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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅰ
65/110

7




 夏樹に言われるがまま走り続け、裏道に入り、近くの神社に逃げ込んだ。危機からの脱出の為に全力疾走を要求された運動不足の悠仁は、両膝に手を突き肩で息をする。それとは対照的に、夏樹は全く息切れをしていなければ汗の一つもかいていない。疲労とは無縁とばかりに涼しい顔をしている。


「教会でもあればよかったんだけどな。異教の神に助けを乞うのは、いささか心が痛む」


 夏樹は追っ手が来ていないことを確認すると、そう言って胸に手を当て、本殿に向かって一礼をした。

 まだ息が整わない悠仁は、横っ腹を押さえながら夏樹に顔を向ける。


「……な、夏樹。急に逃げろって、どういうことだよ。榊原って、本当に危ない奴だったのか?」

「ああ。見た通り、だいぶ危険な存在だ」


 安全を確認した夏樹は、質問に答えながら銀杏や桜の木に囲まれた境内をぐるりと見回す。まるで観光に来た外国人みたいに、興味を示す眼差しで。


「それに、急に出た炎も何?あれは流石に、榊原の仕業じゃないよな?」

「あいつにあの技は無理だ。あれはオレがやった」

「お前なの?え。マジック?」

「オレの炎はタネも仕掛けもない。この世界に存在する要素に呼びかけその力を少し借りただけだが、正真正銘オレが操った炎だ。スガハラ ユージン。お前を助ける為にやむ無く使ったんだ」

「何で急にフルネーム?どうしたんだよ夏樹」


 神社に来てから、何故か夏樹の口調が変わった。心なしか顔付きも、感じる雰囲気もいつもと違う気がする悠仁。


「色々説明が必要だな」


 夏樹はやっと呼吸が落ち着いた悠仁の正面に立つと、右手を出し、悠仁の額に強烈なデコピンを一発食らわせた。


「…っ!」


 一切前フリのない激痛に言葉にならず、両手で額を抑えて屈む悠仁。多分、高校生の時の何らかの罰ゲーム以来のデコピンだった。威力があり過ぎてえぐれたかと思ったが、手で確認すると額はちゃんと額を維持していたし、血も付いていない。けれど出血してそうなくらいジンジンする。


「いった!急に何す……」


 痛みを我慢して、文句を言おうと正面を睨んだ。しかし、夏樹は忽然こつぜんと消えていた。代わりに、夏樹が立っていた場所には見知らぬ人物が立っている。目を丸くする悠仁は言葉を失い、一瞬痛みを忘れた。

 頭から足元まで全身派手だった───というよりも、色味が明るく華やかさがあった。赤い装束を纏い、赤いメッシュが入った金髪の長いポニーテールで、瞳は赤と金色のオッドアイのイケメンだ。全身赤色を好むのはあの芸人だけじゃなかったんだと、混乱する頭の片隅で悠仁は思った。

 屈んでいたほんの数秒の間に人が入れ替わったと思った悠仁は、夏樹の姿を捜した。しかし、境内を見回しても彼の姿はない。


「その反応を見る限り、ちゃんとオレの本来の姿が見えているようだな」


 全身真っ赤の彼は、腰に手を当てて効果に首肯した。唐突なイリュージョンに戸惑いっぱなしの悠仁だが、彼が着ている装束に類似する服装をしている者たちを知っていた。


「……もしかして……天使?夏樹が?」

「流石、一度天界に来ているおかげで理解が早いな」


 神道の神を祀る神社に、異教のシンボルの天使がいるという違和感。世界観がめちゃくちゃでコスプレイヤーでもなかなか選ばないだろうミスマッチさは、拡張現実で幻でも見ているんじゃないかとしか思えない。


「でも、会ったことはないよな?」

「ない。だが、同じ場所にいたことはある。ルシファーが堕ちた場所、ミグダル・ケラに」


 悠仁の脳が自動的に、あまり蘇らせたくないその時の光景を再生する。自分の隣りにいたアスタロト、処刑の立会人のアブディエルとヨフィエル、数名の公安部職員、処刑されようとしているルシファーたち。そして最後に思い出した彼は、ルシファーたちを処刑した、


「……ミカエル?」


 アスタロトから、アブディエルたちと共にその名は教えてもらっていた。


「その通りだ。権天使プリンシパリティーズハビエル」

「知ってるのか。俺のことを」


 悠仁の問いにミカエルは微笑する。悠仁がハビエルだったことは誰も知らない筈だ。ところが、何故かミカエルは知っている。統御議会に所属している彼が。


「オレは敵じゃないから安心してくれ。危険から助けたんだから、信用してくれるだろ?」


 悠仁は警戒するべきかと思ったが、その微笑に悪意は潜んでいないと感じた。


「……わかった。取り敢えず信じる。と言うか敵って?」

「まぁ焦るな。ユージンには、説明しなければならないことがたくさんある。腰を落ち着けたいし、移動しよう。ちょうど約束してて、仲間が待ってるんだ」

「仲間?」

「お前がよく知る奴だよ」


 その待ち合わせをしている仲間にミカエルが会わせてくれると言うので、悠仁は同行することにした。

 二人は襲撃をされないように、表の大通りに出た。人間として潜伏している間に土地勘が付いたミカエルは、道に迷うことなく先導して歩く。悠仁も大学の行き帰りに通ることもあるのでそれなりに知っていたが、待ち合わせ場所までは後ろに付いて行く。

 しかしミカエルとの間には、物理的距離ができていた。そして周囲の目を気にしている。


「……なぁ、ミカエル。その格好、恥ずかしいんだけど。人間の姿に戻ってくれない?」

「あぁ。心配するな。お前にしかこの姿で見えてないから」

「どういうこと?」


 ミカエルが悠仁にデコピンしたのは、悠仁の視覚情報を修正し自身の本来の姿を認識させる為だ。視覚情報を修正できるのはデコピンをした相手のみなので、悠仁にだけ本来の姿で見え、周りには人間の姿で映っているのだ。その証拠に、道行く人はみんな素通りして行く。


「それはそれで納得するけど、何でデコピンなんだよ。めちゃくちゃ痛かったんだけど」


 悠仁は痛みを思い出して、眉頭を寄せて額を擦る。まだ真ん中が赤くなっている。


「それが、脳の視覚野に効率良く刺激を与えられる方法なんだ。本当は後頭部の方がダイレクトでいいんだが、さすがに天使が人間をはたくのはマズいからさ」


 叩くのはダメでデコピンはいいのかよ。そこのボーダーラインの基準は何なんだ。苦痛を与えるなら、デコピンもアウトじゃないのかよ?

 と、悠仁は心の中で文句を言う。


「そんなに痛かったか?」

「仕返ししてやりたいくらい。天使はデコピンしたことないのかよ」

「そんな風習はないからな。本当に痛そうだから、流行りそうもない」


 ミカエルは身分の高い天使で、その彼の言うことだから悠仁は一応信じるが、

 こんなに痛いのは力加減ができてないからだし、絶対に他に方法があった筈だろ!こう、何か、天使的な力でさ!

 という感じで納得できなかったので、不満の視線をミカエルの背中に送り続けた。




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