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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
82/110

8




 三人は、日が暮れる前にノアに礼を言って別れた。それから中心街に戻り、少しふらりと散策して、適当な時間に適当なレストランに入った。

 オーデル川の近くにある、赤レンガのカジュアルな雰囲気のレストランだった。お手頃な上に評判がいいようで、ほぼ満席の店内は客が賑やかに食事をしている。

 悠仁はピロギという水餃子のような料理と、野菜メインの料理、豊富な種類を揃えるビールの中からオススメのものを注文した。ミカエルはやはりスイーツを欲しがり、ベリアルも付き合いの一品を頼んだ。

 料理の味は悪くないし、自慢の地ビールも美味しい。しかし、明らかに三人の口数は少なかった。


「……ねぇ。さっきから暗くない?」

「当たり前だろ」


 悠仁はフォークとナイフを使ってピロギを一口大に切り、口に運ぶ。さっき悠仁が引き出した前向きさと自信は、今は亀のように首を引っ込めていた。


「落ち込んでたって仕方ないでしょ。さっきだって、ノアに止めてみせる言ってたじゃない。まさか勢いだけ?」

「あの言葉は本当だよ。ノアさんが自分の運命を嫌だって言ったから、じゃあ俺が動かなきゃって思った」

「ユージンだって当事者なんだ。まだ混乱してるんだよな」


 ミカエルは優しく悠仁の心に寄り添った。ベリアルは気持ちの切り替えが必要だと言いたかっただけなのだが、励まし方が不器用な所為で上手く言葉にできないだけだ。

 食事をしていると、前の席に座る二人組がタブレットで観ているニュースが悠仁の視界に入ってきた。


「今年に入り、世界各国で武装集団や反政府組織などが活動をしているのが確認されてきましたが、その組織が次々と行方不明になっていることがわかりました。当番組の取材によりますと───」


 悠仁の食事の手が止まる。音声はポーランド語だが、表示画像されている字幕は英語だったので内容は理解できた。


「武装集団が行方不明……やっぱりこれも?」

「着実に計画は進んでいるようだな」

「悪の排除ですか……」

「本当は、こんなのんびりしてる暇はないんだよな。どうしたら止められるのか本気で考えないと」


 現実から逃避したいが、これから起こる事実を知ってしまった上に目を付けられている。悪夢から目を覚ましたいという考えを捨て、現実を直視しなければならない。悠仁はビールをグビグビ飲み、精力をつけようとポーランド料理を食べた。

 すると、スイーツを食していたミカエルはフォークを置いて問う。


「……本当にいいのか?」

「え?」

「このまま議会の計画を止めていいのか?」

「ミカエル様。何言ってるんですか」

「そうだよ。止めなきゃ」


 悠仁とベリアルは、突然変なことを言い出したミカエルに怪訝な表情を向ける。だったら何の為にこんな所まで来たのかと、逆に問いたくなった。

 神妙な面持ちのミカエルは、悠仁に向けて質問の意図を言う。


「止めなければ悪は全て排除され、残りの人間は生まれ変わり人間界は作り変えられる。しかし、止めれば悪は増え、広がり続ける」

「だから止めるんだろ……何が言いたいんだよ」

「このまま計画を見過ごせば、今人間が抱いている不安は払拭され、争いもなく、二度と悪に怯えることがない完全平和の世界が作れる。しかし計画を阻止すれば、広がった悪が燻っていた火種に引火し、再び争いを起こし、歴史が逆行することになる」


 つまり、この先には二通りの道があり、選択によっては全く異なった未来が訪れることになるとミカエルは示していた。悠仁もそれはわかっている。


「今の世界の平和は、人間が努力して作り上げたものだ。新たな世界はその努力をなかったことにすることにはなるが、最初から悪が存在しない、そして生まれることがない完全平和の世界となる。人間にとって、この計画は素晴らしいものだろう。何故なら、人間の力では叶えられない夢だからだ」


