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ベリエルに案内されて、官庁エリアの隣にある熾天使たちの居住区にやって来た。
既に幾つかの居館を通り過ぎて来たが、どれも敷地面積が広く建物は規模が小さめの西洋の城のような造りで、「家」なんて庶民的な名称が似合わないものだった。ハビエルは前振りの建物を踏まえてルシファーの居館を想像したが。
「着いたよ」
「すご……」
並木道が開けた先の景色が簡単にその想像を超えてきて、天界に来て三回目の「すごい」が出た。
まず、他の居館をしのぐ程の広大な敷地面積に目を見開いた。芝生が絨毯のように敷き詰められた庭園だけでも、周囲に比較できるものがないから◯◯◯が何個分とも表現しづらいが、小学校の運動会が余裕でできそうなくらい広い。しかも、この数倍の広さの庭園が本屋の横にも広がっている。
その向こうにあるのが、芝生と空の色によく映えた白壁の佇まいが美しい居館。真ん中に本屋を置き、四つの筒塔が等間隔に建ち、翼を広げたようなシンメトリーの造りになっている。階数は三階建てで、窓があるダークグレーの屋根は光の当たり方で青くも見え、その都度印象が変わって見える。表からは見えないが、裏側には清流も流れている。
「ルシファーが戻って来るまで少し時間があるから、ざっくりと中を案内するよ」
回廊にもなっている城壁を通り、中庭を経て建物内に入る。
エントランスは白で統一されていた。天井を見上げると、動物や植物をモチーフとした彫刻が掘られている。それよりもハビエルが注目したのは、本屋の中心部にある螺旋階段だった。他の建物にはないもので、中央の塔の上まで続いている。この建物の特筆すべき特徴だ。
一階は主にルシファーの執務室や、応接間、談話室、台所などがあり、二階はプライベート空間でルシファーが休息する部屋や寝室などがある。三階はほぼ使われていない。勤仕の部屋は、離れの塔の二階と三階にあるようだ。
「さて。そろそろルシファーが帰って来る頃だ」
主を出迎える為に、二人はエントランスに戻る。
ルシファーって、どんな人なんだろう……。
噂では、目にすることも畏れ多い程麗しく端整な顔立ちで、統御議会議長に相応しく硬骨で謹厳な性格だという。今日からの試用期間次第で自分の主となるので、ベリエルの時より一層、第一印象を気を付けなければと意識する。そのあまり、じわじわ緊張してきた。
待ち構えていると、玄関扉が開いた。この居館の主が帰宅した。
「お帰りなさいませ」
ベリエルは膝を曲げて頭を下げた。それを見たハビエルは慌てて動作を真似る。
「ただいま」
ハビエルは頭を上げ、統御議会議長の外衣を纏う主の姿を拝んだ。
その印象は、噂から抱いていたものとは違った。暖かな光のような包容力を感じさせつつも、屈折をしない光線のような真っ直ぐな強さを思わせる顔付き。腰の下まである髪は旭光のように美しいブロンドで、瞳は金と赤のオッドアイだ。赤い方の瞳は、芯で燃えている責任感と正義感を表しているようだ。
彼が、熾天使ルシファー。
この人がルシファーか……真人さんと雰囲気はどことなく似てるけど、髪も目の色も顔立ちも全然違うし、全くの別人にしか見えない。本当に同一人物なのか？
「何か変わったことは？」
「特別ありません。伝書鳥でお伝えしたこと以外は」
勤仕のべリエルからの報告を受けると、ルシファーは彼の隣にいるハビエルに視線を向けた。顔をまじまじと見ていたハビエルは、ハッとして背筋が伸びる。
「君が新しい勤仕か」
「は、初めまして。す……」
じゃなかった。えーっと。
「ハビエルと申します」
新しい名前を忘れ、危うく本名を名乗りそうになった。しかもルシファーのオーラに当てられて緊張が増した所為で、しゃべりが固くなってしまったが、微笑ましく思ったルシファーは笑みを見せた。
「そう固くならずに。もっとリラックスしていいよ」
「仕方ないよ。ルシファーのイメージは、“お堅い官僚”で行き渡ってるんだから」
「いつの間にかそのイメージが付いたんだよなぁ。完全に一人歩きしてるし。誰か訂正してくれないかな」
逆にイメージダウンだと、ルシファーは困り顔で不満を漏らす。そんな主に、べリエルは微塵も恐縮せずに提案する。
「なら、自ら各層を回った方が効果があるんじゃない？人任せよりも、その方が間違いなく訂正できるよ」
「成る程。それはいいかもしれない」
「でもそれにはデメリットがあって、二度と“高尚な存在”のイメージが取れなくなることと、職務で忙しいから時間が取れないことだね」
「……じゃあ、やめておこうか」
出迎えた時は上下関係がはっきりしていた筈なのに、いつの間にかベリエルのルシファーへの敬称はなく敬語も取り払われ、ルシファーも普通に応えている。何ともアットホームな雰囲気の二人のやり取りは、ハビエルに不思議な心持ちを抱かせた。
ルシファーが先導して歩き出すとベリエルが付いて行き、ワンテンポ遅れてハビエルも付いて行った。
