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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅰ
74/110

16




 走って退散した三人は、裏道に逃げ込み足を止めた。近付いていたサイレンは、ついさっき音が止まった。恐らく警察は残っていた見物人に話を聞いているだろうが、聞こうとしたところで彼らから記憶は消えてしまっている筈だ。


「ミカエル、大丈夫だったか?」

「余裕だ。近頃は剣術の稽古の相手になってくれる奴がいなかったから、久し振りにさせてもらったよ」

「稽古にしては、めちゃくちゃハードだった気がするけどな」


 見物人から記憶が消えても、スマホのデータは残ってしまうことを悠仁は心配していたが、そっちも記憶の消去と共に消えてしまうので問題はない。そんなことよりも、優先して考えなければならないことがある。


「さて。これからどうするか……」

「アブディエル様は帰りましたけど、このまま放っておいてくれるとは限りませんよ。ユージンの身の安全を考えないと」

「わかっている」


 ミカエルは腕を組み対策を考える。ルシファーが突き止めた機密を掴みつつ悠仁を守り、人間界にも損害を与えないようにするにはどう行動するのが利口か。そして思い付いたのが。


「……よし。オレたちも天界へ行こう」

『えっ!?』


 突飛な提案に、悠仁とベリアルは息ぴったりで反対する。


「いや待て!その方が危険だろ!」

「そうですよ!行ったらユージンが議会に捕らえられてしまいます!」


 狙われていると知っていながら餌もない罠の中に自ら入りに行くとは、バカにされた名前のアホウドリでさえそんな間抜けはしないと思う。

 ミカエルはどういった思惑で提案したのか。指を一本ずつ立てながら、理由を説明した。


「天界に連れて行く理由は二つある。一つは、今後、再び小規模でも戦闘になった場合、人間界に損害を与えかねない。今回は二人だけだったから多少の痕跡ですんだが、次は何人引き連れて来るか。あとで修正ができると言っても、建物などへの損害は極力避けたい。それに、関係のない人間に被害が及ぶとも限らない。混乱を引き起こすことは避けた方がいい。二つ目は、天界に行けば同盟を組んだ味方がいるし、着いたら真っ先に公安本部に駆け込んでしまえば安全は保障できる」


 アブディエルは心変わりしてもう狙わないと言ったが、アブディエルでなくともヨフィエルなら、上司の志の阻害だと思えば独断で狙ってくる可能性も無きにしも非ず。ミカエルのホームグラウンドの公安本部なら、最高責任者の権限を駆使して、悠仁を保護しながら議会の計画の阻止もできるだろうと考えたのだ。


「……そうだな。どっちにしろ、最終的には直接対決になりそうだもんな」


 無関係な人を巻き込む危険性もあると示唆された悠仁は、ミカエルの提案に賛成した。ベリアルも同意の首肯をした。

 決まったところで、天界に戻る為にはまず教会を目指さなければならない。天使がどうやって天界と人間界を行き来しているかというと、教会を出入口にしているのだ。天界の第六層ゼブルのエレベーターホールと、人間界に数多く点在する教会はもれなく繋がっていて、目的地の最寄りの教会を出口にして毎回降りて来ている。今回はミカエルが通って来た教会を目指すべく、三人は地下鉄に乗って向かった。


 到着したのは、その界隈で最も大きな教会だ。大衆が教会と言われて思い浮べるような建物ではなく、銀色の現代建築だ。他にはない、鳥が翼を広げたような特徴的な外観は、一目では教会とはわからない。初めて教会に訪れた悠仁は、一般的なイメージを覆す様式に驚いた。

 もしやアブディエルたちが待ち構えていないかと警戒したが、気配はなかったので三人は安心して中に入った。

 朝のミサは終わっていて、人影は疎らだった。広い講堂内にしつらえられたいくつもの長椅子が、祭壇に向けられ整列している。意外にも、壁は全て打放しのコンクリートだ。けれど、不思議と冷たい感じはしなかった。それは、数十メートルある天井と三ケ所にある縦長の大きなガラスから、陽光が射し込んでいるからだった。予想外な造りを見回す悠仁は、不思議と心が落ち着くような気がする。

 化粧大理石の床を歩き、悠仁とミカエルは祭壇に上がる。ところが、ベリアルは階段に足を乗せなかった。


「ベリアル?」

「ベリアルはここまでだな」

「あ。そうか。堕天してるから行けないのか」


 教会内には入れても、エルの名を失ったベリアルは十字架の前に立つことは許されない。護衛の役目もここまでだ。


「ボクはここで見送るよ。じゃあね」

「じゃあねって、あっさりし過ぎだろ。一時期、一緒に働いてた間柄なのに」

「ボクは一度も君を認めてないし、早く辞めればいいと思ってたけど」

「酷いなぁ。まぁ、ベリアルらしいけど……守ってくれてありがとう」

「別に。ミカエル様に頼まれただけだから」


 お礼を言われたベリアルは、そう言って誤魔化しながら照れ隠しでふいっと顔を逸らした。

 もう少し素直になってくれてもいいのになぁ。

 折角再会したのに、最後まで優しくされなかったのはちょっと寂しい悠仁だが、裏表がなくなって丸くなったらそれはそれで寂しい。何千年と変わらなかったのだから、もう変わるタイミングもなさそうだ。

