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悠仁は人間界に戻って来てから、ネットでちょくちょくルシファーのことを検索していた。あの堕天は間違いないのか、堕天した理由の詳細は載っていないかと調べている。とにかく片っ端から見ているが、「ルシファーは神に謀反を起こして堕天した」「地獄に堕ちたルシファーは悪魔の王として君臨している」など、当然、天界に行く前と事実は変わっていなかった。ルシファーは、悪を象徴する存在としてしか記述されていない。
俺が知ってる事実と違う。堕天の原因の一端はアブディエルだ。謀反なんて誤解だ。ルシファーは悪くない。
しかし、この世界で真実を知る人間がいる筈がない。天使だったルシファーと会ったのも、現在の人間界と過去の天界を往復したのも悠仁しかいない。例え、この周知された知識は間違っている、悪は他にあると主張しても、誰にも信じてもらえない。事実を変えられないことに、悠仁は悔しく思う。
その時、何かが引っかかった。
一般的には、ルシファーは地獄に堕ちたと知られてる。でも本当は人間界にいて、人間として生きていた……地獄に堕ちてなかったんなら、何でこの世界にいたんだろう。人間界で何をしてたんだろう……。
ルシファーが人間界にいたという現実は、史実と相違がある。しかし、確かに堕天する瞬間を見た。もしや、あれはフェイクだったのだろうか。ルシファーは本当に堕天し、一度でも地獄に落ちたのだろうか。悠仁の頭に、疑問が沸き上がる。
そう言えば、PCにメモが残されてたよな。
以前見たPCのメモを思い出し、あれがルシファーが人間として人間界にいた理由の手掛かりなのかもしれないと考えた。
悠仁は二階に上がり、再びルシファーのPCを起動させる。以前開いた待ち合わせ場所が書かれたメモは無視し、残りの二つのファイルのうち、謎のメモが書いてあるテキストファイルを開いた。
文言は全部で四つある。けれど、まるで謎解き問題のような短文は、一目見ただけでは意味はわからない。
でも、何か意味があって残してある筈だ。一体何を示してるんだろう……人間になってまで、何をしようとしてたんだ。人間界や人間に執着するような人じゃなかった。いや。永い年月が経ってるから、価値観とかは変わってるかもしれないけど。
「執着かぁ……執着と言えば、アブディエルの実験か」
結局、真実まで辿り着けなかったけど、もしかしてルシファーはずっと探ってたのか?それで実態を掴んで、止めしようとしていた?……いやでも、遥か昔の実験をまだやってるとは思えない。
「でも、ルシファーがここまでしてた理由って他に何が……」
悠仁は考えるが、どうしてもわからない。だって彼の本当の目的は、神から独立することだったのだ。アブディエルの画策を利用し、それが達成されて自由の身になれた。それでもルシファーは、何かから心を離すことはなかったのだ。
ふと悠仁は、最初にもらったメッセージを思い出した。
「……まさか。『助けてほしい』は、堕天から救うことじゃなかった?」
他に『助けてほしい』ことがあるのか?このメモはそれを指してる?
