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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
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4




 執務室に入ると、ルシファーはまず議長の外衣を取る。受け取る為にべリエルは側で待っていた。その時。外衣にとある違和感を覚えたべリエルは、何かが足りないことに気付いた。


「ルシファー。議員徽章はどうしたの?」

「え?」


 問われたルシファーは顔を下げる。いつも左の胸元に議員の証の徽章きしょうを付けているのだが、その輝きが見当たらない。


「あれ。何処行ったんだろう」

「もしかして、また失くしたの?」

「……おかしいなぁ」

「おかしいなぁ、じゃない!」


 べリエルが突然声を荒らげたので、ハビエルはビクッとした。「また」と言うことは、これまでにも何度か紛失しているらしい。

 いや、注目するのはそこではなく。歯向かっていい筈のない相手に怒る、べリエルの非常識さだ。腰に手を当て眉頭を寄せて、威厳がなくなった主を問い質す。


「今日見送る時は付いてたから、議事堂かどっかで落としたんでしょ。心当たりは?」

「全くない気が……」

「本当に?何処かで外衣を着脱したりしなかった?」

「してないかな……あ。議長室で一度脱いだかな」

「じゃあそこじゃないの?前にも議長室で見つかったし」

「かもしれない」


 溜め息と一緒に「全く……」と吐き、べリエルは大層呆れた様子だ。


「明日よく探してみて。見つからなかったら、事務の人に支給申請してよ」

「すまない」

「その謝罪は、ボクの心労に対するもの?謝るくらいならもうやめてよね」


 べリエルが怒りを収めたところで、二人のやり取りは終わった。勤仕から上から目線で叱られたのにルシファーは全く動じず、寧ろ申し訳なさそうにしている。

 えっ。今の思いっきりダメだと思うんだけど!?べリエル大丈夫なのか?クビにならないのか!?

 まさか下剋上が果たされているのか、もしくはドッキリかと、ハビエルの瞬きが多くなる。誰が見ても同じリアクションをするだろうが、しかし下剋上でもドッキリでもなく、この居館ではこれが普通だ。

 ルシファーから外衣を受け取ったべリエルは、所定の位置にかけた。ハビエルは動揺を引き摺りながら、側で先輩勤仕のベリエルの行動を見学する。


「今日の会議はどうだった?」

「また別のところから問題が出てきた。と言うか、以前から注視してきたことが、危惧だけではすまされなくなってしまった」

「グリゴリ関係で?」


 ベリエルに外衣を託したルシファーは、真っ直ぐに机に向かい椅子に座る。それがスイッチの切り替えのように、雑談をしていた時とは違う職務中に近い顔付きになる。


「グリゴリが人間界で犯した罪は知っているよな」


 ベリエルも真剣な表情で頷く。

 グリゴリとは、神の命で人間界に降りた二百人の天使たちのことなのだが、彼らは禁忌を犯してしまったのだ。彼らは、人間に天界の門外不出の知識を与えただけに留まらず、人間の女性と交わり子をはらませた。しかも、生まれた混血児は人間ならざる生き物となり、驚異の化け物と化したことで、人間界は崩壊の危機にひんしていた。

 それを見過ごさなかった神は、ミカエルら四人の天使たちに命じてグリゴリを捕縛、投獄させた。その事件は事後に全ての天使たちに知らされ、動揺と怒りをくまなく与えた。


「禁じられているのを知っておきながら、彼らは人間と交わり、自分たちが持っている様々な知恵を不用意に授けた。その結果、余計な知恵を授かった人間は悪行を働くようになった」

「最初は、身内がやらかしたことだから何も言えないと思ってたけど。人間の探求心は諸刃の剣だったんだね」

「どうにか修正を試みようと思っていたのだが、残念ながら“後片付け”をしなければならなくなった」

「神がそう決めたの?」

「ああ。そう告達された。直々に掃き清められるそうだ」

「それは本当に残念だね」


 話を聞きながらベリエルはハーブティーを淹れ、ルシファーに出した。お茶を淹れるのは、ルシファー帰宅後に最初にやる仕事だ。

 グリゴリの事件発覚後、議長として采配を振らなければならない裏で、仲間の過ちと人間への影響を心配して苦悶していたルシファーを見ていたベリエルは、神の意志がルシファーの心を痛めていることを辛く思った。しかし神の決定ならば、それに従うしかない。


