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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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「あいつ、トラックを素手で止めた奴だ」

「名はメルキゼデク。アブディエルの勤仕でありながら、議会の補佐官を務めている」


 敵情報を補足しながら、ミカエルは悠仁の一歩前に出る。ベレトたちも警戒して、悠仁を囲むように立ち位置を変えた。

 石畳の道を歩いて来たメルキゼデクは、芝生に足を踏み入れる手前で立ち止まり、威厳を振るう学長のような佇まいで一同に問う。


「コソコソと何をしているのですか。アブディエル様に、頭を下げに行く相談でもしていたのでしょうか?」

「理由もなく簡単に下げられる程、オレの頭は重くないな」

「まだ計画を阻止しようとしているのですか」

「当たり前だ。あんな計画、全ての人間が許す筈がない」

「全貌を知ったのですね」

「そっちこそ計画を中止しろよ!命の尊厳を無視したことだって気付かないのか!」


 悠仁はミカエルの後ろから訴えた。話が通じる相手ではないが、できることなら無駄な衝突は避けたい。悪者はアブディエルだけにして、あとは平和的に全てを収められたら本望だ。

 メルキゼデクは悠仁を一瞥いちべつすると、微笑を湛えた。


「中止はありえません。これは神のご意向なのですから。人間界は作り変えられます。素晴らしく、美しい世界に」

「あのさ。神の言うことを信じるのは自由だけど、少しは疑うことを覚えなよ。あんたは本当に、この計画を進めていいって思ってんの?正しいって思ってんの?」

「愚かですねぇ。この計画の素晴らしさがわからないのですか。わたくしたちは、人間が望んでいることを叶えようとしているのですよ?本来なら有り難く思う筈なんですけれども」

人間おれたちの望みは人間おれたち自身で叶える。こんなかたちで叶えられたって価値なんかない。そもそも、お前たちが手を出すから壊れ始めてるんだろ!」


 人間の代表として、悠仁は懸命に毅然と態度を示した。人間界の変化の原因も全くその通りなのだが、メルキゼデクは悠仁の言葉を鼻で笑って突き返した。


「平和の価値を語りますか。衆愚しゅうぐの一員が。貴方は平和の何をわかっていると?なのに、その価値をその口で語れるとお思いですか?それとも、おどけているのでしょうか」

「話が長いわよメルキゼデク」


 話の途中で、メルキゼデクの後ろから新たに数人の天使が現れた。


「彼らの足止めは、私たちの仕事じゃなかったの?」


 その顔触れは、ガブリエルにレミエル、それからその後ろに、引き籠もりから復活しかけたところで引っ張り出されてまた引き籠もりになりそうなウリエル。七大天使アーク・シェヴァの面々だった。


「お前たち……」

「まさか、七大天使が出て来るなんて……」


 よく知った顔が並んでいることにミカエルは驚きを隠せず、ベリアルたち堕天使組も動揺する。

 大仕事をやり遂げて長らく怠惰生活に浸っていた七大天使だが、新たな大命を遂行するアブディエルから協力を要請されて重い腰を上げたのだ。同じく計画に協力している権天使プリンシパリティーズたちの指揮と、人間界で暗躍する邪天使エンヴィルスの監督を任され、アブディエルよりも上手くまとめているとかいないとか。ここにいないラファエルとサリエルは、指揮と監督にあたっている。同じく七大天使のラグエルは、機捜班の任務を優先した為、降りて来てはいなかった。

 その中の一人のガブリエルが、ウェーブのかかった髪を掻き上げながらしなやかな足取りで歩み出た。


「お久し振りミカエル」

「ガブリエル……さっきの攻撃はお前か」

「議会を欺いた次は、堕天使と仲良くなるなんて。公安部最高責任者の名が聞いて呆れるわね。同胞を弄んで楽しい?もしかして、貴方を嫌ってる私への嫌がらせもあるのかしら」

「そんな幼稚なことはしない。お前たちこそ、アブディエル側に付くのか」

「別に付く訳じゃないわ。頼まれたから手伝ってあげてるだけ。暇潰しよ」


 七大天使の三人が現れたことで、場の空気が一気にピリつく。恐らく身体はなまっているし、一番の実力があるミカエルがいないと言っても、彼らも七大天使に在籍するメンバーだ。まとめて相手をするには、ミカエルの手を借りても手強い。


