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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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「でも、計画の方が簡単に平和を実現できるじゃない」


 ベリアルの言う通り、悠仁が信じている人間が自らの手で再び平和を取り戻す方法は、あまりにも遠回り過ぎるしリスクしかない。人道的な理由よりも合理的に考えれば、計画を見過ごす方がいい。勿論それは、悠仁もミカエルも承知している。


「だが計画を看過すれば、殺される人間がたくさん出るんだぞ?」

「人間界から悪人がいなくなるんですよ?悪人なんだから死ねばいいじゃないですか」


 まるで全人類の本心を代弁するように、ベリアルははっきりと言い切った。それには悠仁も、大きく首肯したい衝動に駆られた。


「そう簡単なことじゃないんだ、ベリアル。ユージンは平和と命は繋がっていると言ったが、悪の存在を見過ごすことに抵抗はないのか」

「あるに決まってるだろ。さっきも言ったけど、悪はこの世界の障害でしかない。敵なんだ。でも、何が一番大切なのかはみんなわかってる筈だから、俺はそれを信じたい。それに、ルシファーが阻止を望んでるってことは、命を天秤にかけなかったからだと思う。善人も悪人も、等しく同じ命だと考えたんだと思う。それなら俺は、ルシファーの意志を尊重したい」

「あのさユージン」


 悠仁の意志は固まっているようだが、訝しい顔のままのベリアルは意外な角度から異議を唱える。


「こんなこと言うとルシファーへの侮辱になるけど、ルシファーの考えが本当に正しいとは限らないんじゃない?」

「ベリアルがそんなことを言うなんて、驚いたな」

「ボクはずっとルシファーの味方だけど、敢えて聞くよ。さっきからユージンは、ルシファーが…とか言ってるけど、ルシファーの意志に流されてるんじゃないよね」

「そんなことは……」

「恩人だから助けたいとか、間違った選択をしたから挽回したいとかわかるけどさ、この選択は今この場の感覚で考えるべきじゃないの。後悔とか恩義は、今は邪念でしかない。それを取り払っても、ユージンは阻止するべきだと考えてるの?人間として、本当にそうするべきだと思ってるの?」

「ベリアル。折角決心したのに、横槍を入れるな」

「これは大事なことですよ。ユージンは、ルシファーの意志に応えたいって強く思ってる。ボクが似た立場だからわかる。でもこれは、私情を挟むべき事象ではないし、ちゃんと自分自身の考えで決めるべきなんです。誰かの手を借りて絶対的な平和を掴むか、悪を野放しにしてあの凄惨甚だしい歴史を蘇らせるか」


 圧が加わったベリアルの両眼に見つめられ、悠仁の表情が強張る。まるで、心臓に銃を突きつけられているようだった。

 十分わかっている。この選択は、蘇らせてはならない過去を手繰り寄せるかもしれないことを。ネットで騒がれていた歴史の逆行が現実味を帯びるなんて、先週までは考えたこともなかった。犯罪の増加を心配しながらも、まさかそんなことにはならないだろうと高を括っていた。それが、自分の選択によって現実となる可能性が生まれてしまった。

 決断する前から責任の重圧に押し潰されそうだったが、今は双肩にだけでなく身体全体に、魂に責任が重く伸しかかっている。ベリアルの力が加わって、更に圧迫してくる。

 生きていくことができなくなりそうな程の不安。人生の中で今しか感じないと断言できる程の、言い知れない恐怖。もしも今死んでほしいと言われたら、それが擦れ違っただけの他人だったとしても、その通りにしてしまいそうな気さえする。

 悠仁は、高く高くそびえ立つ山のてっぺんに積まれた不安定な石の上に立たされている。強風に揺れる頼りない責任感が、それを支えていた。


「ユージンの本心を教えて。そしたらその意志に従ってあげる」


 ベリアルは真剣だった。いつもの棘も槍もしまって、悠仁の本心を知りたいと真っ直ぐに両眼を向ける。

 悠仁の逃げ場はなかった。助け舟も何もない。その身一つしかない。だとすれば、丸腰の自分を見つめ直して信じてみるしかない。再び躊躇い、おずおずとした様子を窺わせながら、ベリアルの問いに答える。


「……また戦争が生まれるのは絶対嫌だし、自分が巻き込まれることを考えると怖いよ。けど、これでいいんだと思う。人間じゃない誰かに世界を操作されるのは、何か嫌だし。それが一番頑丈で安全な橋かもしれないけど、自分たちが造ったものじゃないなら信用しきれない。この世界は俺たちの世界で、天使のものじゃない。何より、俺は人間を信じたい。だから俺は、今の道を選ぶ」


 この選択は、世界の再生は独断では容認できないという理由もある。逼迫した現況を考えるなら、こちらが最良であると信じるしかない。まだ見たことのない、恐ろしい魔物を呼び寄せる餌を撒いてしまったのかもしれなくても。


「ベリアル。これがユージンの選択だ」

「……わかった。なら、それに従ってあげる」


 悠仁の本心を聞いて、ベリアルはようやくその意志に同意してくれた。それでも悠仁は、強張らせた表情を崩さなかった。

『第二次方舟計画』は、純粋に人間界を良くする為の計画ではないとわかってしまっている。その計画の一切を人間に知らせないまま進められることは、天界の実情を知る者としては非常に疑わしく、容認できるものではないと思うのも確かだ。

 完全に平和な世界で生きられることは、幸福だろう。しかし、与えられた幸福の世界で人間は、()()()()()()()()()()()()。幸せに生きることが当たり前の世界で、何を特別に、大切にして生きるのだろうか。果たして計画は、本当に人間の為になるのだろうか。

 それは誰にもわからない。しかし、今の世界の延長線上でも幸福は得られると、人間は漠然とながら信じている。平和も幸福も、誰かに作ってもらって与えられる、そんな一方的なものではないこともわかっている。


「では、オレたちはお前のその意志に従い、計画阻止を続行する」


 空の色が、だいぶグラデーションを帯びてきた。暗幕がゆっくりと引き上げられ、新たな舞台の幕が開いていく。

 道は一つに絞られた。もう後戻りはできない。これから何があろうとも敵愾心を燃やし続け、その意志を貫かなければならない。

 自らが求めた使命の為に。託された希望の為に。




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