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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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3




「ずっと隠してきたのですから、もうはっきりと理由を言ってしまえばいいではないですか」

「アブディエル。お前は黙っていろ。そもそもお前は、ここに何しに来たんだ」

「ルシファーを再び裁く為ですよ」

「既に堕天していると言うのに、何を罪に問うと言うんだ」

「その方は、謀反とは別のとある大罪を隠蔽していたんですよ」

「何……!?」


 悠仁もミカエルも、衝撃的発言に耳を疑う。ルシファーの罪は統御議会への謀反、ひいては神に対する裏切りだけではないと言うアブディエルが、ミカエルの思惑を邪魔する為のはったりとしか考えられなかった。

 二人は恐る恐るルシファーの反応を窺う。二人と視線を合わせずに、ルシファーは言った。


「ミカエル。私は天界に戻れない。戻る資格がないんだ」

「……隠蔽……したのか?」

「昔……統御議会議長だった時に大罪を犯し、それをずっと隠蔽していた」


 驚愕のあまりにミカエルは絶句する。正義と調和の象徴のルシファーの口から隠蔽という言葉を聞き、これは騙されているのだと自分に強制的に思い込ませようとした。

 悠仁も驚き困惑する。正しい道を歩んでいたルシファーが、隠蔽する程の罪を犯したなど素直に信じられる訳がない。絶対、自分たちを諦めさせようとするアブディエルの嘘だ、そうに決まっていると思い、アブディエルを問い質す。


「何だよそれ!誰が信じるか!絶対適当なこと言ってるだろ!じゃあ。じゃあさ。隠蔽してた罪が何なのか言ってみろよ!」

「人間の女性と交わったんですよ」


 アブディエルはひと呼吸も間を置かず、容赦なくあっさり答えた。更なる暴露に、悠仁は言葉に詰まる。


「……人間と、って……どういうことだ」

「グリゴリ事件は覚えているな。ルシファーはその時、奴らに紛れて人間の女性と交わったのだ。そうですよね」

「……事実上、裁判で認めたのだから、この場で改めて確認する必要はないだろう」


 ルシファーは明確な肯定はせず、せず、悠仁たちの前で隠蔽していた大罪を明らかにするのを避けようとしていた。

 悠仁は絶対に受け入れられなかった。アブディエルの言うことは、端から信用していない。けれど信頼するルシファーの言葉は、彼の暴露を肯定しているようにしか聞こえない。隠蔽の事実を認めたくないのに、理性が冷静に正しい答えを教えようとしてくるのを必死で反発する。


「……本当に?嘘ですよねルシファー。ルシファーはそんなことしない。きっと何か弱みを握られて言わされてるんだ。罪も隠蔽も絶対嘘だ!」

「嘘ではない。紛れもない事実だ」

「質の悪い嘘を吐くな!それなら証明するものはあるのかよ!」

「それならここに、()()()がある」


 アブディエルが身体を半回転させると、一つ目の証拠だという、連れていたもう一人の姿が薄暗い中に浮かび上がる。


「アスタロト!?」


 アスタロトは状況を把握しているのかいないのか、相変わらずボーッとした面構えで佇んでいる。


「何故アスタロトが一緒にいる。後追い堕天をした筈だぞ!?」

「彼はルシファーの大罪を語る上で、重要な証拠なのですよ」

「……本当なのか。アスタロト」


 ミカエルに問われたアスタロトは答える。


「……オレ、知ってる……間違いない」


 過去と未来に精通する彼がそう言うのであれば、アブディエルの主張もルシファーの肯定も嘘ではないということになる。否が応でも、大罪の隠蔽は真実だと受け止めるしかない。ミカエルは、ルシファーの復帰を半ば諦め始める。


「俺は信じないぞ!」


 しかし悠仁は、生き証人の証言で固めらた事実があっても、認められずに拒絶を続ける。


「ルシファーは独立をしたくて、わざと堕天したんだ。罪を犯したなんて言うのは、天界に戻りたくないから嘘を吐いてるだけだ。それに、アスタロトはお前に言わされてる可能性がある。アスタロト以外の証拠はあるのかよ!ルシファーの力で隠蔽したんなら、証拠なんて出てくる訳がない!」

「証拠なら他にも二つ用意してある」


 往生際の悪い悠仁の主張に、アブディエルはゆとりを持った心で二つ目の証拠を示す。


「二つ目の証拠は、記憶媒体ヤダティ・アサフで、グリゴリ事件当時に人間界にいるルシファーの姿を確認した。どんな力をもってしても、あれの偽装は不可能だ。故に、ルシファーも証拠隠滅の操作はできなかった。だから代わりに、ラジエルに口封じをさせたのですよね?」