 二人の別れの挨拶が終わったので、ミカエルは道を開く為に十字架に手をかざした。手順は簡単、それだけだ。

 その筈なのだが……十字架にも祭壇にも何の変化も起きず、一向に道らしきものが開く様子がない。


「……ミカエル様。どうされました?」

「道が開かない」

「開かないって、何で!?」

「常に開いてる筈なんだが、塞がれている」

「もしかして、アブディエル様に!?」


 出入口の開閉は、議長権限で一括で操作できることになっている。先に天界に帰ったアブディエルが、教会の出入口を閉じてしまったのだ。


「そしたら、別の教会は?」

「恐らく全てダメだ。無駄足になる」

「そんな……俺はいいけど、ミカエルが帰れないじゃん。どうするんだよ」


 帰れなければ、再び出入口が開かれるまで人間界に滞在するしかなくなってしまう。世界中のスイーツを制覇したいと言っていたミカエルにとっては、チャンスと至福の時間に転じるだろうが、現況では流石に楽観視していられない。

 しかし、心配は無用だった。天界に帰れる手段は、まだ一つ残っていた。


「いや。一ヶ所だけ開いている場所がある」

「……あ。そうか。バチカンですね」

「バチカンて……」

「バチカン市国だ」


 バチカン市国と言えば、イタリア共和国ローマ市内にある独立国家だ。その狭小な国土の中にはいくつもの世界遺産が存在する、言わずと知れた観光国家でもある。そこの出入口は閉じられることはなく、有事の際に即時に対応できるように常時開いているのだ。


「ユージン。国内を出る際に必要な身分証は持ってるか?」

「パスポートのこと?うん。脅迫電話のあとは何日か外泊しようと思ってたから、身分証になるものは全部持ってる」

「では、今から行くぞ」

「今から?」


 ミカエルは「そうだ」と頷く。まぁ、さっきの話し合いで出た危惧があるので、行くのはいい。なので飛行機にも乗る。


「それはいいけど、ミカエルは飛んで行くんだよな?」


 悠仁は、翼があるのだから当然そうするだろうと思い聞いたが、ミカエルはきょとん顔で瞬きし、当然のようにこう言う。


「いや。オレも乗る」

「え……何言ってるんだよ。翼があるんだから飛べばいいじゃん」

「悪いが、翼はそんなに役に立たない。そんなに機能的なものじゃないから、普段は全く使わないんだ。だから具現化していない。よって、長距離飛行は無理なんだ」


 言われてみれば確かに、天界での移動はエレベーターしか使っていない。しかも、昨日から今日の移動の場面をダイジェストで振り返ると、徒歩・走る・電車と、翼が全く登場していない。悠仁自身も、天界で一度も自分の翼を開いた試しがないし、使おうと思ったこともなければ見たこともない。

 そうすると、新たな疑問が悠仁の頭に浮かぶ。


「じゃあ、何の為に翼があるの」

「考えたことはないが、天使の証じゃないか?飾りだ」

「飾り……」

「人間て、自分の都合のいいように作り過ぎなんだよ。無駄な想像力だね」


 何を言っているんだと呆れた口振りで、ベリアルも言った。

 非常にショックを受ける悠仁。悪事を画策し、人間になりすまし、好戦的で、翼はただの飾り……人間が天使に抱いていたイメージは全て妄想の塊だと、一日も経たないうちに思い知った。


「ミカエル様。行くなら早く行きましょうよ」

「え。ベリアルも行くの?」

「当たり前でしょ。まだユージンを守らなきゃならないみたいだし、仕方がないけどボクも行くよ」

「あ……そ、そうなんだ……」


 えっ。ちょっと待って。え。あの、もしかして、旅費って、全部俺持ちとかじゃないよな?

 自動的にベリアルの任務も続行となり、三人は急遽バチカン市国へ向かうことになった。

 空港へ向かう中、アブディエルが「メモの解読はノアと協力するといい」と言っていたことについて話し合い、その結果、発言の虚実は一旦考えず現状頼ってみるしかないと、寄り道をすることにした。

 そして数時間後。一同はノアが住んでいるポーランドを目指して、日本を飛び立った。




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