第20話 対面
*
つかの間の休憩を挟み、わたしたちはデロスが目敏く見つけ出すクレアとエレナの残した痕跡を辿りながら北上した。日が傾くにつれ、霧で周囲が霞みがかってきた。デロスが足を止め、振り向いて言った。
「霧が晴れるまで体力を温存しよう。このまま進むと方向感覚が狂って今までの努力が無駄になるからな」
霧は瞬く間に濃密に広がり、わたしたちの周囲を覆い隠した。
「警戒を怠るなよ。魔物たちはこの霧と闇を生かして襲って来る。シーナは武器を持って、いつでも逃げる用意をしておけ。俺とフーケットは交代で休息を取ろう。日が暮れると危険が増すから、先に見張りを頼めるか?」
デロスがフーケットに視線を合わせ腰を下ろした。フーケットは無言で頷き、剣を支えにして木の幹にもたれた。
わたしは懐刀を腰に装着し、すぐに使えるように準備した。そして夕飯用に用意した堅い干し肉を齧り、水で喉を潤した後、見張りをフーケットに任せて無理矢理眠りについた。
◇
目を覚ますと、エレナが私の前に座って林檎を齧っていた。手には剝き出しの刀を持ち、暗闇の木々をぼんやりと眺めていた。
「ずっと見張っててくれたの? ありがとう」
私が礼を言うと、エレナは振り向きもせず、ぼそりと言った。
「あんたがダメになると困るから」
「十分休めたわ。エレナは疲れてない?」
「大丈夫よ。魔物が来なくて物足りないくらいだわ」
エレナは刀を鞘に仕舞って、林檎の芯を捨てた。霧は薄くなっていた。
「シーナ、逃げろ!」
突然背後から野太い叫び声が聞こえた。遅れて複数の魔物の咆哮が続く。
「どうやら人が魔物に襲われているようね」
エレナは興味を引かれたように、私の背後に目を向けた。
「追手かも知れないわ。どうしたいの?」
私が問うと、エレナはフフフと静かに笑って言った。
「もちろん殺ってやるわ。向かって来る奴は人も魔物も一緒よ」
声の聞こえた場所へ向かうと、二体の巨大なクマのような魔物が、長めの剣を持った女兵士と大きめの鉈を持った中年兵士を一方的に襲っていた。目を凝らすと、少し離れた木の幹に短刀を持った女が身を隠していた。
「クレアは手を出さないでね。あたしの獲物なんだから」
「わかったわ。でも危なくなったら、あなたを助けるわよ」
私はため息をつきながらも、木の幹に隠れている女の動向に意識を向けた。
*
「シーナ、逃げろ!」
デロスの叫び声でわたしは目覚めた。一瞬気が動転して真っ白になりかけたけど、鉈を持ったデロスの前に立ちはだかる二体の巨大な魔物を見て全てを悟った。
わたしは懐刀を鞘から抜き、素早く後ずさりして後ろの木の幹に隠れた。フーケットは長い剣を携えて、デロスの傍に並んだ。
見上げるほど背丈のあるクマのような魔物は鋭い爪が並んだ手を大きく振り上げ、デロスとフーケットに襲い掛かった。魔物は人と違って攻撃の間合いなどは無く、二体が同時に強力な攻撃を止めどなく加えた。
デロスとフーケットは鉈と剣で必死に防御するが、刃は鋭い爪に弾かれ防戦一方だった。徐々に鉈と剣の動きが鈍くなり、とうとう二人とも武器を弾き飛ばされてしまった。わたしはその光景をじっと見つめたまま動く事が出来なかった。恐怖でしばらく息をするのを忘れるほどだった。
魔物が腕を振り下ろし、鋭い爪でデロスの全身を引き裂いた。デロスは呻き声もあげずに、赤い爪痕を残して仰向けに倒れた。フーケットは腰を抜かして、二体の魔物を見つめたまま狼狽えていた。
二体の魔物がフーケットに飛び掛かろうとした時、突然魔物の上半身が斜めにずれた。わたしは一瞬自分の目を疑った。残された魔物の胴体から血が噴き出していた。
二体の魔物の下半身を蹴倒して後ろから出て来たのは、薄い金髪をお下げにした少女だった。手には玩具のような刀を持っていた。少女は怯えるフーケットに血塗れの刃先を向けて言った。
「あんたはあたしに向かって来る?」
フーケットは目を見開いたまま、首を横に振っていた。
わたしが息を潜めて見ていると、少女の後ろから、すらりとした黒髪の若い女が歩いて来た。倒れたデロスの体に触れ、息を吐いた。
「この男は手遅れね。あなたは私たちの追手なの? 正直に答えないと、死ぬわ」
黒髪の女は冷たい表情で言った。
「そ、その通りだ。だが命を救われた。もはや捕まえる気力は無いし、張り合える気もしない」
フーケットは虚ろな目でデロスを眺めながら言った。
わたしは気持ちを落ち着かせ、クレアとエレナと思しき二人に近づいて行った。
二人は驚いた様子も無く、わたしを眺めた。
「あなたがシーナね。黒幕の妹の」
「フーケットから聞いたのね。そう。あんたが殺した黒幕カールの妹、シーナよ」
わたしは吸い込まれるような漆黒の瞳をした女に向かって言った。なぜか怒りは感じなかった。
「私はクレア。この娘はエレナ。私はあなたのお兄さんを砂に変えて【キェルト】の伝授書を奪った。復讐をするつもりなら相手になるわ」
クレアは長い黒髪を後ろで括った。




