柄(てがら)を自分のものにする。勝負の舞台はゴーツに()があるが、残る三人の司教は刺客部隊を一足(ひとあし)先にソマリナに潜入(せんにゅう)させていた。ゴーツは付き人のカールに、急いでエレナ暗殺の指示を出した。


    ◇

 日が(かたむ)いてきた。私たちは検問を魔法で(かわ)し、人目(ひとめ)()けながら、中央教会の近くまで来ていた。裏通りの建物の隙間(すきま)に身を(ひそ)め、空を見上げた。私が力を発揮出来る時間は少ない。危険が迫ったら、エレナはまだ戦力外。もちろん白猫を抱いた男に期待出来るはずもなかった。


「手っ取り早くアドネルの足取(あしど)りをつかまないと面倒な事になりそうね……」

私はため息をついた。

「俺に(まか)せてくれないか?」

白猫(しろねこ)()いた男がニヤリと笑って言った。


「どういう事?」

「俺は猫になって知ったんだ。野良猫(のらねこ)たちは、人間以上に情報通(じょうほうつう)だって事をな」


「*レスティトイ*ナムジーク***」

私が呪文を唱えると、目の前の男が消え、白猫だけが残った。白猫は一言(ひとこと)ニャアと鳴いて走り去った。

 夕闇が(せま)っていた。魔法は使えなくなるけど、(やみ)は身を隠すには都合がいい。白猫がアドネルの情報を持ち帰るまで、敵に見つからないようにやり過ごす。私は周囲を警戒しながらエレナに目を向けた。


「エレナ、そろそろ目を開けても大丈夫よ。いざとなったら敵から逃げないといけない。走る準備は出来てる?」

「成るようになるしかないじゃない」

ひねくれた表情でエレナは言った。


    ▽

 白猫(しろねこ)は教会周辺を駆け巡り、出会う猫(すべ)てにアドネルの特徴を伝え、捜索(そうさく)を依頼した。報酬(ほうしゅう)のエサはクレアに約束させたので、何とかなるだろう。


 白猫は落ちぶれる以前の、平穏(へいおん)だった頃の記憶を思い起こしていた。幸せだった家族の崩壊は、ある修道女(しゅうどうじょ)の訪問が発端(ほったん)だった。彼女は妻に、何か心に秘めている(なや)みはないかと尋ねた。我が家は大金持ちではなかったが、そこそこ良い暮らしをしていたので、妻は今の生活にとても満足していると笑っていた。


 しかし修道女が訪問の数を増やすにつれ、妻の態度が徐々に変わっていった。子供の病気、夫の不貞(ふてい)の疑惑、世の中の悪――。修道女は全ての元凶(げんきょう)が、妻の前世の(つみ)にあると()いた。救われるためには、()(あらた)め、神のために奉仕(ほうし)し、(いの)りを(ささ)げ、そして継続的な御布施(おふせ)をする事。

 妻は(またた)く間に敬虔(けいけん)な信者となり、子供とともに教会へ(かよ)い、家を()けるようになった。気づいた時には、妻も子も金も家も――白猫は全てを(うしな)っていた。


    ◆

 (やみ)が訪れた。昼間の灼熱(しゃくねつ)(うそ)のように、厚い雲が月光(つきあかり)(おお)い、周囲の視界を隠していた。

ぽつりぽつりと()り始めた雨が、少しずつ地面を()らし始める。


 あたしとクレアは、何とか追手(おって)(かわ)してきたけど、もうすぐ年貢(ねんぐ)(おさ)め時。袋小路に追い()められ、武装した集団に取り囲まれていた。

 背にした冷たい壁が、あたしに絶望感を与える。様々な武器を持った男たちが、じわじわと距離を詰めていた。


「エレナ、出来る事をやるしかないわ。武器は長いのと短いの、どっちが(この)み?」

クレアはゆっくりと息を吐いて、あたしに言った。


「長いほう……」

土砂降りの雨が、周囲の視界と音をかき消した。

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