既存の情報でルシファーの運命を知っていた悠仁は、『助けてほしい』=『堕天から救ってほしい』だと思い込んでいた。定着した常識からそう断定して行動していたが、思い違いではないのかという考えに行き当たる。
だとしたら、俺のやることはまだ終わってないのかもしれない。ルシファーの意志がまだここに残されているなら、俺が代わりにやり遂げなきゃならない。もしもアブディエルが絡んでるなら、放っておけないし。
このメモが無視できないものだと察知した悠仁は、メモの解読を試みようと決意した。PCを持って一階のリビングに移動し、さっそく四つの短文を上から順番に解いていくことにした。
一つ目は【散らばったもの、バラバラにしたものを一ヶ所にすること】。
これは、普通に考えていいのかな……寄せる。掻き集める。収集……。
「《集める》か?」
悠仁は裏をかいたりして難しく捉えず、取り敢えずシンプルに考えた。短文の横に「➝集める」と打ち込む。
二つ目は【この世界の唯一無二。数多の支配者】。
これは何だろう……唯一無二か。この世界でたった一つ……希少生物?絶滅危惧種とか?でも支配者って……支配者……数多の支配者……。
悠仁は腕を組んで考える。
「支配者」を、大勢をまとめてる人って考えたとしたら……国王や大統領か?唯一無二を省いて考えると、それかな。いっぱいいるし。
「唯一無二」と「数多」の対象的な単語で答えに悩んだが、結局迷ったので絶滅危惧種と国家元首の二つの候補を書いておき、答えを確定するのは後回しにした。
翌日の大学にもPCを持って行き、昼休みになると中庭に常設してある安っぽいアルミテーブルで続きを考えた。
三つ目は【幸福でいられる場所。人間が一番最初に罪を犯した場所】。
幸福でいられる場所って……楽しい所?テーマパークとかアクティビティがある場所かな?でも、罪を犯したってどういうことだろう。昔、大きな事件があった場所とか?
「これ難しいなぁ」
簡単だったのは一つ目だけで、二つ目からは急に難易度が上がっている。この短文に何が隠されているのかは未だに予想も付かないが、ただのゲームとして残されたものではないことは確かだ。
「何、難しい顔してるんだよ」
画面と睨み合っていると、唯一の友を求めて夏樹がやって来た。
「来たな。エブリタイムロンリー夏樹」
「変なあだ名やめろ。からかってるのか」
「これでも心配してるんだよ。友達いた方が絶対楽しいし、大学生活もつまらなくないじゃん」
「オレは別に一人でも大丈夫。て言うか、あそこ見てみろよ」
夏樹が、研究棟の南二号館を指差した。見ると、建物の影から榊原准教授が広場の方を見ている。
「げっ!榊原じゃん」
悠仁のあからさまな反応にあるように、榊原は学生の間ではあまり人気はない。見た目はいいのに、近寄り難いオーラを発しているおかげで学生たちから敬遠されている。しかし、その年齢不詳の端正な顔立ちから、学生の間では「榊原准教授年齢当てゲーム」が密かなブームとなっている。半数が三十代後半だと予想しているが、三十代の落ち着きではないとの異論から、四十代後半の美魔女ならぬ美おじ(美おじさんの略)予想が最有力候補だ。
「何してんのあいつ。何か、こっちの方見てる気がするんだけど」
「お前のこと見てるんじゃないか?授業を真面目に聞かないから、根に持たれてたりして」
「はあ?何でそのくらいで恨まれなきゃならないんだよ!一回上の空になったくらいで……」
「いや。榊原の授業は毎回心ここにあらずだったぞ」
思い返せば確実に心当たりがあった悠仁は、言葉に詰まってマンガみたいに「うぐっ」となった。
「そっ……それなら注意すればいいじゃん!恨みがましく休み時間まで付け狙うことないだろ!ちょっとおかしくないか、榊原!」
二人がちらちら視線を送りながら話していると、榊原に一人の学生が近寄って来て一言二言交わし、連れ立って何処かへ消えて行った。夏樹に脅され見張られている気になった悠仁は、ホッと胸を撫で下ろした。
「で。ユージンは何してたんだよ。いつもそんなの持ってたか?」
「いや。これは同居人の。今はもういないんだけど。置いて行ったんだ」
「へぇ。ゲームか何かか?」
「メモの解読」
悠仁は夏樹にもメモを見せた。さらっとひと通り読んだ彼は、「何だこれ」と感想を口にした。
「謎解きみたいじゃないか?」
「ぽいな。持ち主の同居人の趣味?」
「じゃないと思うんだけど、気になったから解いてみてるんだ。よかったら夏樹、手伝ってくれない?」
「面白そうだな。いいよ」
悠仁が誘っていた謎解きイベントにも行く約束をしていた夏樹は、事前練習になると乗り気になり、悠仁の隣に座って一緒に解いていくことになった。




