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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
89/110

15




 三人は小島を繋ぐ橋を渡り、休日で人手がある道を中心街まで走り続けた。


「どっ、何処まで走るんだよ!」

「追って来てはいないようだし、この辺で大丈夫か」


 ミカエルが後方を振り返って確認し、数百メートル走り切ったところで足を止めた。悠仁は肩から荷物を下ろすと両膝に手を突き、肩で息をする。対して、ミカエルとベリアルは全く息が乱れていない。

 悠仁は思った。

 アブディエルに狙われ始めてからよく走ってるけど、何か俺ばっかり損してないか?やっぱり、協力してるんだから俺にも少しくらい恩恵があってもいいよな。それに、脅迫されたり、家に帰れなかったり、知らない天使にも狙われたり、これ全部アブディエルの所為だと思うんだけど。いや、絶対あいつの所為。俺、ただの人間だぞ。何で俺がこんな目に………あいつが謝ってくれなきゃ気がすまなくなってきた。自分の過ちを認めて頭を下げて心からの謝罪をしてくれたら、全部チャラにしてやろうかな。

 と勝手に決めた。

 呼吸を無理やり整えた悠仁は、ミカエルに聞く。


「俺たちは、これからどうする?」

「このままバチカン市国へ向かう」

「それはわかってるけど。天界に行ったら?」

「ルシファーの再審請求をする。通れば、すぐにでも再審が可能になる手筈だ。この状況下だから裁判は簡易的になるだろうが、無罪判決が下されればルシファーの全ての権限が復活する。そうすれば計画の阻止も可能だ。あいつがいる所に連れて行くから、ユージンも説得に協力してくれ」

「うん。まぁ、それはいいけど」

「けど、何だ?」

「……いや。何でもない」


 了解した悠仁だが、言葉の裏では何かを心配していた。

 勿論、ルシファーが天界に復帰できるならそれは嬉しいが、独立を望んでいた彼が裁判のやり直しを望むだろうかと思った。もしもルシファーの気持ちを無視して再審をし、判決を覆せたとしても、天界に戻る意志があるとは思えなかった。ベリアルも、それは十二分にわかっているだろう。それでも同盟を組んでまで固い意志を見せるのは、今、真に必要な存在は彼しかいないと認めているからだ。


「先を急ごう」


 悠仁は下ろした荷物を再び肩にかけ、駅へ向かおうと歩みを進めた。

 目の前の交差点の信号は赤だった。三人は立ち止まり、他の通行人と一緒に信号が変わるのを待った。

 その時、一台のトラックが明らかに法定速度以上のスピードで、悠仁たちの目の前を横切った。信号待ちをしていた人たちは、驚いてどよめいた。トラックはそのまま青信号を走行する車列に突っ込み、激しい衝突音を響かせた。突如起きた事故に悠仁と人々は驚愕し、どよめきの中から悲鳴が上がる。

 トラックはそこで止まるのかと思いきや、スピードを落とさず車を巻き込みながら強引に道路を横切り、向こう側の市庁舎前の広場に乗り込んだ。歩道を歩いていた親子ら数人、イベントで広場に集まっていた人々、警備の警察官が次々とねられかれた。

 そして広場に乗り込んだ暴走トラックは、中心辺りに到着した瞬間、轟音と共に大爆発を起こした。


「ユージン!」


 ミカエルとべリエルが咄嗟に悠仁を庇った。悠仁は一緒にしゃがみ、頭を抱えて目を瞑った。防衛行動とほぼ同時に振動で地面が揺れ、爆発音が鼓膜を激しく震わし、衝撃波が周囲を襲った。

 視界を遮断している間、あちこちで様々な音が響いた。ガラスの割れる音、硬いものが地面や建物の外壁に叩き付けられる音は、何となくわかった。

 数秒後。二人の身体が離れたのを感じて、悠仁は恐る恐る目蓋を開き、顔を上げる。

 飛び込んで来た光景に目は見開らかれ、息を呑んだ。


「………」


 惨状だった。

 ひしゃげた鉄の塊や散らばったガラスと一緒に、何人かが赤い血の上に倒れていた。まるで狙い撃ちされたかのように。命が選ばれたように。

 その一人の傍らで、幼い子供が狼狽ろうばいし泣き叫んでいた。不特定に何かを訴えていた。

 周りには、奇声を上げて逃げ惑う人々。煙を上げて折り重なる車。

 鳴り止まないクラクションの中、男性が何かを叫んでいる。女性が頭を抱えて座り込んでいる。ベビーカーの中の幼児が、絶え間なくサイレンを轟かせている。

 広場では爆発したトラックが燃え上がり、勝ち誇ったように黒い煙を上げていた。


「………」


 悠仁には、何が起きたのか考えることができない。しかし、五感だけは状況を敏感に感じ取り、情報を与えられた脳が嫌でも理解させようとする。心がそれに耐えられずに、無意識に呼吸が早くなる。身体が小刻みに震え出す。


「大丈夫かユージン」


 ミカエルは座り込んだままの悠仁の腕を引っ張り、立ち上がらせた。


「行くぞ」

「……えっ……で、でも」

「ボクたちは行かなきゃならないでしょ」

「往生している時間はない」


 ミカエルとベリアルが走り出し、腕を掴まれた悠仁も躓きそうになりながら走るしかなかった。突如降りかかった悪夢は見なかったかのように、混乱する人々の間を縫ってその場から離脱した。


「ちょっと。ちょっと待って!……待てってば!」


 まだそんなに離れていない所で、悠仁はミカエルの腕を振り切って立ち止まった。


「何なんだよこれ!トラックが突っ込んで来て爆発したんだぞ!何が起きたんだよ!説明くらいしてくれよ!」

「テロ」


 ベリアルの一言で、悠仁の心臓がロックオンされる。


「予告された爆破テロだ」

「……テ、ロ……」


 息ができなくなる。再び震えが始まり、身体中が麻痺していくようだった。


「武装勢力の仕業でしょうね」

「だろうな。これが邪天使の影響だ。アブディエルの計画の、ほんの一端でしかないがな」

「本当にこんなことが起こるなんて、信じ難いですよ」


 悠仁はゆっくりと後退りする。二人の話し声は耳に入っていなかった。

 一度は蓋をしたものが、再び顔を出した。一時的に無理やり押し込んだだけだったから刺激に耐えられず、我慢できずに塊となって出て来てしまった。そして悠仁は、それを抑えられなかった。


「……………無理だ」

「ユージン?」

「もう無理。帰る」


 悠仁は、きびすを返して何処かへ行こうとする。ベリアルは腕を掴んで引き止めた。


「帰るって何」

「日本に帰るんだよ!」

「天界に行くんじゃないの?ルシファーの説得は?」

「そんなの勝手にやってくれよ!」


 悠仁は力強く腕を振り解いた。ルシファーの意志を自ら継ぎ、堅い意志をどうにか貫いていた悠仁の、精神の限界だった。




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