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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅴ
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2




 とある日。ルシファーは行動に出た。

 長らく訪れていなかった統御議会議事堂に赴き、会議終わりのアブディエルを捕まえた。


「お久し振りでございます。隠居生活はいかがですか。さぞ優雅にお過ごしのことと存じますが」


 再会早々に憎たらしげな笑みでこんな感じで弄られたが、ルシファーはおかげ様で悠々自適だと簡潔に受け流した。大事な話があると言うとアブディエルは渋々承諾し、ルシファーを議事堂の奥へ通した。ルシファーは議員を辞職したが、所用があれば出入りができるようになっていた。

 久々に議長執務室に入ると、自分が使っていた時より視覚的にも嗅覚的にも華やかになっていることに少々引いたが、彼の趣味は知っていたのでこれもまた流した。


「ご用件は手短にお願い致します」


 元上司が来訪したというのに、アブディエルは何かの書類に目を落としながら尊上そんじょうのルシファーをぞんざいに相手する。ルシファーは以前と明らかに対応が変わったことに眉を顰めるが、今はどうでもいいことなのでそれにも触れなかった。


「先日、私の所に無名の書状が送られてきた。その報告では多くの天使が堕天しているようだが、事実なのか?」

「……ああ。そうですね」


 アブディエルは事も無げに相槌する。


「調べれば、その裁判記録が存在していないようだが。どういうことだ」

「そんな訳がないでしょう。然るべき手順で処理されております」

「議会からも告訴状を提出した筈だ。では、その者たちの嫌疑は何なのだ。堕天使との密接か?それとも人間に介入し過ぎたのか?」

「たくさんいましたので、一人ずつの嫌疑なんていちいち覚えておりませんよ」

「公安部の調書もあっただろう。なら、裁判前に目を通しているんだよな。一体どんな罪だったのか、一部くらい覚えているだろう」


 ルシファーの問い質しに、アブディエルは面倒臭いと言う代わりに溜め息を吐く。


「ほんの一部ですので、ご承知おき下さい。まず、グリゴリに触発されて人間と交わろうとした者が数名。人間に深く関わり、その後の人格に多大な影響を及ぼした者が数名。逃走したアザエルを匿っていた者が数名などです」


 アブディエルは目を通した書類に一枚ずつサインをしながら、記憶していた件を適当に抜粋して口頭で教えた。


「そう言えば。グリゴリの件でも気になることを耳にしたのだが」

「まだあるのですか」


 アブディエルは、うざったいと言いたげな眉を作る。早く部屋から追い出したいという本心が丸わかりだ。そんな反応にいちいち引っかかっていられないので、ルシファーは話を進めた。


「シェハキムにおいて、連行される一部のグリゴリの目撃情報があるのだが、どういうことか知っているのか」

「何を仰っているのですか。グリゴリは刑を執行したと、公示したではありませんか。いつ誰が見たのか知りませんが、グリゴリをシェハキムに連行した事実はありません。その者は幻でも見たのではないのですか?」

「見間違いだと言うのか?」

「でなければ、私が虚偽情報を広めたことになってしまいます。天界の枢軸である議会が嘘を吐いたとなれば、大問題です。信用を落とすようなことを自らする意味がわかりません」


 最もな理由を並べて肩を竦めるアブディエルだが、もしも不信感が広まった場合のことは、念頭にも置いていない。

 現在の地位は、アブディエルにとって何を差し出されても譲れないものだ。しがみついてでも離れる気はないだろう。神から愛を注がれることで自身の真価を見出せると思い込んでいる節があるが、まさに一途。盲目的だ。


「成る程。その者は白昼夢を見たのかもしれないな。うっかり鵜呑みにするところだった」

「しっかりして下さい。ルシファー様ともあろうお方が適当な情報に惑わされるなど、笑い種にされてしまいますよ」

「そうだな」


 最もな理由に、ルシファーはフラットに同感してやった。アブディエルは気づいていないのだろうか。大所帯で移動していたのに、どうして見間違いできるだろう。

 するとルシファーは、異論を唱えない上で「では」と要望する。


「見間違いだと確認する為に、グリゴリの刑執行承認書を見せてくれないか」


 その瞬間、空気が変わった。それまでルシファーに一切視線を送らなかったアブディエルは、反応して目線を上げる。


「何故、見せる必要があるのですか」

「事実と照合する必要があるだろう」


 ルシファーは、抑えていた威厳を少しづつ放ち始める。


「その必要はありません。グリゴリは確かに堕としましたので。それに、部外者の貴方に見せることはできません」


 刑執行承認書は重要書類なので、議会を辞めたルシファーは見ることはできない。ルシファーもそれは前もって了解していて、こう返されるだろうと予想していた。だからここに来る前にルシファーは対応策を考え、ある手段に出ることにした。


「わかった。ならば、力尽くでいかせてもらう」

「力尽く?議長でもないのに、今の貴方にどんな権力ちからが?」


 アブディエルは、鼻で笑いそうなのを堪える。天使の長と言っても、天界全体を指揮する権限を持っている訳ではないので、絶対機関である統御議会への干渉は許されていない。しかし、ルシファーが相手をしようとしているのは議会ではなく、議長であるアブディエルだ。それなら通用する手があった。

 見縊みくびるアブディエルに、ルシファーは厳然たる態度で言い放つ。


「全ての天使の上に立つ長として。神からこの天界の秩序を正しく守る命を賜る者として、下知げぢを下す。統御議会議長、熾天使アブディエル。我が権限により、グリゴリの裁判記録及び刑執行承認書をこの場に提示しろ」


 命令を下されたアブディエルは、硬い表情でルシファーを見据える。

「下知」とは、天使の長ルシファーのみが有する、個人に行使できる権限である。疑事の解決に必要だと独断した時に行使できる権力だが、滅多に発令できるものではなく、緊急性を要する時や最優先事項だと判断された時に、独断で発せられる。


「もしも目撃情報が嘘ならば、誤情報が広がり混乱を招く前に情報を抹消しなければならない。誤情報を発信した者にも、罰を与える必要もある。その為に協力を要請する」


 二人の視線が搗ち合う。どちらも一歩も引くまいとする。

 組織内では協調性を重んじ権力を誇示することのないルシファーなら、情報開示や証拠書類提示を拒否しても、それなりの理由を用意していれば納得するものだとアブディエルは高を括っていた。しかし、特別な権限を持っていることは失念していた。

 天使の長の通常の権限は統御議会議長と同等とされてはいるが、例によって裁判に口出しをしたり議会の意向に横槍を入れることはできない。しかし、ひとたび下知が発せられると議長よりも上の権限を行使することができ、議会が有する情報の開示を強制することも可能になる。つまりアブディエルは、この命令を撥ね除けることはできない。

 ルシファーとアブディエルは、静かに競り合う。見えない火花が二人の間で散っている。




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