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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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10




 次第に空が白み始める。迫る分岐すらも知らない世界は、いつものように一日を刻み始めようとしていた。


「……ミカエル様」


 屋上の縁に座るベリアルは、下を覗きながらミカエルを呼んだ。ミカエルも縁に近づき腰を屈めると、悠仁が表に出ていた。顔を上げ、建物を見上げている。どうやら二人のことを見ているようだった。

 まだ太陽も昇っていない早朝にどうしたんだと二人が見下ろしていると、悠仁は道路を渡り、建物の正面にある小さな広場へと入って行った。それが何かの合図だと察した二人はミカエルの翼を使って下に降り、悠仁の後を追った。

 公園は静まり返っていた。当然人気はなく、噴水の水も止まっている。敷地の外と同じ世界なのに、まるで違う空間のようだ。


「よかった、気づいてくれて。部屋から呼ぶと同室の人起こしちゃいそうだし、外に出て何とか気づいてもらうしかないと思って」

「この時間はまだ寝ているだろうに。どうしたんだ」

「寝てないよ。て言うか、眠れなかった」

「まさか、一晩中考えていたのか?」

「うん。だって、早く決断した方がいいだろ」


 目の下の隈がその証拠だった。悠仁は一睡もせずに、今朝を迎えていた。


「それで、答えは出せたの?」

「うん……その前に一つ言っておく」

「何だ」

「俺は、ごく普通の人間だ。普通の家庭に生まれて育って、普通の人生を歩んで来た。特別な教育なんて受けてないから、偉人みたいな考え方はできない。本当に普通の人間なんだってこと、わかっててほしい」


 悠仁は何を今更言っているんだろうと、ベリアルは少し首を傾げる。一方で悠仁を心配するミカエルは、その心情の理解に努めた。


「じゃあ、聞かせてくれないか。ユージンの選択を」

「……」


 要求された悠仁は俯き加減になり、決心を言うのを少しばかり躊躇った。


「……俺は……アブディエルの計画を、止めようと思う」

「……それでいいのか?」


 ミカエルが確認で問い返すと、悠仁はまた躊躇いながらも頷いた。


「……めちゃくちゃ悩んだ。本心は、平和な世界のままがいい。これ以上状況が悪くなるのは嫌だし、それがこの世界にとって一番いいことだ……でも、平和の為に悪いやつらの命をゴミ同然に見捨てるのは人として正解なのかなって思い始めて、それを考えてるうちにわからなくなって、簡単に答えは出せなかった。だけど、この世界の人たちはきっと、平和を望んでる。単純に、幸福を望んでると思う。でもそれは、()()()()共通の願いじゃないかとも思った」

「じゃあ、悪人を助けていいの?」


 ベリアルが問うと、そういう意味じゃないと首を横に振った。


「助けることにはなっちゃうんだけど、そうは思ってない。だって、仲間はずれにしてもいいやつらなんだ。平和と幸福を叶える為には、障害でしかない」

「それなら計画を止めちゃダメでしょ。悪はいらないって思ってるのに、何で阻止を選んだの?」

「それは……ルシファーに『助けてほしい』って言われたから。俺は最初、堕天する運命から救ってほしいんだと思ってた。でもそれは、現代のルシファーの印象を知っていたから、勝手にそう決めつけてただけだった。その印象があったから、俺は間違えた。本当は、アブディエルの計画を止めてほしいってことだったんだ。だから今度こそ、ルシファーの願いを叶えたい。中途半端なままにしたくないんだ」


 悠仁の中で未だに燻っている、選択を間違えた後悔と無念。ルシファーが託した願いの本当の意味がわかった今では、この選択以外を選んでしまったら、ここまで通して来たルシファーの信念も自分の理念も無駄にしてしまう。

 歴史の逆行と、秩序の修正。両方を秤にかけても、天秤は平衡を保つことなく揺れ続けた。ならば最後は、自身の中に引き継がれた彼の信念のもとに、自分の思いの力で無理やり止める他なかった。そう思っていた。


「だがそれでは、折角築き上げた平和を捨てることになるかもしれないんだぞ?その先には恐らく、破壊と破滅が待っている。再び平和を取り戻すには、何十年とかかるだろう。それをわかっていて、阻止をすると言うのか」


 再びミカエルが問うと、俯く悠仁は堅い表情をして続けて言う。


「……確かに、もう一つの選択をすれば、未来に怖いことは何も待ってない。今のまま、俺たちは穏やかに暮らしていける。今のままがずっと続いていくことが、これからも当たり前になる……でも俺は…俺には、助けるべき命を選べない。神様みたいに簡単に片方を選べない。だからこの選択しかないんだ。俺一人じゃ、これが限界なんだ」


 恐らく、もっと時間をもらったとしても、悠仁には永遠に決められなかった。邪悪な心を持っていたなら、悪を見捨てることを何の迷いもなく決めただろう。しかし、普通の一人の人間の悠仁には重責で、選び取る選択肢はどちらも重い。実質的に“何も選ばない”という選択は、悠仁にとって最善の選択だった。


「ユージンは、その選択で人間界に未来があるって思うんだね?」

「そう思いたい。この選択をしたとしても、必ずしも最悪の道が待ってるとは限らないと思ってる。きっと多分、未来を捨てることにはならない」

「それはユージンの希望じゃないの?」

「そうだな……でも、人間はちゃんとわかってると思うんだ。この世界で一番大切なことは何か。だから多分、俺が選ばなくても、人間は自然に平和を選ぶ筈なんだ。平和を守ることは、命を守ることにもなるから。平和と命は繋がってる。命を守らなきゃ、平和は生まれない。平和を守らなきゃ、命は絶える……だろ?」


 信念を持って決めた筈の悠仁は、同意を求めた。しかし、何故かベリアルは納得しておらず、訝しい顔をする。




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