「あの。議会内の話は、外で話しちゃいけないんじゃなかったんじゃ……」

「そんなこと言ったっけ?」


 話の内容に不安になったハビエルはべリエルに聞くが、べリエルは惚ける。議会内で交わされた会話を漏らせば罰せられると、さっき説明してくれていた筈なのだが、ハビエルは嘘を教えられたのだろうか。

 二人のやり取りが聞こえていたルシファーは、柔らかくベリエルを問い質す。


「ベリエル。ちゃんと説明してあげていないのかい?」

「したような、してないような」


 べリエルの反応に、今度はルシファーが「全く……」と呆れた。


「すまないハビエル。ベリエルは悪い奴じゃないんだが、少々天の邪鬼でね。許してやってくれ」


 新人イジメをされたのか、俺は。

 どうやらハビエルは、“洗礼”を受けたらしい。ベリエルは、新たな勤仕のハビエルをあまり歓迎していないようだ。折角ルシファーがフォローしてくれているのに、何食わぬ顔をしている。

 天の邪鬼気質の勤仕の代わりに、ルシファーはハビエルの為に改めて説明をしてくれた。


「君が聞いた説明は間違ってはいない。下命された事柄で実行前・未処理の事柄に関しては、外部に漏らしてはいけない決まりになっている。つまり、終わったことについては議員以外に話してもいいんだ。他の者たちに周知させておく必要もあるからね」

「でも今の話は、これからのことですよね」

「後片付けの件は、間もなく天界全体に開示されることになっている。人間界の歴史的な出来事になるから事前に周知させておくべきだと、先程、全会一致で決定した。だから違反ではないよ。それに」


 ルシファーは、ベリエルが淹れたハーブティーを口に運んだ。


「議会は秘密主義が過ぎると、私は思っている。大したことでなければ事後開示でもいいだろうが、事の経過を知りたがっている者も多いと聞く。特に、多くの同胞が関与した今回の件では、そういった声が多くあったそうだ。これから少しずつ改革をしていきたいと思っているが……」

「なかなか難しいんだよ」


 どうやら議会は、ハビエルが思っている程上手く回っていないようだ。ルシファーの統率力をもってしても、難しいことなのだろうか。ベリエルはルシファーから議会の内部事情を聞いて多少知っている様子だが、それ以上は新参者のハビエルには話されなかった。


 ルシファーは持ち帰った仕事がある為、二人は一旦、執務室を後にした。

 ハビエルが使う部屋を、べリエルが案内してくれる。今度はちゃんと教えてくれることを信じて、窓から外光が射し込む廊下を一緒に歩く。


「ベリエル様。気になったことがあるんですが」

「何?」

「主人のルシファー様に敬語を使ってないのに、何で怒られないんですか?」


 気になってしまったので、聞かずにはいられなかった。

 二人の関係は言わば、お手伝いと雇用主だ。しかもただの雇用主ではなく、総理大臣の身分に近い。そんな相手にあんな口の聞き方をすれば、罵倒のあとに即刻クビになるのが当然だ。もしも、憧憬と敬愛の対象のルシファーに敬いのない言葉を浴びせたと広まれば、あらゆる方面からどんな仕打ちが待っているか想像もつかない。天使全員からシカトをくらって、天涯孤独にはなりそうだ。

 ハビエルの質問に、ベリエルは適当に返さずに普通に答えてくれた。


「勤仕になりたての頃はちゃんと敬語を使ってたけど、ルシファーが対等でいいって言ったんだ」

「ルシファー様の方から?信じられないです。抵抗はなかったんですか」

「あったけど、すぐに慣れた。ルシファーも嫌な顔一つしなかった」

「気を遣われたんですかね……優しい方なんですね」

「ルシファーはそういう人なんだよ。だからボクは、あの人が好きだ」


 そう言ってベリエルは、少しだけ表情を緩めた。その言葉の通り、敬愛を含めた眼差しで。

 それを見て、「主」と「勤仕」という堅苦しい関係を維持しながら、それとは違う縁のような特殊な何かを、ハビエルは何となく感じた。






 それから暫くして、グリゴリ事件の“後片付け”で人間界は大洪水に見舞われた。その洪水で全ての大地は海と化し、人間界に惨禍を引き起こしたグリゴリの混血児たちと、人間を滅ぼした。その際、ノアという人物とその一族、そして数多の動物が救われた。




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