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第2話 白猫

    ◇

 まばゆい太陽が私を後押しする。エレナといえば、私にすっかり気を(ゆる)したのか、すすんで私の手を(にぎ)ってきた。まだ(おさな)さの残るエレナの顔を見ると、姉の代わりも悪くないと思った。


 閑散(かんさん)とした町並みに人気(ひとけ)はなかった。不意に目の前を野良猫(のらねこ)が横切る。何気(なにげ)なしに目で追うと、薄汚いズボンをはいた男の足に(から)みついていった。

 男はごみ箱を物色(ぶっしょく)しながら、鬱陶(うっとう)しい顔をして野良猫を蹴飛(けと)ばした。鳩尾(みぞおち)をやられた猫は悲鳴を上げ、路上でうずくまった。


 私は痙攣(けいれん)する猫を拾い上げ、男の前に差し出した。

「猫は(いた)めると美味(うま)いと聞いたわ」

「ん?」

男は私と猫を交互に見つめ、ポカンとした顔を私に向けた。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「あんたは誰だ? 見かけない顔だな」

男は好色そうな顔を浮かべて、品定(しなさだ)めするように私を(なが)めた。


「この子と一緒に旅をしているの。アドネルって男に会いたいんだけど、どこにいるか知らない?」

私が問うと、男は神妙(しんみょう)な顔つきをして再びごみ箱を(あさ)り始めた。

「あんな偽善者(ぎぜんしゃ)に会わないほうがいい。あんたらがどんな連中か知らんが、(ひど)い目に()うぞ」


「どういう事?」

エレナが私の背に隠れるようにして、男に(たず)ねた。


「ひひひ、お嬢ちゃんにはちょっと刺激が強いかもな」

男はニヤけた顔を私に向け、見つけ出した残飯を口に入れた。


余計(よけい)な心配はいらないわ。知らないなら、あなたに用はないわ」

「ちょっと待ちな。条件によっちゃあ、話してやってもいいぜ」

男はボサボサの頭を()きむしった。数本の髪の毛と一緒にフケが舞い散った。


「この先の教会で、町の奴らがミサをやってる。そこに俺を()れて行け。見ての通り、俺は薄汚ねぇ世捨(よす)て人だ。いつも恒例(こうれい)()き出しに出入り禁止を食らってる。あんたらの(はか)らいでもし俺が食事にありつけたら、アドネルの居場所を教えてやってもいい」


    ◆

 あたしはクレアと男の会話を聞いて、背筋が(こお)った。炊き出しの準備が出来たら、クレアは手っ取り早く支度(したく)をした人たちを皆殺(みなごろ)しにするかも知れない。日差しが強いのは、このうだるような暑さから想像出来る。有り(あま)った魔力の()け口として、大虐殺(だいぎゃくさつ)をするかも知れない。


「クレア……」

「何? エレナ」

「お願いだから無茶はやめてよ。こんな男のために魔法なんて使う事ないわ」


「ふふっ、エレナ。私はそんなに非情じゃないわ。無駄な事はしない主義よ」

クレアはあたしの頬を(やさ)しく撫でながら言った。その優しさが、かえって怖くなった。

「そ、それじゃあどうする気?」

あたしが問うと、クレアは呪文を唱えだした。


「*レスティトイ*ナムジーク***」


「やめて! 何をしたの? どうしたの?」

あたしは思わず耳を(ふさ)いだ。


「ふふっ。さあ、エレナ。あなたにあげるわ。しっかり(つか)まえておくのよ」

クレアはそう言うと、あったかい毛むくじゃらの生き物をあたしに(あず)けた。

(ねこ)? まさか、クレア……」


「目が見えないのが残念ね。ちょっと(きたな)いけど、白くて可愛い仔猫(こねこ)ちゃんよ」


    ◇

 教会に近づくにつれ、(あた)りが(にぎ)やかになってきた。町の女たちは(せわ)しなく食事の支度(したく)をしている。男たちは日よけのテントを手分けして組み立てていた。


 私はエレナが抱いた仔猫(こねこ)に言った。

「準備が出来たら、好きなだけ食べさせてあげるわ。それまで大人(おとな)しくしているのよ」

仔猫は(すが)りつくような眼差(まなざ)しで私を見つめた。


「ねえ、ちょっとあれを見て。なんて綺麗な()なの!」

私たちに気づいた女が、支度の手を止めて言った。連鎖(れんさ)するように、周りの人間が私たちに注目し騒ぎ出した。エレナは震えながら、私の手を強く握りしめた。

「大丈夫よ。あなたは黒眼鏡(くろめがね)をかけてる。万が一正体がバレたら、皆殺しにしてやるわ」

 エレナは、私の背中に強く顔を押し当てた。


「私は目の見えないこの子と旅をしているんです。もしよろしければ、この子に食事を(めぐ)んでいただけないでしょうか? 少しで(かま)いませんから」

私は悲痛な表情を作り、一番人の良さそうな女に声を掛けた。


「ええ、構いませんとも! あなたも、その仔猫(こねこ)ちゃんも一緒に、遠慮なく召し上がれ。みんな、いいわね。私は許可(きょか)するわ!」

女は大仰(おおぎょう)な動作で周囲に呼びかけた。一同は好意的な眼差(まなざ)しを私たちに向け、笑顔を浮かべて賛同(さんどう)した。


    ◆

「美人は(とく)ね。誰もあたしなんかに見向(みむ)きもしない」

あたしは軽い嫉妬(しっと)を感じながら、薄味のスープを口に(ふく)んだ。手前からチャプチャプと猫の舌音(したおと)が聞こえた。


「エレナ。あなたはとても可愛いわ。みんなに眼鏡を取ったあなたを見せてあげたいくらいよ」

クレアはそう言いながら、細い指であたしの髪を()いた。


「さあ、約束よ。アドネルがどこにいるのか、何をしているのか(さぐ)って来なさい。いい情報を手に入れて来たら、(もと)の姿に戻してあげるわ」

クレアは独り言のように(つぶや)いた。猫は一言(ひとこと)、ニャアと返事をして、走り去る音が聞こえた。

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