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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅰ
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2




 ……チンッ!


「……うわ。また焦げた」


 三日連続で対面する焦げ茶色のトーストにげんなりしながら、皿に移しテーブルに置いた。昨日は頑張って目玉焼きを焼いたが、トーストと色味が激似になってしまったので暫く作るのはやめることにした。

 ジャムの蓋を開けたら、あと一枚分くらいしか残っていなかった。買い忘れそうだなと確証を得ながら、最後のジャムをザリッザリッとトーストに塗る。でも買い忘れたら買い忘れたで、また苦いトーストになるのは嫌だった。

 日用品や食料品の買い出しは、基本的に家主の真人まさとがやってくれていた。しかし十日くらい前、仕事先の海外で不慮の事故に遭い、そのまま還らぬ人となった。ところが真人は生存していて、本当はルシファーという堕天使だと名乗り、「助けてほしい」と願いを悠仁に託し、悠仁はその願いを果たそうとしたが、結局何もできなかった。

 ルシファーを助けられなかった。






 悠仁は気が付くと、いつの間にか現代の人間界に戻っていた。あの駅の地下道の階段に腰かけていて、目の前には一人の制服姿の警察官が立っていた。こんな所で何をしているのかと尋ねられた悠仁は、待ち合わせした友達が来なくて座っていたら居眠りをしてしまったと誤魔化して切り抜けた。

 一体どうなっているんだと動揺してスマホを確認すると、あの日と同日の夕方だった。夢でも見ていたのかと考えたが、リアルに記憶している天界での出来事は夢では片付けられなかった。

 確かに天界へ行き、天使のルシファーに会い、彼の思惑を知り、堕天の瞬間を見た。

 確信と同時に、願いを託されたのに何もできなかった心残りは、遥か遠くに置いて来たとても大事な忘れ物として、悠仁の心に大きな穴を作った。

 正直、何も手に付かなかった。大学もバイトもどうでもよかった。けれど、苦労して入った大学なので行かなければ無駄になるし、生活費の為にバイトにも行かなければならない。だから、何をするにも勢いを付けなければ始まらなかった。

 それでも気を抜いた瞬間に、彼らのことを思い出す。ルシファーだけでなく、一緒に堕天したべリエルやベレティエルはどうなってしまったのだろうかと。






「───ジン。ユージン。おい。生きてるか」

「え?」


 ハッとして顔を上げると、友達の夏樹なつきの顔が目の前にあった。彼は授業が終わったことを教えてくれた。生徒がたくさんいた教室内には、もう半数程しかいない。

 夏樹とは、つい最近仲良くなったばかりだ。よく学食でテーブルが一緒になったり、よく教室で席が近くなったり何かと顔を合わせる機会が多く、夏樹の方から声をかけられ友達となった。


「大丈夫か?この前からぼーっとしてる率高いけど。どうかしたのか?」

「何でもない。大丈夫」

「本当に大丈夫か?ノート真っ白だけど」


 え?と手元に視線を落とすと、九割が罫線だけだった。授業に出ても内容が右耳から左耳に抜けていき、何も習得できていない。まるで栓をし忘れた湯船だ。


榊原さかきばら准教授、時々お前を睨んでたぞ。気を付けないと、やる気がないならもう授業に出るなって言われるんじゃないか?」

「やば。マジで気を付けなきゃ。榊原ってキレたら怖そうだし」

「あー、わかる。学生とは自分から距離を置いてるらしいからくどい説教はなさそうだけど、怒らせたくないよな」


 説教はなさそうだが、二度と睨まれないようにシャキッとしなくてはと悠仁は気持ちを入れ直し、夕方からは居酒屋のバイトに向かった。しかしそこでも。


「これ、頼んでませんけど」

「私、ネギ抜きでってお願いしたんですけど」

「ビールじゃなくてハイボール頼んだ筈だけど」

「すみません!少々お待ち下さい!」


 穴を塞ぐ栓が完全に閉まっておらず、聞いたことが隙間からチョロチョロ溢れていく。おかげで入っているシフトで毎回ミスを連発し、お客には迷惑をかけ続けている。それどころか。


「しっかりして下さいよ菅原すがはらさん。ミス連発じゃないですか。酒でも飲んでるんですか」


 と、入って来たばかりの後輩の麻生あそうに注意されてしまう始末。悠仁の名誉の為に補足しておくが、いつもの彼なら正しくオーダーを通し、後輩に注意される程のミスもなく普通に仕事ができている。


「軽い気持ちでやってるなら、後輩のボクでも見下しますよ」

「言うねぇ、ジェンダーレス麻生」

「もっと言ってやってよ」

「ですから、名前はジェンダーレス麻生じゃなくて、麻生由貴なんですけど」


 きれいな顔して毒舌を吐く麻生は、その中性的な見た目から出勤初日に早速「ジェンダーレス麻生」というあだ名が付けられた。悪ふざけではなく、ウェルカム精神から名付けられたものだ。彼自身は自分の性別をはっきり識別しているだろうが、差別的なあだ名を付けられても軽く拒否しているだけだ。そういう扱いには慣れている様子だ。


「菅原。あと三回ミスしたら、罰として暫く賄いなしな」

「気を付けます」


 店長には貴重な供給のストップを宣告され、本当に意識改革が必要だった。それだけ悠仁にとって、あの出来事は精神的に堪えたのだ。






 別の日。今日も夏樹と一緒に、学食でランチを食べていた。悠仁はそれなりに学内に友達はいるが、夏樹は一人もいないらしい。そうは見えないのに隠れコミュ障なのだろうかと、悠仁は密かに心配している。

 謎解きが好きな悠仁は、今度一緒にイベントに行こうと夏樹を誘っていた。すると後ろのテーブルにいる集団が、SNSを見ながら話している話題が耳に入ってきた。


「見ろよ。また殺人事件だって」

「また?マジかよ。そいつ死刑確定じゃん」

「人生棒に振ってんなー。もっと利口に生きられなかったのかよ」


 その会話を聞いた悠仁は、気になってネットニュースを見た。昨夜、都内で帰宅途中の女性が刃物で襲われたと書いてあり、元恋人が復縁を迫り断られたことを恨んで犯行に及んだと補足してある。


「また人が殺されたんだ」

「殺人事件、増えたな」


 賑やかな学食内で、必然的に空気が重くなる。

 近頃、傷害や殺人の急増が問題視され、ニュースでも毎日取り上げられている。身近になりつつある事件は、周囲でもよく話題に上がっていた。海外では既に情勢が動いており、武装集団の存在も確認されている。日本国内でも殺人や殺人未遂、銃刀法違反で逮捕される事例が増えていた。先日も悠仁が住むアパートの近所で、本物の拳銃を発砲して他人に危害を加える事件もあった。犯人は現行犯逮捕されているが、その殆どが取り調べで「お告げがあった」と訳のわからないことを口走っているらしい。

 重罪を押え込んできた世界法律の存在意義が危ぶまれる異常な事態に、ネット界隈では「戦争が始まる」などこのご時世に笑えない冗談を呟く者もいて、その人物を狙った脅迫事件も起きている。


「何か、急に物騒になったよな。ずっと人殺しなんて起きてなかったのに、何で今になって……」

「そうだよな」


 蓋をしていたものが溢れ出したように、世界を浸食し始めている。謳歌おうかしていた平和を自らの手で壊すなどありえないと、とても考えられなかった。

 今世界には、大きな不安の波が押し寄せている。




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