プロローグ
◆
この牢獄に閉じ込められてから、かれこれ二年になる。あと半年で十五歳。それがあたしの……。
『未成年エレナは、生かしておけば極めて危険な存在である。特例により極刑を許可する。執行に関しては、遺憾ながら成人を待たねばならない』
嗄れた裁判官の宣告が耳元で響いた。あたしはこの薄汚い独房に閉じ込められ、暗闇の二年間を過ごしてきた。冷たい床は、歳月分の埃が一面に積もってる。
光といえば、エサ窓から漏れる仄かな光だけ。壁は相当分厚いのか、物音一つ聞こえない。
あと半年でこの地獄から解放される。でも、それはあたしの最期の日。もう殺せない。あの震え立つような心地いい感覚を思い出すたび、正気を取り戻すことが出来る。
あたしがグサリと突き刺すと、獲物は苦痛に顔を歪めながら反応する。傷口から飛び出した熱い鮮血が、あたしの指先に絡みつく。いい匂い。獲物の声と温かい血の感覚が、あたしの体をじんと熱くする。ジンと……。
「エレナ……」
エサ窓から聞こえたその声を聞き、あたしは飛び起きた。
「誰? 誰なの!」
思わず叫んでいた。人の声なんて二度と聞けないと思ってた。
「さあ、誰かしら。言ったところで、あなたには分からないでしょう」
透き通った響きのよい声が囁いた。
「ここから出してあげるわ。あなたが必要なの」
「……あたしが必要?」
「ええ。でも、その前にこれをかけるのよ」
エサ窓がゆっくりと開き、眩しいほどの、白くて細い指先が見えた。手には暗闇に溶け込んだ真っ黒い眼鏡が握られていた。
「何よこれ、どういう事?」
「あなたの目はもう光を受けつけないわ。目を開けて行動出来るのは、暗闇の中だけよ」
「…………」
「眼鏡をかけて出るのよ。いいわね」
視界は真っ暗だった。突然訪れた夢のような出来事。何がなんだか訳がわからない。
あたしは、ただ強く握りしめられた手に引きずられるように独房を抜け出した。
「痛い、もう歩けない!」
長い間独房生活を続けていたあたしは、体中の筋肉が収縮しているようだった。突き刺すような激痛が、脹脛を襲った。
「殺人鬼の吐く言葉じゃないわね」
足早に進む声の主は僅かに笑い、冷めた口調であたしに言った。
……血の臭いがする。今まで痛さで気づかなかった。視覚が遮断されているから、より一層臭いに敏感になっているのかも知れない。足元から鼻の先まで、体中にまとわりつくような悪臭。かつて嗅いだ、うっとりするようなものじゃない。明らかに異質の、吐き気を催すような腐乱臭だった。
「さすがのあなたも、この臭いはお気に召さないようね。もうしばらくの辛抱よ。すぐに外に出られるわ」
軋んだ扉の音が聞こえ、生温い外気が吹き抜けた。あたしの手を引く力が、ようやく解き放たれた。
「エレナ。外はもう真夜中。眼鏡を外しても構わないわ」
あたしの肩に手を当て、声の主は囁くように言った。恐る恐る眼鏡を外して、強張った瞼をゆっくりと開いた。