 アブディエルの問いかけに、ルシファーは無言で応答した。

 悠仁が出し得る唯一の一手も、さらりと受け流された。どうにか新たな手を考えようにも、予言の天使の言葉以上の一手は何一つ持ち合わせていない。


「……ルシファー。本当に?」


 悠仁は、動揺に揺れる瞳でルシファーに問い質した。しかしルシファーは、何も言わず、首も動かさず、目も合わせてくれない。悠仁が求める答えのひと欠片も見せてはくれない。

 悠仁とミカエルが受け入れられずにいると、アブディエルから唐突な提案が出される。


「まだ信じられないと言うのなら、相応しい場で全てを白日の下に晒しましょう。再審をしようとしているのならば、望み通り私が再審を許可します。行うには十分な証拠の提示が必要ですが……そちらで用意したものでは、望まれる判決に対して恐らく不十分ではないかと思いますが、それでもやりますか?」

「……ああ。構わない」


 大罪隠蔽は事実だと証明され、再審はもはや無意味だ。ルシファーと言えど、人間と交わったのなら罪が軽くなることは不可能だった。けれどミカエルは、せめて過去の判決は覆したいと、正式な場所での公平な判断を求めるべく再審を望んだ。


「だが、今は立て込んでるだろ。簡易的になるのはわかっている」

「確かに簡易的にはなってしまいますが、不正が行われてはなりません。ですので、迅速かつ厳正な審判が下される方法と場所を私がご用意しました」

「裁判所でやるんじゃないのか」


 その口から、とんでもない台詞が飛び出る。


「神に審判を下して頂きましょう」

「神に…だと!?」


 悠仁とミカエルは目を見開いて驚倒する。悠仁にいたっては文字通り倒れそうになって一、二歩下がった。

 裁判は裁判所で行うのが基本だ。罪の重さを自分たちで量り、罰を選定し、罪を犯すということがどういうことなのかを学習させる為に、神が天使たち自身で行わせている。その不変の常識を覆すことを、アブディエルは躊躇うことなく言ってのけた。勿論これまで、神が直接審判を下した例は一度もない。異例中の異例だ。


「……で、でも。神様に裁いてもらうなんて、おこがましくないか。これからの人間界が心配で、それどころじゃないだろうし。手を煩わせるだけだろ」


 神様の仕事なんて想像できないから言っていることは適当だが、悠仁は尻込みしながら意見してみた。


「心配はいらない。既に神に許可は得ている。御前に伺わせて頂くこともな」

「それはつまり……」

「ルシファーの再審は、神の御前であるアラボトで行う」


 それは日本で言えば、裁判所を飛び越えて、天皇陛下や上皇がおられる皇居、しかもその中の正殿の高御座たかみくらの前に赴くようなものだ。ミカエルも困惑した様子だが、目まぐるしい状況の変化に悠仁の思考は緊急停止しそうだった。

 決定権も拒否権もないルシファーは、従うしかない。彼もさぞ困惑しているだろうと思ったが。


「……いいだろう」

「ルシファー!?」

()()()()()()()の所へ行けるのだろう?願ってもないことだ」


 怖じる様子は微塵も見せず、再審を望んでいなかった先程とは打って変わって意欲を見せた。


「ルシファーは快諾されました。お二人も、それで宜しいですか?」


 悠仁は自分ではどうにも判断できないので、それはミカエルに任せようと視線を送る。

 何故、ルシファーが神の元での再審なら受ける気になったのかはわからない。しかしどちらにしろ、ルシファーの気持ちを無視して自分たちのエゴでやろうとしていたので、神なら全てを総合して正しい判決を下してくれる筈だと考え、ミカエルは首を縦に振った。


「わかった。その代わり、ユージンにも証言をする許可をくれ。ユージンはルシファーと付き合いがある人間だ」

「勿論です。元から彼には同席してもらおうと思っていましたので」

「俺を、裁判に……?」

「貴方は、()()()()()()()()()()()()()ですから」


 俺が、ルシファーの罪の……?

 突然ルシファーの大罪と関係があると言われ、悠仁は動揺し不安になる。勿論、関与の心当たりなんてない。グリゴリ事件発生の時期に天界にはいたが、ルシファーに接触したのはその時が初めてだし、何より、現代の人間界に生まれている悠仁が数千年前の罪に関係するのは不可能だ。動揺させる為の虚言としか思えない。

 悠仁は不安から、無意識に左手首のブレスレットに触れた。


「さあ、参りましょう。神がお待ちです」




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