婚約者に婚約破棄してやると啖呵を切った。すると、おや?婚約者のようすが……?
ここしばらく、わたくしの婚約者は様子がおかしかった。とある男爵令嬢とかなり親しくしているらしいとは、聞いていた。知りたくなくともそういう噂は耳に入ってくるものだ。でも、ただのクラスメイトだと婚約者は言っていたし、気にしていなかった。
今、この瞬間までは。
仲良く庭園のガゼボでティータイムを楽しむ男女。仲睦まじい恋人にしか見えない。普段のわたくしならば、微笑ましいと思って邪魔にならぬようそっと退散したことだろう。
しかし、男女の片方はわたくしの婚約者だった。無視するわけにはいかない。戸惑っていると会話が聞こえてきた。
「え、やだー!エリザベート様って性格キツイんですねぇ!」
「ああ……。困っているんだよ」
プツン、と何かが切れる音がした。気がつけば、婚約者に全力で平手打ちをしていた。
「陰口を叩く卑怯者に言われたくありませんわ!そんなにわたくしがお嫌いでしたら婚約破棄でもしたらよろしいではありませんの!!いいえ、むしろわたくしから破棄してさしあげますわ!!」
そして、家に帰宅した。何も話したくない。しんどい。婚約者とわたくしは、なんやかんやでいい関係を築けていたと思っていたのに。もうやだ。全部やだ。
わたくしは泣きつかれて眠ってしまった。
そして、何やら騒がしくて目が覚めた。
「あ、お嬢様」
「……なんの騒ぎですの?」
はしたないと思いながらもあくびをしつつ専属メイドのマリアに話しかけた。
「元婚約者様が門で一晩中お嬢様に会わせてくれと泣き喚いておりまして。騎士様を要請したのですが、何故か王太子殿下までいらしてしまいまして、旦那様がかれこれ三時間ほどお嬢様には会わせないとお怒りです」
「ひぇ……ししし支度!全速力で支度するわよ!」
「かしこまりました」
急いでって言ったのに、うちの専属メイドは大変ゆっくり支度しおった。いやもう、化粧とか適当でい……いや、はい。オネガイシマス(ものすごい睨まれて負けた)
これから夜会かというぐらいにめかしこまれ、一時間後に応接室に到着した。これでも急かしたのだ。ドレスアップはいらないと思うんですけどね?
「お父様」
「エリー!入ってくるんじゃない!!この馬鹿に見せるなんて勿体ない!お前の価値が下がる!!」
お父様、たいへんお怒りですわ。
「問題ありませんわ、仮面をつけておりますもの」
泣きはらしたので化粧だけではカバーできず、苦肉の策で用意した仮面がまさかのグッジョブですわ!
「むむ……」
「それに、ずっと怒鳴り声が聞こえていてうるさいんですの。ほら、わたくしに会えたのですから帰りなさい」
「僕が悪かった!というかそもそも、僕は君の苛烈な性格が世界一好きなんだ愛してる!!君と結婚できないなら、君の手で去勢してくれ!!去勢してくれれば僕は神父になってこの罪をずっと悔いて生きていくからあああああ!うわあああああああん!!」
昨日のわたくしより激しく泣いているわ。さっきは気が付かなかったけど、もはや泣きすぎて美形台無し。氷の貴公子はどこに?え?これ本当にわたくしの婚約者??もっとこう、クールな人でしたわよね??
「ええと……お、落ち着いて?」
これ、どういうことですの?とりあえずドレスに縋りつくのはやめてほしい。
「エリー……君のきつめな言動も好きだけど、少しわかりにくい優しさも大好きだ!捨てないで!!婚約破棄しないで!なんでもする!僕、死ねと言われれば今すぐ死ぬから!!」
「なんでもするなら、今すぐ落ち着きなさい!!」
思わずわたくしまで怒鳴ってしまいましたわ。
「いやその、本当に申し訳ない。アルフレッドは私の依頼で極秘任務にあたっていただけなんだ。君から心変わりした演技をしていただけなのだ」
「だから嫌だってあんなに言ったじゃないですか!お金を稼げてもエリーに嫌われたら意味がないんですよ!嫌だって言ったのに王太子命令だとかエリーにも迷惑がかかるとか言って!確かにあの女、エリーの悪評バラ撒いてやがって許せないけどぉぉ!!それでもエリーに嫌われたら生きていけないのに!殺して!もう生きていたくないから、責任取って殺してくださいいいいいいい!!」
ご乱心。さっきからずっと泣き叫んでますわ。
うちの元婚約者、愛が重すぎますわ。嫌われたからって死なないでくれません?自殺でないところがまた……さては王太子殿下への仕返しですわね?
「本当にその……申し訳ないが、婚約破棄しないでくれないか。アルフレッドは本気だ。このままだと冗談抜きで出家か死かの二択なんだ」
とりあえず、婚約者が浮気していないのは理解した。婚約破棄したら本当にその二択しかないのも理解した。わたくしにもわかる。アルは本気だ。
「……アル、そんなにわたくしが好きなの?」
「好き!」
「わたくしが婚約破棄したら死ぬのね?」
「死ぬ!」
「わたくし、アルが死んだら適当な男と結婚するわよ?」
「嫌だああああああ!!それは嫌だああああ!!」
「本気でわたくしが好きなら、わたくしの幸せを願うべきよね?」
「……そう、だね……」
情けない顔だけども、納得したらしい。アルは俯いて、応接室から出ていこうとした。あら?いいのかしら。ポソっと小さな声で呟いた。
「……まあ、わたくしを幸せにする甲斐性がないなら仕方ないわね」
「幸せにする!僕の全てをかけて全力で!なんでもするから結婚して!!」
アルは、またわたくしのドレスにしがみついた。あら、婚約破棄しないでから結婚してになりましたわ。あらあら、仕方のない人ね。
「……考えておくわ」
「エリー!ありがとう!!」
考えておくで、ここまで喜ぶのね。悪くはないわ。
「ところで、アルの性格が全然違うのですが……」
「アルフレッドは元来こんな感じで何度も何度も頭を下げてエリーの婚約者を勝ち取ったのだ。それなのにエリーを悲しませるとはけしからん!」
「お父様……」
なんで知ってますの?わたくし、何も話しておりませんわよ?
「私がチクりました!あと、お嬢様が好きな小説のヒーローを演じてたみたいですよ!少しでもお嬢様に好かれたかったみたいですけど、見事に空回ってますよね!」
「……マリア?」
「だってだって!うちのお嬢様を泣かせるやつなんて、婚約破棄されたらいいんですぅ!」
謎は全て解けた。好きな小説ってあれか。とりあえず、これだけは言っておかねばなるまい。
「アル……わたくし……別に好きな小説のヒーローが現実の理想の殿方ではありませんの」
「!??」
「わたくし、どちらかというとクールな貴公子よりもお父様みたいにわたくしをデロデロに甘やかす殿方が好みよ。顔が良ければなおいいわ。アルの顔って素敵よね。好みだわ」
「わかった!全力で甘やかすんだね!!」
わたくしは大変な失敗をした。この日から、アルはとてつもない変化をすることになる。アルの暴走を止めなくてはならず必死に走り回る羽目になるのだが……それはまた別の話。
ちなみに「ああ……。困っているんだよ」の中身は
「ああ……(そんなところもかわいいよね)。(可愛すぎて)困っているんだよ」という意味でした(笑)