 ミカエルは遠回しに悠仁に説明する。その意図を理解したベリアルは、補足するようにあとに続けて言う。


「平和は、人間の力だけじゃ維持できない。人間には善と悪がいるから。悪がいる限り、どれだけの時間と労力を費やしても、本当の平和の実現は叶わない。夢は夢のまま。計画を阻止すれば、人間は夢を見続けるしかなくなる。望まないことの繰り返しを続けながら、現実を生きながら夢を見続ける」


 わかっていた悠仁は理解した。この選択は、単なる二択ではないことを。

“計画を阻止するかしないか”ではなく、“犠牲を払って平和を作るか、犠牲を覚悟で平和を壊すか”の二択であることを。

 極めて重大な選択をしようとしている。学食のランチを選ぶのとは、何億倍もスケールが違う。「当然こっちだろう」という浅はかな考えで、簡単に選択できるものではない。どちらか一方を選べばその時点で選ばなかった方の未来は消え、選んだ未来の先で後悔しても二度と後戻りはできない。

 信念のもとに行動してきた悠仁の芯が、振り下ろされた斧で激しく振動する。


「『助けてほしい』というルシファーの願いを大事にしていることはわかっている。だから、続行するならそれでいい。だが、計画阻止をやめると言うのならアブディエルはこれ以上狙って来ないだろうし、お前を天界に連れて行く必要もなくなる」

「……俺に、選べって言うのか」

「ボクたちからしても放っておけないことだけど、これは人間界のことで、ルシファーが望みを託したのはユージンだから」

「それって、自分の保身の為にそう言ってるのか」


 ミカエルもベリアルも、悠仁をアブディエルから守る為に一緒にいただけだ。ルシファーが突き止めたことが、人間界の未来を決めるようなものとは知らなかったから計画阻止の意志を持っていたが、ミカエルの場合は天界の掟が発動せざるを得ない。ベリアルは天界の掟など無関係だが、人間界に生きる者ではないから決定権はないと思っている。


「ミカエルさっき、人間界が危機になったら罰を受ける覚悟で使命を果たすって、ノアさんの前で言ってただろ!」

「勿論、その誓いにたがいはない。今話しているのは、その前段階の計画阻止の可否だ。お前の意志決定後なら、人間界の為に何でもする。人間界の未来を、オレたちが決める訳にはいかない。飽くまでも、決定権はお前にある」

「何だよそれ。ズルいだろ。全部俺に背負えって言うのかよ!」


 ミカエルの言葉の全てが冷たく聞こえた。仲間だと思っていたのに裏切られた気分になり、震えそうになって悠仁は責めた。しかしミカエルは、仲間の尺度で考えていない。


「助言できるのならするさ。けれど、今オレが思っていることが正しいかは、正直自信はない。天使と人間とでは価値観は違うだろう。例えいくらでも振るえる権力を持っていても、その相違だけは計れない。故に、自分の言葉に責任を持てない現段階では、干渉は無理なんだ。だから人間の代表として、ユージン、お前が決めるんだ……いや。お前にしか決められないんだ」

「そんな……」

「お前の決定に、オレたちは従う」


 究極の選択を迫られる悠仁は、懊悩するあまり思考を拒絶してしまう。口を噤み、沈黙する。

 善良な人間と神の同化は強制的とは言え、人格はそのままに生まれ変わり、新たな世界で続きを生きられる。悪いことをしていない人間なら、それでもいいのかもしれない。悪は命にとって邪魔でしかないのだし、計画に便乗してついでに善人たちの魂を浄化してもらえるなんて得なのかもしれない。悪を排除してもらえたりいいことだらけなのだから、人類全員とハイタッチをして回りたいくらいだ。

 命は助け守るべきもの。幼いも老いも関係ない。なら悪は?悪とは言え、命を見捨ててもいいのだろうか。犠牲になるのは当然と考えるべきだろうか。

 正しい命の取捨選択とは、どれなのだろう。


「………考えさせてくれ」


 芯を狙う斧の音が、夜の帳に響き続けている。




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