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『グノーシス機軸による方舟計画』概要
まずは、この文書を発見してくれたことに感謝する。よくパスワードを導いてくれた。
本題に入る前に、改めて私の正体を明かしておこう。黄木真人と名乗っていたが、本当の名はルシファーと言う。知っての通り昔は天使だったが、天界わ去ってからは人間として生きている……いや。この文書が読まれているのなら、「生きていた」と書いた方が正しいだろう。
天界を離れた私は、人間に紛れて人間として生きようとした。だが天界の情勢が気掛かりだった私は、人間界に降りて来る同胞と時々接触を図っていた。
その中で、天界の統御議会に関するある話を耳にした。それは、議会が水面下でとある計画を準備しているらしいという話だった。看過できなかった私はその計画を探らなければならないと思い、人間界にいながら同胞への聞き込みを始め、時間をかけて情報収集した。
計画の全貌が見える程まで情報を入手した私は、これは放置しておくべき事柄ではないと判断し、判明している内容をここに書き留めておくことにした。
計画の名称は、『グノーシス機軸による方舟計画』と言う。『第二次方舟計画』とも言われているようなので、ここではそう明記する。それは、人間を救済する為の措置である。その理由と目的を記しておく。
人間は果てしない時の中で幾度もの争いを繰り返し、途方もない数の命を奪い合ってきた。第二次大戦ののち、人間の代表たちが全世界共通で適用する法律を作り、命に影響する破壊と命の略奪を誘発する物や行為を禁止し、処罰の対象とした。しかしそれは一時的な効力しか持たず、近年は葬りきれなかった悪の兆候がちらほら確認されるようになった。
それに起因するものがあると私は確信しているが、学ばない人間を見た神は寵愛する人間をとうとう見限られた。再びあの大洪水のようなことは起こすまいという誓いを違えるとご承知の上で、決意なされた。それが、議会が遂行しようとしている計画だ。
『第二次方舟計画』。それは、人間の魂を原始に戻すこと。神と人間の融合である。
人間は神が作られた。その材料は神自身である。だが、この計画は人間を滅ぼすのではなく、人間を再び神と一つにさせ、そして生まれ変わらせることを目的としている。人間の再生───悪に汚染された本質を取り除き、根本から作り直そうとしている。そののちに、人間界も作り変えられようとしている。その過程において、“異物”が混入しない“きれいな人間”を作る為に、悪に分類される人間は予め全て排除される。その為の下準備は遥か昔から行われており、悪の系譜の人間が調べ上げられ、既に仕分けは終わっている。
善良な人間も一度、強制的に神と融合はするが、神の力で悪の種を浄化したのちに、同一の人格を持ち地上に帰ることができるようである。そしてその新しい人間界では、ノアの子孫が永遠の命を授けられ、全ての人間を統治する権限と、未来永劫に渡り人間を監視する役目が与えられようとしている。
これが、私が聞いた計画の概要である。しかし、計画の全貌はこんなものではないのではと感取した。ここからは、私の推測となる。
議会の動きを調査する中で、私はある天使の名を聞いた。その名をメタトロンと言い、神の側用人である。私も一度はその名を聞いたことがあるが、会ったことはない。天界の誰もその姿を見たことがなく、謎の多い存在だ。私の記憶によれば、私が天界にいた頃にいつの間にかメタトロンは存在していた……いや。突然現れたと言った方がいいのだろうか。だから、神が新たに生んだのだと思っていた。
ところが、ある者から聞いた話によると、メタトロンは元は人間だったという噂があると言う。それを聞き、神によって人間が天界に招かれた話を風の噂で耳にしていたことを思い出した。更に別の者からは、そのメタトロンが計画に関与をしているという噂が出所不明で出回っているという話だった。噂の出所は不明で信憑性は疑われるが、神の側用人の関与の噂が意味なく広まるだろうかと引っかかった。
そこで、私は考えた。私がまだ天界にいた時に下された大命───人間に悪の恐ろしさを教える筈が悪が広がる結果になった、あの大命の違和。明らかな結果に、神が何もされなかった不可解。あれは本当に神が下された大命なのかと、私は密かに疑い続けていた。
私は考察を繰り返した。そして、一つの解に辿り着いた。あの違和、不可解、疑義の原因は、メタトロンにあるのではないだろうかと。もしかしたらこれは突飛な考えなのかもしれないが、あの大命は神ではなくメタトロンが下していたのではないかと、私は推測する。
神があのような大命を下し、その上、寵愛する人間を放置するなどあり得ない。メタトロンが元人間だというのが本当ならば、彼が人間に対して何か思うところがあり、神に代わってあのような大命を下し放置したのだとすれば合点がいく。そして人間の再生が決められたこの計画も、彼が画策したのではないのだろうか。
だが、元人間が何故、一瞬でも同胞を滅ぼすようなことを望むのかは、永い年月を人間と共に過ごした私にも全くの理解不能である。神の思惟は甘いと、神の代わりに再び罰を与えようとしているのだろうか。
だとしても、一存で決められる程の権限がメタトロンに与えられているのだろうか。それに、折角変わった人間界に何故今更手を加えるのか。均衡が保たれていたものを、何故壊そうとするのか。人間を生まれ変わらせることを本当に望んでいるのだろうかと、甚だ疑問でもある。
これが、私が長年調べ尽くし、その情報を元に推測した『第二次方舟計画』の全貌である。
だが私には、こうして書き記すことしかできない。何故なら、気掛かりではあっても、私の心と身体はあの遥かな過去から解離しているからだ。関わる資格はないのだ。
だから、これを読んでくれた者に託したいと思う。議会の計画の正否を、人間界と人間の未来を、考えてほしい。
どうかこの思いが、私が託したい希望に届いていることを切に願う。