「足止めをするのは、堕天使だけでいいですよ。人間には手を出さないようにと、言い付けられていますので」

「ユージンを見逃すのか?」


 直接襲撃するくらいの固い意志だと思っていたアブディエルの考えが本当に変わったのかと、ミカエルもベリアルも訝しむ表情をする。


「アブディエル様は、処分をやめたそうです。寧ろ、こちら側になることを歓迎していらっしゃいます」

「そう言えばこの前、耳打ちしてたよね。急に考えを変えるなんて、一体何を企んでるの?」

「企みなどありませんよ。ルシファー様に認められた唯一の人間ですから、それ相応の待遇をご用意して差し上げようと思いまして。先程言っておられた、命の尊厳も守らせて頂きますよ」

「うさんくさ。誰がそんな言葉信じると思うの。アブディエル様も議会も、信用できないのはわかってるんだから!」

「そうです。その言葉は信じるに値しません!」


 静かに敵愾心を燃やすベレトたちが、悠仁たちの前に歩み出た。


「ミカエル様。ここは私たちが」

「こいつらの相手はオレたちに任せて!!」

「だが」

「ミカエル様に稽古を付けてもらったので、大丈夫です」

「行って下さい!」


 個性がバラバラでさっきまでまとまりがなかった四人が壁のように立ちはだかり、その背中が急に頼もしく見える。本当は任せて行くのは忍びないが、放置してはいけないことの為に悠仁たちは進まなければならない。


「……すまない。頼む」

「周りに迷惑かけ過ぎないようにね!」

「ありがとう、みんな!」


 三人はベレトたちにその場を任せ、小島を脱出して対岸の中心街へ向かった。しかし、足止めに来たメルキゼデクは手も足も出さず、後ろ手を組んだ体勢を変えないまま、目を細めて見送った。


()()()()()()


 ガブリエルたちは追いかけようと踏み出すが、堕天使たちが行く手を阻んだ。


「堕天使が出しゃばるんじゃないわよ。地の底に引き籠もってなさい!」

「お前たちこそ!今更やる気を出して、神に更に媚を売るつもりか!?」

「声が汚過ぎて何言ってるかわからない」

「すみません。バラム、のど飴」


 バルバトスがのど飴が入った袋を差し出すと、バラムは手を突っ込んで飴を掴み取り、口に放り込んでガリガリ音を立てて噛み砕く。バルバトスが「噛んじゃだめだってば」と注意しても聞かない。


「汚染され麻痺した貴方々の意識を、私たちが覚ましてあげます。議会の計画の愚かしさを教えましょう」

「反逆者のお前たちに言われたくないわね。いいわ。愚かなお前たちに、溢れる後悔で溺れさせてあげるわ!」

「……あれ。ウリエルは?」


 視界にあった緑色のフードを探してレミエルが見回すと、ウリエルはいつの間にか五〇メートル離れた木の陰に移動していた。いやいや連れて来られたウリエルは、勿論この対決に参戦する気も何もなく。


「……帰る」

「帰っちゃうの?やっぱり嫌だった?」

「役立たず。あんたはもう好きにしなさい」


 始めから役に立たないとわかっていながら連れて来たが、案の定邪魔でしかなくなったウリエルをガブリエルは追い払った。ウリエルは躊躇いもなく、すぐさま天界へ帰って行った。


「人数が減ってしまったな。それでも私たちを止めると言うのか」

「どう見ても、そちらの方が分が悪いですよ」

「一応そのつもりで来たし。七大天使の体裁も守らないといけないしね」

「おしゃべりはここまでよ。あんたたちとしゃべってると、口から悪いウイルスが入って来そうだわ」

「酷い差別だ!!!その言い方は許せないぞ!!!」

「だから、早く天界へ帰らせてちょうだい!」


 両陣営の衝突は、計画遂行派から切って落とされた。二人の天使と四人の堕天使が、己の矜持きょうじと信念の為に元同胞と武器を交える。メルキゼデクは、それをただ傍観した。

 平和の象徴の天使が、元身内同士で戦っている。なんて滑稽なんでしょう。人間と変わらないではありませんか。神より生まれし私たちは、所詮は同類ということなんでしょうかねぇ。


「あぁ。この世の生命は、天も地上も愚かなり」


 目の前で始まった戦いに嘆くメルキゼデクはそれをどうするでもなく、その場を放置して背を向けた。

 同胞が無為な戦いに興じようが、どちらが打ち負かそうが敗走しようが、もっと大事な目的がある彼には番外編の決着など極めてどうでもよかった。アブディエルの計画の結末を見られれば、満足だった。




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