第12話 ロゼルティの伝授書
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私は輪廻転生を繰り返し、心と体を痛めつけられボロボロになっていた。試練は延々と続き、いつ終わるのか見当もつかなかった。
自分以外の人や物、全てを蔑ろにして来た罰が当たったのかも知れない。私は何度も訪れる自死への誘惑を振り払って、試練に耐えていた。
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動くと隙を突かれる。でもじっとしていると何をされるか分からない。老婆の挙動に集中したまま動きが止まる。次に息を吸う間合いで何かを仕掛けて来ると思った。
あたしは山を張って、柄を逆手に持ち変えた。息を吸った瞬間に、目の前の老婆が姿を消す。あたしは誰もいない背後に刀を突き刺した。
「なっ! 中々やるねぇ。危うく串刺しになるところだったよ。チッ」
老婆は舌打ちをして後ろに下がった。黒いローブに穴が空き、地面に破れた小さな本が落ちていた。
「貴重な伝授書を一つダメにしちまった。まぁ命あっての物種だ。それに……その鞄の中の物を戴けば、帳消しどころか余生の楽しみがまだまだ続くからねぇ」
老婆は杖をかざし呪文を唱えた。
「*トープスク*テンキスト***」
あたしの体が固まった。意識はあるのに体が言う事を聞かない。
「クックック。意識はそのままで体の動きをとことん鈍くする魔法だよ。あんたには少しお灸を据えないとねぇ」
老婆は一瞬であたしの目の前に移動し、指を一本ずつ広げて刀を奪った。そしてニヤリと笑ってクレアの鞄の中を覗いた。
「ほほう。あの小娘、たくさん集めたねぇ。一体今までに何人殺して来たのかねぇ?」
老婆はあたしをぎろりと睨みつけ、脇腹に刀を突き刺した。息を止めて痛みを我慢したけど、熱さ寒さ痛みが同時に襲って、訳が分からないまま力が抜けていく。あたしの体から真っ赤な血が脈に合わせてどくどくと流れ出していた。
「魔力の効果が切れるまで生きていればいいけどねぇ。明日の朝まで持つかねぇ」
「そこまでよ!」
背後からクレアの声が聞こえた。
◇
唐突に目の前の景色が変わった。試練が終わった? 私は奥の扉を開けたまま、ずっと幻影を見ていたようだ。エレナの鳥打帽に仕掛けていた魔法が、森の一部始終を私に伝えた。
部屋からランプを奪い、切り株から結界を出た私は、鞄ごとエレナを奪い取った。傷口を押さえ、急いで呪文を唱えた。
「*キェルト*ネフローム***」
傷口は塞がったけど、失った血が回復するまでしばらく時間がかかる。私はエレナにアイマスクをつけ、地面に寝かせた。
「ゆっくり休んでいて。鞄を守ってくれてありがとう」
「結果的にね」
エレナは正直に呟いた。
「チッ、破れたのが【自虐の沼】だったとは。ツイてないねぇ」
老婆は悔しそうに私を見つめた。
「約束よ。どんな形であれ、試練を乗り越えたわ。【ロゼルティ】の伝授書を渡しなさい」
「嫌だと言ったら?」
老婆は杖を構え、薄笑いを浮かべて言った。
「*メルスキーナル*カナルーク***」
私が呪文を唱えると、時が止まったように老婆の動きが固まった。
私は側に落ちていた【自虐の沼】の伝授書を拾った。
「*キェルト*マトロン***」
呪文を唱えると、破れたページと背表紙が元に戻った。
「紙も元は植物。表面的な傷なら元に戻す事が出来る。あなたにはエレナを傷つけた罪を償ってもらうわ。【自虐の沼】の試練を受けてね」
私は伝授書を走り読みした後、老婆に手をかざし呪文を唱えた。
「フッ、失敗する事を祈ってるよ」
老婆の懐を探ると、伝授書が三冊出て来た。どんな伝授書か分からないが、おいおい調べていこうと思う。
「もう少し休んでいて。私は切り株の中の部屋から老婆が集めた残りの伝授書を掻き集めて来るわ」
私は四角い鞄から水と林檎を取り出し、エレナに渡した。
「あんた、ほんとに血も涙も無いわね。流した事あるの?」
エレナは林檎を頬張りながら、呆れたような口調で言った。
私は【自虐の沼】の中で嫌というほど血も涙も流したけど、エレナには黙っておいた。
老婆の部屋には十数冊の伝授書が保管されていた。私はまとめて風呂敷に包み、切り株から森に戻った。
「結局【ロゼルティ】って一体、どんな魔法なの?」
元気を取り戻したエレナが旅支度を終え、私の手を握って尋ねた。少し重くなった四角い鞄を引きずりながら、私は答えた。
「髪の毛が早く伸びる魔法よ」